Death in Vegas - Trans-Love Energies

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  • いささか諺めいた物言いになってしまうが、音楽を演奏できない者はそれについて書くことしか出来ない。しかし、もし僕に才能と意欲があればきっとDeath in Vegasのような作品を作っていたはずだ。それだけに、僕はRichard Fearlessが7年ぶりに手掛けるこの作品『Trans-Love Energies』を若干の不安も入り交じった心境で心待ちにしていたことは言うまでもない。そして届けられたアルバムは、不安など吹き飛ばすどころか、Richard Fearlessが過去に手掛けた作品のなかでも最もエモーショナルで完成度の高い仕上がりになっている。 これまでFearless(および長年プロダクション面でのパートナーを務めてきたTim Holmes)はDot AllisonやHope Sandoval、Susan Dillane(Woodbine)などの繊細なキャラクターやNicola Kuperus(Adult)などのワイルドなキャラクター、はたまたPaul WellerやBobby Gillespie、Iggy PopそしてLiam Gallagherなどアクの強いロック界の大物たちまでさまざまなヴォーカリストを起用し作品に彩りを添えてきたが、対照的に今回のアルバムではFearless自身が多くの場面でヴォーカルを務めている。そんなFearlessのヴォーカルは最初のうちは未熟で不慣れな感じに聴こえてしまうかもしれないが、それを取り巻くサウンドのパーソナルな雰囲気とぴったりはまっている。このアルバム全体を支配する独白的なトーンは1曲目の"Silver Time Machine"から決定づけられている。その柔らかなフェードはかつてのSpiritualizedを彷彿とさせる感傷と抑圧を思い起こさせ、"she left me"の複雑なリリックは繊細なバンジョーの音色(そう、バンジョーだ)と相まってきわめてエモーショナルに響き渡る。 それとは対照的に、"Black Hole"ではMy Bloody Valentineも真っ青なシューゲイザー・サウンドを展開し、"Scissors"は「10代の情熱」というタイトルに置き換えてもいいんじゃないかと思わせるほどの野方図なエモーショナルさが印象的だ。プロデューサーという人種はしばしば自身のルーツや初期衝動に回帰する行動をとるものだが、このアルバム『Trans-Love Energies』に関してはそのノイジーなギター・サウンドにおいて明らかにThe Jesus and Mary Chainの影がちらついていると言えるだろう。とはいえ、そのサウンドが古くさいものに聴こえるかと言うと、そんなことは全くない。むしろすべてのサウンドが収まるべきところにぴったりはまっている・・・そんな印象だ。 アルバム3曲目の"Your Loft My Acid"に関しては現代的なエレクトロに仕上がっている。ちょうどかつて彼らが放ったヒット "Hands Around My Throat" を現代にアップデートした感じか。AustraのKatie Stelmanisをゲストヴォーカルに迎えたこの曲では、彼女のオペラ風とも言える囁くようなヴォーカルがトラックのひねくれたアシッド感覚を絶妙に引き立てている。Katieのヴォーカルは"Witch Dance"でも再び登場し、Austraとそう遠くない雰囲気に仕立てている。たしかにAustraの"Spellwork"にも近いムードを放つこの曲だが、Austraのようなギラギラした艶やかさは控えめと言ったところか。ここに挙げた"Your Loft My Acid" "Witch Dance"の2曲では一風変わったシンセポップ風味もあり、ヨレたシンセの音色が妙に人間臭さを感じさせる。"Medication"や"Coum"といった曲も同様で、どちらもSpiritualizedのような繊細さを感じさせつつも、ゴスペル調のコーラスや大仰なアレンジの代わりにマイナーコードで鳴らされるパッドやささくれだったメロディを援用している。 "Drone Reich"などという、なんとも身も蓋もないタイトルの曲では彼らの前作アルバム『Satan Circus』のアウトテイク集(当時リリースされた限定生産盤)でも聴かれたようなゆがんだアンビエンスを再び披露してくれている。Death in Vegasは明らかにこのアルバムで従来のサウンドからの脱皮を図っているとはいえ、古くからのファンにも気配りしたこういう仕掛けは嬉しい。従来のサウンドからの脱皮、という点ではアルバム最後を飾る2曲"Lightning Bolt"と"Savage Love"がそれをまさに象徴している。"Lightning Bolt"でのニューウェーブ的でもありインディーロック的でもあるムードが暴れまくるベースラインやリヴァーブがかったムーグ、小刻みなギター・リフと絡み合う様は圧巻だし、"Savage Love"でのスローモーションでありながら威風堂々たるコーラスが青臭くもオーケストラ的なホワイトノイズに呑み込まれていく展開も凄い。まさにこの衝撃的なアルバムにふさわしいエンディングだと言えるだろう。
RA