Shlohmo - Bad Vibes

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  • Shlohmoの初期作品群は非常に難解で詰め込み過ぎた印象があったため、いわゆるアブストラクトなヒップホップという枠組みの中では収まるべき居場所を見つけ損ねていたように思う。どうしてもアマチュア臭さが抜けきらないところがあったし、ロウファイで未成熟で散漫になりがちなところがあったが、それでも独特のチャーミングさは当時から輝きを見せていた。今年、ShlohmoことHenry Lauferは「Places EP」でFriends of Friendsレーベルに認められ、彼の資質はようやく一本のタイトなコンセプトに絞り込まれはじめた。いまやShlohmoは新進気鋭の若手アーティストとして躍進をはじめている。 「Places EP」は土臭くフォーキーなテイストだったが、ここ最近の作品を聴くにつけ、Lauferはどうやらありきたりなサンプルやシンセよりも、がっちりとかき鳴らされるギターでビートを彩ることを好んでいるようだ。彼にとって2枚目のアルバムとなるこの『Bad Vibes』の片鱗はその先行カットたる「Places EP」で見事に表現されていたといっていい。Lauferは頑ななまでにシンプルな機材のセットアップ — エレクトリック/アコースティック・ギターにドラム、そして彼自身のヴォーカル — にこだわっているが、その設定方法や使い方はとてもユニークで、ビーツは穏やかになったりラウドになったり、ギターもシューゲイザー調の歪んだ鳴らし方からジャジーな奏法まで自由自在だ。とりわけ神経質なタッチを有するギターの音色はもはや彼のサウンドにおけるトレードマークと言ってもよく、繊細なリフはまるでステンドグラスに走るヒビのように縦横無尽に駆け巡る。 『Bad Vibes』という穏やかならざるアルバムタイトルは、しかしこのアルバムの性格をうまく言い表せている。全15曲を通じ、平穏と不安を行き来し続けるこのアルバムは、たしかに「Bad Vibes」が渦巻いている。アルバムの最初の数曲はひとかたまりの組曲のようでもあり、"Anywhere But Here"から"Places"へと繋がる流れは非常に抑制されたジャジーなテイストだ。アルバムのムードがシフトし始めるのは"Just Us"からだ。一聴すると長閑そうなこの曲に油断していると、冷笑的でパラノイアックな"Sink"に足下をすくわれる。"Sink"でのギター・メロディは漆黒の闇夜に漂うホタルのように浮かび上がって渦を巻いている。このあたりになると抽象的なムードはどんどん希薄になり、アルバムはシューゲイザーめいた露骨な恐怖に突き進んでいく。Laufer自身のギターとうめくようなヴォーカルが炸裂し、じわじわと歪みを生じながら彼の音楽的バックグラウンドが頭をもたげていく。 このアルバム『Bad Vibes』はLauferにとっては大転換というほどの作品ではまったくない。どちらかと言えば、むしろ自己の音楽性に向き合い、よりタイトに集中した作品というべきだろう。まるでベッドルームで録音されたような密室感があり、非常に濃密な集中力と孤独を経てこそ醸し出される独特のムードを有している。ギターの多用や穏やかでノスタルジックなメロディという点では、とりわけBoards of CanadaのようなIDMの名手と比較されるかもしれないが、やはり最も近いのは彼のレーベルメイトであり大衆ウケ狙いのヒップホップやチープなベース・ミュージックで知られるSalvaやErnest Gonzalesといったアーティストたちだろうか。ともあれ、Friends of Friendsにとってもこのアルバムは大きな成果といっても良いし、Shlohmoという若き才能が自己の資質に対しじっくりと向きあいブレイクスルーを果たした重要な1枚となるであろう。
RA