Alvin Lucier & Ever Present Orchestra in Kyoto

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  • 実験音楽やサウンドパフォーマンスといった概念がまだなかった1960年代から音の現象を探求し作品として発表してきたアメリカにおける実験音楽の先駆者、Alvin Lucierの最後の日本公演が開催された、御年87歳である。場所は京都大学の西武講堂。13人の楽器奏者から成るEver Present Orchestraを引き連れ、休憩を一回挟み全9つの作品を演奏するという大々的なコンサートとなった。 会場に到着したのは、その大きな瓦屋根の後ろに夕日が沈みかけた頃だった。まるで巨大なお寺のお堂のような歴史ある風貌に圧倒されながら入場の列に並び、DIY感漂うエントランスを抜けると天井の高い広大な空間が広がる。ステージの前にライブスペースが確保され、客席は1階と、後方には2階、3階…と傾斜型に座席が組まれていた。人が入場し着席するまでの間、ライブが始まる前に、このイベントの主催であるアーティスト集団Antibodies Collectiveのパフォーマンスがステージ上をメインに始まっていた。クレーンに吊られたダンサー、音の鳴るインスタレーション、舞台上で奇妙に動めくパフォーマーたち。会場の雑音や点在する人々の意識にそれとなく調和し、不可思議な空間を演出しており、待つという行為における最高のシチュエーションのなか、Alvin Lucierらの登場を迎えた。
    正直なところAlvinについての知識がなかったため、この日に向けて演奏される彼の作品を可能な範囲で予習していった。実験プロセスを理解してライブを聞くのと、何も知らないで聞くのとでは、前者の方がより楽しめるだろうと思ったからだ。当日配られたパンフレットにも、演奏される各作品の演奏方法や現象についての説明が記載されていたが、それでも自分にはなかなか理解の難しいもので、公演中も「よくわからない」というもどかしさを感じる場面がたびたびあった。 しかしそれはもう仕方がないとして、一連の演奏にただただ耳を傾けるのだが、気がつくと妙な知覚体験の数々をしていた。中でも印象として残っているのが、グロッケンシュピールを決まった高速パターンでひたすら繰り返し演奏する「Ricochet Lady」での、音の共振の中で渦巻く躍動感だったり、Oren Ambarchiがプレイヤーの一人として参加したエレクトリックギター2本で演奏する「Criss Cross」での、音そのものではない、風のような音の認識。エレクトリックギター、サクソフォン、バイオリン、ピアノの構成で演奏された「Hanover」での、波に酔うような不気味な揺さぶり。同じくフルオーケストラによる、意識が遠のく状態へと延々ともっていかれた「Semicircle」。どうやら、そうした知覚が、彼の研究する音響的な現象と関係しているようだ。それを楽曲としてコンポーズしているのだからすごい。初期のより実験的な作品「Bird and Person Dyning」では、実際にAlvin自身がマイクを身につけ、装置から発する鳥の鳴き声のフィードバックを探って歩くというパフォーマンスを披露し、誰が聞いても明白な、奇怪な音色を追体験することができた。 最後は、彼の作品の中でも有名な「I am Sitting in a Room」が再現されたのだが、音(Alvinの朗読の声)の録音と再生をその空間の中で繰り返し共鳴周波数を明らかにするというパフォーマンスの途中、突如左右の音量のバランスが崩れるというハプニングが発生した。その音はそのまま録音、そして再生、またその録音を繰り返し、歪になっていく。想定外の出来事にAlvinは中止を判断し、一からやり直しを決行。そうした潔さが実験らしくもあると感じながら、2度目のテイクを聞く中で、彼の声が声でなくなる瞬間を通り越し、反復と微細な変化の組み合わせが音楽成るものを形作っているのだと、最後はそんな気付きが込み上げてきて、どうしようもなく感極まった。
    Photo credit / Yoshikazu Inoue
RA