DJ Boring in Tokyo

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    Jun 5, 2017
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  • ローファイハウス。そのジャンルはその名の通りアナログで温かみに満ちた粗いサウンドによって特徴づけられる。しかしそれだけではない。ローファイハウスの代表的なレーベルE-BeamzのBandcampのカタログには、VHSのざらついた質感の映像や初期のコンピューターグラフィックからサンプリングしてきたと思われるアートワークが立ち並ぶ。またプロデューサーの名義はDJ LongdickやDJ Playstationなどと一見投げやりにも思えるような匿名性の高いものであったりすることが多い。このようにヴェイパーウェーブ以降のエッセンスを含みつつ、インターネットを中心に拡がりを見せている点もこのジャンルの特徴の1つであろう。その中でもDJ Boringは、E-Beamzからリリースされた代表曲"Winona"がYoutubeで160万回を超える視聴回数を叩き出すなど、ローファイハウスの人気を決定づけた存在だといっても過言ではない。そんな彼が来日するという知らせを聞くやいなや私は、彼の出演するイベントに行かなければならないという気持ちに駆られていた。匿名性というベールに包まれた彼は実際の現場でどのようなDJを見せてくれるのだろうか。今夜彼を一目見ようと渋谷Circus Tokyoへ足を運んだオーディエンス達にもそうした思いは少なからずあったに違いない。平日の開催にも関わらず、彼のDJが始まるころには地下一階のメインフロアは若者と外国人を中心にすっかり賑わいを見せていた。 まず、ハウスミュージックを軸に都内で活躍する若手パーティークルー"CYK"の一員DJ Trafficの若さほとばしるプレイに引き続き、DJ Boringは哀愁的なエレクトリックピアノの音色と泥臭いボーカルのサンプリングが印象的なトラック、Al Zandersの"Long Gone"でスタート。その後もメロウかつハードなプレイを展開し、フロアのの熱気はぐんぐんと上がっていく。しかし筆者が度肝を抜かれたのは、プレイも中盤に差し掛かってきたころ、山下達郎の往年の名曲”メリー・ゴー・ラウンド”のハウスエディットを彼が流したときだ。これには彼らしいヴェイパーウェーブ以降のジョークセンスと日本のオーディエンスへのサービス精神を感じ、ついつい笑みがこぼれてしまった。それがギャグにならないのは彼のDJの技術の高さ故だろう。山下達郎の軽快で切なさを帯びたメロディーラインと裏で鳴り響くハウスビートは、原曲を知らないであろう日本人以外の客も巻き込みフロアをさらなる熱狂へと導いた。 それでもやはり、2時間にわたるDJ BoringのDJセットのハイライトは彼の代表曲"Winona"がプレイされたときに違いない。イントロのあまりに有名なウィノナ・ライダーの語りが始まると、「この瞬間を待ち望んでいた」と言わんばかりの歓声がフロアには飛び交った。寂寥感漂うアンビエント風のシンセに導かれ、ざらついたビートが鳴り出すと、フロアの興奮は最高潮に達した。個人のPCの画面からバズを巻き起こしたこの曲が、フロアの群衆に波のようなうねりを生み出していたのは圧巻だった。そこには匿名性のオンラインの無機質さでなく、確かに生身の人間のエネルギーが立ち込めていた。そして最後はこれまた往年の名曲Curtis Mayfieldの”Move on up”で、彼の初来日公演を熱く締めくくった。 はじめは彼がどんなDJをしてくれるか不安な部分もあった。しかし、彼のプレイは"DJ Boring"というシニカルな名義とはかけ離れた、非常にソウルフルでエネルギーに満ち溢れるものとなった。インターネット上のムーヴメントとしてその勢いを拡大してきたローファイハウス。それがヴァーチャルにとどまらず、現実のフロアにおいても十分に強度を持っていることを今回の彼のプレイは証明してくれた。作品のリリース数自体はまだ少ないものの、彼の今後の活躍に期待したい。
RA