MUTEK.JP 2017

  • Share
  • 今年で二度目の開催となったMUTEK.JP。この3日間を通して出演した50組以上のアーティストに共通して言えるのは、“実験的かつ革新的”であるということ。おそらく彼らの多くは万人受けするようなアーティストではないかもしれないが、一部リスナーやその界隈では名が知れており、コアなファンがいるのも事実。そのファン周辺をはじめ、プロモーションによって興味を持った人が訪れたのはもちろんだが、昨年以上に多様な来場者が訪れていた。その大きな理由の一つとして、今年は会場を日本科学未来館(以下:未来館)という国立博物館に変更・拡大したことが挙げられるだろう(予想以上の大盛況となり、初日は前売り券を持っていながらもリストバンドを受け取るため長蛇の列に並ぶ、といったようなハプニングも発生していたようだ)。この未来館は普段、先端の科学技術を通して常設展やイベントを開催しており、BjorkやJeff Millsなどの大御所アーティストのパフォーマンスが行なわれた場としても記憶に新しい。このベニューを選択したことは革新的でカッティングエッジをキーワードとするMUTEKにとって最適だったように思う 。 そして昨年以上に出演者の約半分が国内のアーティストで構成された今回のラインナップは、メキシコやスペインでの開催にも共通する“ローカルの発展”という、MUTEKならではのこだわりも感じられた。昨年に引き続きMUTEKの特徴ともいえるパネルディスカッションやワークショップなどは昼から夕方にかけてカンファレンスルームで実施され、今年は新たにVR Salonと称したVRの体験と展示などを含む様々なイベントが同ベニューの所々で行なわれた。さらに2日目の夜にクラブイベントとしてWOMBで行なわれたパーティーではFrancesco Tristano やKuniyukiなどのアーティストが登場し、未来館とはまた違った盛り上がりをみせた。少なからずクラブイベントのイメージがあった昨年とは異なり、全体を通して“フェスティバル”として成長を遂げたように感じた今回の開催。参加者と共に成長し、新しい挑戦をし続けるMUTEK.JPは今後どのように変化し、日本独特の文化に根付いていくのだろうか。 それでは、MUTEK.JP 2017のキーとなった5組のパフォーマンスを紹介しよう。
    Galcid 7階のイノベーションホールにて行われたナイトプログラム「PLAY 1」に出演した日本を拠点とするアーティストGalcidによるパフォーマンスは、MUTEK.JP全体を通して筆者にとってのハイライトとなった。アナログシンセサイザー、ユーロラックそしてTR-8を軽快に使い熟し、トラックの数々をテンポ良く軽快にプレイ。レイヤーがかった音とアナログシンセならではのどこか暖かみのある音の数々は、トリッピーながらもリズミカルで気持ちのよい流れを作り出した。フロアは程よく満員で、彼女の姿を映し出すYoutubeの解像度を低くしたようなライブ感あるチープなクオリティのバックグラウンドはどこかユーモアも感じられ、彼女が生み出すアシッディーなサウンドを最後まで楽しむことができた。筆者にとって今回のMUTEK.JPでは名前を初めて聞く、もしくは初めてパフォーマンスを見るアーティストが国内・国外問わず多くいた。金曜日の日中に行なわれたパネルディスカッション「Digi Lab」での”Introducing MUTEK”では、MUTEKモントリオールのクルーの1人であるPatti Schmidtから「日本のアーティストはエクスペリメント(実験的)な音楽が多い印象だが、同時にそれを披露する場が多くないのが残念」といった言葉を聞いた。そして「MUTEKはそのようなパフォーマンスを披露する場の“プラットフォーム”を提供したい。ローカルなアーティストとコラボレーションすることでその土地独特の文化の発展に繋がれば幸いだ」と。普段モジュラー系のイベントにブッキングされることが多いGalcidだが、MUTEK.JPに出演したことで、筆者のようにモジュラーへの関心や知識がこれまでそれほどなかった人々の耳にも届く機会となり、そのパフォーマンスからは世界でも評価されるべきパワーとクオリティを感じた。
    Woulg & Push 1 stop ベニューが大きく変わったことにより新しい体験をできる要素が増えた。その一つがプラネタリウム「ドームシアター」である。一度の収容人数が約100人と限られた人数のみが体験できるこのショウは、初日は大きな問題もなく、幸運にも筆者はスムーズに入場することができたものの、2日目と3日目は口コミや全体の来場者数、そしてオペレーションの関係上か、入場のための長蛇の列、そしてそのキャンセル待ちの列すらできていたようだ。小空間の中、椅子を倒して寝格好で上空を見上げながら鑑賞するPush 1 stopの肉眼で観るビジュアルは、その幾何学模様とシンメトリカルな模様の一つ一つに3D以上のテクスチャーを感じられた。さらに定期的にセンチメンタルな女性ボーカルのサンプリングやシンセサイザーの旋律を乗せ、UKガレージやダブステップなどを彷彿させるWoulgのサウンドを通して、季節の移り変わりや天候の変化、そして喜怒哀楽といった複雑な感情が体の内側から駆け巡るような面白い異空間を体験することができた。この広大なビジュアルと実験的サウンドの45分に渡るトリップは、絶えず目に入ってくる情報に後半、若干の疲れを感じる瞬間もあったが、終盤はスタートと同じボーカルサンプルが聴こえるなか、徐々に音数(そしてビジュアル)がミニマライズされていくエンディングを迎え、不思議な満足感と胸いっぱいな気持ちでドームを後にした 。
    Monolake メインホールで行なわれた、初日のラストアクトMonolakeによるパフォーマンスの時間になると、気がつくと辺りは多くのオーディエンスで埋め尽くされていた。真っ暗な会場の前のステージにはシンプルな「MUTEK.JP」のロゴが映し出され、この日出演した他のアーティストに見られた光や映像の演出はなく、そのコントラストが生み出す新たな緊張感の中で、それまでとは違ったサウンドスケープを楽しむことができた。Monolake名義で出演したミュンヘン出身のRobert Henkeは、サウンドデザイナーやエンジニア、サイエンティストなど様々な肩書きを持つ。彼自身の活動はMUTEKの理念と自然と合致し、今回の彼のブッキングも当然であるように感じられたアーティストの一人だった。ノイズやインダストリアルの要素がありつつもダンサンブルな彼のサウンドからは 、一つ一つの音のディティールとテクスチャーがはっきりと見え、それと同時に音が空間を構築する全体像が感じられた。工業的でありながらも安定感のあるセットの後、静寂とオーディエンスの歓声が上がり始めた直後の少し凶暴なベースラインのきいたダブステップを想起させる音の展開は、一度に二つの種類のMonolakeのパフォーマンスを観ることができた気がして得をした気分になった。
    Myriam Bleau 前述のとおり、今回のMUTEK.JPでは筆者が初めて耳にするアーティストが多く出演した。DJとして活躍するアーティストだけでなく映像や特別な機材を用いてパフォーマンスを披露するアーティストで構成されたラインナップ。2日目のオープニングアクトのモントリオールを拠点とするMyriam Bleauは、コマのようなスピニングトップというアイテムを用いてサウンドを創り出す。80年代ヒップホップを彷彿させるようなボーカル・サンプリングを多々使用し、骨太なスネアの利いたテクノサウンドと繋げ合わせる。それぞれ異なるサウンドからなる4つのコマを巧みに操り、回す速さで音のトーンやリズムに変化が起こし全体のサウンドを創り出していた。バックグラウンドに映し出された彼女のライブパフォーマンスと連携させた映像がワンテンポ遅れていたことは残念だったが(彼女曰く、アジアで頻繁に起こる現象らしい)、オープニングから多くの人が訪れたメインフロアからは、これぞMUTEKというような実験的パフォーマンスを目の辺りにした。
    James Holden & The Animal Spirits 2日目のトリを努めたのはMUTEK.JPの数日前にアルバム『The Animal Spirits』をリリースしたばかりのJames Holden & The Animal Spirits。実はそれまでのMUTEK.JPのメインフロアからは、あまり熱狂的なバイブスやフロア全体が一体化するというような現象が、少なくとも筆者が観た限りでは感じられなかった。しかしJames Holden & The Animal Spiritsが始まる時間が近づくと、彼らを目的としてきたであろう人々、そしてJames Holdenについて語るファンの姿が多く見られ、今までのフロアとは確実に違った雰囲気が感じられた(彼らの単独公演を見に来たような感覚にさえ陥った)。ミニマルなそれぞれの楽器のサウンドが重なり合ってレイヤーを作り出し、それを指揮者のようにモジュラーを使ってコントロールするHolden。デジタルでトリッピーかつ、どこか教会を連想させるオルガンのような旋律、ドラムとサックスの生音も混ざり合って不思議なループをつくりだし、人々をトランス的感覚に陥らせるようだった。特に"Pass Through The Fire"からは、Holdenが訪れたモロッコの伝統儀式であるグナワが彼らに大きな影響を与えただろうと感じた。紫やピンク、そして暖色系などの彼らの陰と靄がかかったバックグラウンドのビジュアルは、それまで多くのアーティストが使用してきた白黒や寒色系のものとは一線を画し、そこから創り出されたスピリチュアルな儀式的空間は、彼らのドラマティックな音の展開に拍車をかけた。この展開は徐々にそして確実にフロアに熱気を作り出し、終盤に大きな歓声が立ち込め、オーディエンスは満足感に浸っていた。
    Photo credit / ©MUTEK.JP / Ryu Kasai / Yu Takahashi / Shigeo Gomi
RA