Ableton - Live 10

  • Published
    May 14, 2018
  • Released
    February 2018
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  • Ableton Live 10は、ミュージシャンと音楽の間に存在する障壁を取り払うことが目標に据えられている。そのため、今回のこの大型アップデートに関する情報の中心には様々な新デバイスが置かれていたものの、それらよりも魅力に欠ける真実を言えば、Live 10にはクリエイティビティの障壁を取り払うために、ワークフロー関係の細かい改良が加えられている。Live 10における最も強力な改良は、新たに加わったシンセ “Wavetable” とディレイ “Echo” だ。しかし、Live 10を使用したトラック制作を長時間続けていけば、それらよりも細かい部分がより大きな意味を持ってくることに気が付くはずだ。このようなワークフローにおける数々の改良点は、生粋のAbletonユーザーでなければ些細なものに感じる類いのものだが、それらがユーザーの生産性と作業スピードに及ぼす影響は非常に大きい。 ズームとスクロールを例に取ろう。我々は自分たちがアレンジメントビューにどれだけ長い時間を費やしているかについて忘れてしまいがちだが、Live 10には待望のショートカット機能が用意され、アレンジメントビューでの全作業プロセスが合理化されている。たとえば、ひとつのクリップを選択したあとZを押すだけでズームイン、Shift+Zを押せばズームアウトできるようになった。また、トラックパッドでも、Commandを押しながら操作するだけでズームイン / アウトができる。もうひとつの嬉しい改良点が、Optionを押しながらスクロールすると各トラックの拡大・縮小が行えるようになったことだ。これは面倒なカーソル操作からユーザーを解放してくれる。これら全ては非常にシンプルな改良で、各作業で稼げる時間は1~2秒程度だ。しかし、作業を続けていくうちに、これらが大きな違いになっていく。 MIDI関係の作業プロセスの改良が生み出す違いはさらに明確だ。まず、Live 10では、最大7クリップまでを選択すれば、ひとつのピアノロール上に選択した全クリップのノート情報を表示できるので、複数のパートがどのような位置関係にあるのかが理解しやすくなっている。この結果、ユーザーは変更を加えるためにクリップからクリップを行き来する必要がなくなった。個人的に一番気に入っている変更は「MIDIノートを追跡」機能(オプションメニュー内)だ。以前から長音のMIDIノートが記録されたクリップを使用してきた筆者にとって、そのようなMIDIクリップの中央で再生ボタンを押してもMIDIノートが再生されるこの機能は大きな助けになっている。また、Live 10には録音ボタンをクリックしなくてもMIDIノートをレコーディングできる新機能Captureも用意されている。適当に弾いている間にアイディアが生まれ、そのアイディアをあらためてレコーディングしようとすると元々のキャラクターが失われてしまうというのは非常に良くあることだ。また、Live 10では、アレンジメントビューの空いているセルをダブルクリックするだけでクリップを作成できるようになった。 Live 10では、オーディオとオートメーションの編集も大幅に合理化されている。オートメーションはデフォルトでは隠されており、各チャンネルのルックスがシンプルになったため、間違ってブレークポイントを入力する確率が低くなった。また、描いたカーブはグリッドにスナップするようになり、フェードも常に見えるようになった。そして、コマンド+Eでオーディオクリップを分割する必要もなくなった。任意の部分をハイライト表示して別の場所へドラッグするだけだ。単一のオーディオクリップ内でオーディオファイル全体をスクロールで確認できるようになったのも、波形編集に多くの時間を注いでいた人には恩恵と言えるだろう。 このように、Live 10にはワークフロー関係に数多の改良が加えられているが、 メジャーアップデートには “新しいオモチャ” が必要だ。Audio EffectsのOverdriveは物足りない部分が多かったが、新たに加えられたPedalはそこからの大きなステップアップと言える。ギターペダルをモデリングしているこのエフェクトに備わっているOD(Overdrive)、Distort、Fuzzの3タイプはどれも強すぎたり、弱すぎたりすることはなく、振り切った設定にしても、各サウンドのキャラクターはリアルで非常に使いやすいままだ。また、右下のDry/Wetの設定を変えれば、かかりを細かく調整しながらオリジナルのサウンドに近づけることが可能で、左下のSubを押せば、ゲインを強めると消えてしまうことが多い低域を持ち上げられる。これらは、このエフェクトのキックドラムとベースラインにおける有効性を大きく高めていると言えるだろう。Sound Toy 5の DecapitatorElycia Karacterをすぐに使わなくなることはないはずだが、CPUパワーを抑えてドラム、シンセ、ベースなどのトラックを処理したいユーザーにとって、Pedalは優秀な選択肢のひとつになるはずだ。 Drum Bussも簡単で優秀なエフェクトだ。オーバードライブセクション、コンプレッションセクション、チューニング可能なBoomセクションを組み合わせているこのトランジェントシェイパーなら、簡単かつスピーディな操作でパーカッションのまとまりと広がりをコントロールできる。右側のBoomセクション内のFreqとDecayにオートメーションを書き込んだあと、中央のTransientsと左側のDriveを操作すれば、単調なドラムパターンを非常に複雑なテクスチャを備えた低音重視のパターンに変えることが可能だ。筆者はDrum Bussの代わりにサードパーティ製プラグインを使う予定だったが、上記のような複数の機能をひとつのデバイスにまとめているこのエフェクトは、ドラムサウンドの方向性を一気に変えてくれる。
    Live 10で追加された様々な機能の中で最大の注目を集めているのがWavetableだ。WavetableはSerumと比較されることが多いインストゥルメントだが、ユニークな存在として自立できるだけの奥深さを備えている。筆者がこれまで見てきたあらゆるソフトシンセの中で最も魅力的なユーザーインターフェイスのひとつが用意されているWavetableは、エッジの効いたサウンドを無限に生み出すことが可能で、ループ可能なエンベロープ3基、LFO2基、フィルター2基、複数のユニゾンモードと共に膨大な数のウェーブテーブルが組み込まれている。また、モジュレーションセクションのマトリックステーブルのおかげで、異星人の声のようなサウンドから倍音が複雑に絡み合いながら変化するドローンサウンドまでのありとあらゆるサウンドを簡単に作り出せる。ここ10年でAbletonが送り出してきたあらゆるソフトシンセの中で、Wavetableは最も楽しい “最初の5分間” を筆者に提供してくれた。
    Wavetableに次ぐクオリティと言えるのが、エフェクトのEchoだ。往年のPing Pong DelayからLiveファンが離れることは今後もないはずだが、EchoにはLiveのディレイ関係待望の改良が加えられている。まず、Echoではミリ秒単位でディレイタイムが設定できるため、金属的なコムフィルターエフェクトを生み出すことが可能になった。また、ステレオ感を加えたい人のために、左右のチャンネルを個別にコントロールすることも可能になった。さらに、フィードバックのコントロールも150%まで上がった他、モジュレーション、複数のルーティングオプションが備わったリバーブ、そしてStereo、Ping Pong、Mid/Sideの切り替えボタンも用意された。パラメータを振り切った極端な設定にすれば、自己発振で奇妙なエフェクトを生み出すことさえ可能だ。 他のウェルカムな改良としては、EQ Eightの最低周波数が10hzまで下げられた点が挙げられる。これにより、EQ Eightでのサブベースの調整がしやすくなった。UtilityにもBass Mono機能が加わり、GainのマイナスがInfまで下げられるようになった他、各チャンネルのパンもスプリットできるようになったため、左右の信号を個別にパンニングできる。また、有り難いことに、環境設定内のAudioタブ上部にある “入力設定” と “出力設定” ボタンで入力チャンネルと出力チャンネルにカスタム名を付けられるようになった他、ファイルやプラグインのカラーコードも一新された。グループトラック内のトラックに関するアップグレードも大きな変更点のひとつで、1台のコンプレッサー / サチュレーターで複数のドラム用バスチャンネルを処理する際は特に役立つだろう。最後に、Max for Liveも使い勝手が向上している。セッション内でLFOやConvolution Reverbを多用していた人には嬉しいニュースのはずだ。 当然ながら、このようなアップデートが金額相当に思えるかどうかについては個人差がある。実際、特定の機能を褒めているユーザーがいる一方、同じ部分について不満を述べているユーザーもいる。また、プラグインの遅延補正やOSC / MPE非対応について不満を感じているユーザーもいる。サードパーティ製プラグインが気に入っているので、Live 10で追加されたディストーション、ディレイ、Wavetableなどは特に必要ないというユーザーもいるだろう。しかし、アレンジメントビューを長時間見ながらディテールの細かいトラックを制作するユーザーには、Live 10の改良されたワークフローは “神からの賜物” に感じるはずだ。まずは、全機能が使用できる30日間無償トライアルをダウンロードして、自分の目と耳で確かめるのが良いだろう。 Ratings: Cost: 3.9 Versatility: 4.3 Ease of use: 4.6 Sound: 4.6
RA