Rainbow Disco Club 2017

  • Share
  • 2010年に都市型フェスとしてスタートしたRainbow Disco Clubだが、2015年に会場を伊豆に移して以来、主催側の熱烈な働きかけと参加したアーティスト・一般客による評価の高さが口コミを呼び、3年目にして日本の野外フェスシーズンの到来を告げるパーティーとしてもはや定着した印象がある。筆者自身も昨年行ってみるまでは前評判に対して半信半疑であったが、実際に初めて会場のロケーションを一望した時は、ここでディスコ・ハウスをたっぷりと堪能できるとはと驚かされた。オールナイトでの開催ではないとは言え、ダンスミュージックに特化したラインナップでありつつ、イベントとしてストイックすぎない雰囲気がRDCの特色だと思う。それゆえに受け入れられる客層の幅も広く、家族連れやカジュアルに遊ぶ層の割合もかなり多い。実際に今年も、パーティーでよく会っていた友人と母親になってから久しぶりに再開する嬉しい場面もあった。便によっては新宿から電車で一本と、都内からも比較的向かいやすい伊豆稲取が最寄駅。そのため「行ってみよう」と思えば、構えすぎず気軽に参加できるのも嬉しいポイント。加えて各地方はもちろん、評判を聞きつけて海外から訪れた人達もいたようで、昨年にも増して多くの参加者が居たように感じられた。 オープン前からゲートには“3日間の楽園”への参加を待ちわびる人々が列をなしており、スタッフも「どうみても昨年よりずっと並ぶ人がいる」と話しており、年々増すRDCへの期待を感じさせる。フードや店舗が集まるエリアを抜け、フロアへの階段がある斜面からの眺めは箱庭のようで、フェスのために誂えたようなスペースに改めて感心する。フードコートやショップもRDCが注力しているところで、都内や静岡近辺から出展した選りすぐりのお店が立ち並び、巡っているだけであっという間に昼となってしまうほど。気づけば始まりを告げる音楽が、訪れる人々のキャンプ準備を邪魔することなく、ゆったりと流れ始めていた。 毎年オープニングを務めるレジデントのSisiは、Sade ”I Couldn't Love You More”のエディットなど、80~90年代のムードを感じさせるメロウなダウンテンポを中心とした選曲、彼の得意技ともいえるトライバルな展開へ移行しながらも、緩やかな流れをキープ。続くもう一人のレジデントのKikiorixはテンポ感は保ちつつよりエレクトロニック色強めな選曲に。Boards of CanadaやLarry Heardの初期作も交えつつ、柔軟にハウスグルーヴへと移行していた。夜はオールドスクールなテクノ・ハウスとベースミュージックを掛け合わせたような選曲のHessle Audio Crewに後ろ髪をひかれつつ、場内入り口近くのRed Bullステージへと向かった。
    Pioneerのシステムによりクリアかつ力強いサウンドを実現しており、こちらも心置きなく音楽を楽しめる環境だ。Dekmantelの新星Palms Traxは思い描く彼のサウンドへの期待に応えるかのように、アナログ色強めなベースラインが印象的な楽曲でスタート。テンポは抑え目ながらもビビッドな展開につい引き込まれてしまう。オールドスクールな歌モノもアクセントとしてプレイする、USハウス・テクノをアップデートしたような力強いセットを楽しめた。続くGerd Jansonが一日目のラストを務める頃には、メインから人も流れてRed Bullのフロアもさらに熱気を増していく。Gerdはディスコを基調としつつも、同郷のAtaなどにも感じられるフランクフルト勢に共通するノリでひたすら引っ張っていく。この焦らすような展開があったからこそ、David Joseph ”You Can't Hide”やNightwriters ”Let The Music Use You”といったクラシックの爆発力もより絶大に。匠の技を存分に味わえる満足度の高いセットで締めくくった。 2日目はKaoru Inoueのセットに耳を傾けつつ、昨日の疲れを癒しに近場の温泉へ。伊豆・熱海エリアは国内でも有数の温泉リゾート地(80年代日本のバブル期の空気がホテルなどの建物にも残っており、ディスコ・フュージョンあたりの音の雰囲気とマッチするように思えるのは私だけだろうか)。友人らとゆったりと過ごすうちにFatima Yamahaのライブセット(別の友人曰く「抜群だった」)を見逃したのは少々心残りだったが、会場近辺の蕎麦屋に立ち寄って山菜や地元名産の日本酒を味わう充実した時間を過ごした。稲取は海も近く、金目鯛をはじめとした海産物を堪能したグループも多く居たようだ。RDCは会場からすぐに町へと出られるのも利点で、大型連休でやや道路が混み合うものの、少々移動するだけでもさらに選択肢は広がる。静岡に訪れるいい機会として周辺を巡るのもいい過ごし方ではないかと思う。
    メインステージに戻ると、Floating Pointsによる70〜80年代ディスコ・ファンク中心のDJでフロアは早速熱気を帯びていた。コレクターとしても知られる彼ならではの、7インチの激レア盤からThe Gap Bandのクラシック”Messin' With My Mind”まで飛び出すセット。つい口ずさんでしまうようなキャッチーなフレーズの応酬と、楽しげに踊り歌いながらDJする姿が眩しい魅力を放っていた。 スペシャルな競演という意味ではSoichi TeradaとKuniyuki、Sauce81のコラボレーションはRDCでも随一だ。“今”のサウンドへの理解と探求を実感できる、滑らかでモダンな鳴りのハウスグルーヴを基礎に、各自の演奏やシーケンスを重ねて彩っていくスタイルでライブを展開。徐々に陽も暮れていくなかSauce81のヴォーカルやKuniyukiのフルートもよりエモーショナルに響き、Soichi Teradaのクラシックなトラックの声ネタも飛び出すなど、各アクトが培ってきたシグネチャーサウンドを遺憾なく発揮していた。 2日目メインのトリであり、昨年来ていた人にとっても待望の時間となったDJ NobuのB2B。今年はNYディープハウスの代表格Fred Pとの共演となった。序盤はピュアなサウンドのインテリジェントテクノから流麗なフレーズのディープハウスへと繋ぎ、野外に映える登りつめていくような展開でグルーヴを練り上げていく。中盤からは深いエフェクトとタフなビートの反復によるミニマルで没頭させつつも期待を煽っていく。そこからFred Pによる天に上るようなヴォーカルハウスが投下された瞬間はまさにピークと言える、魂を揺さぶる瞬間であった。昨年のBlack Madonnaと繰り広げた燃え盛るファンキーシカゴハウスとはまた違った、月の目映い夜に調和するようなハウスの深淵に浸ることが出来た。
    終われない勢いのままRed Bull ステージへ移ると、自分と同じくメインの余韻を残す人々が集まり盛り上がりを見せていた。キャリア35年を超える国内屈指のベテランDJ Noriとブレイクダンス・クルーRock Steady Crewの一員としてカルチャーの黎明期を知るSkeme RichardsによるB2Bセットは、まさに正当なディスコクラシックの応酬。Paradise Garageを含め80年代NYのシーンを知るベテランによる完璧すぎるほどストレートな選曲のなかでも、個人的には吉田美奈子の”愛は思うまま”の爽快なギターフレーズに気づいた瞬間が何よりたまらなかった。
    今年のサウンドシステムは昨年のFunction-oneに代わり、主催者も「待望の導入」と話すd&b audiotechnikのラインスピーカー。会場入口近くのエリアでもしっかりと音を把握できるほどの鳴りで、フロアへと降りればより絶大なパワフルさで我々を揺さぶってくれた。その威力は打ち込みはもちろん、生音中心の楽曲でも全く遜色ないほど。だからこそジャンルや年代に縛られないRush Hour勢の選曲も抜群に映えていた。 早朝から会場を巡り、この場にいた誰にも負けないほどRDCを楽しんでいる様子のSan Properは、緩やかなレゲエ、ファンク、ハウスを縦横無尽にプレイするスタイル。雑然としているようで、フレーズとヴォイスに癖のある楽曲が彼の好みとポリシーを反映しているようで印象的であった。トリッピーな歌声とパーカッションが響くSyreetaの名曲“Tiki Tiki Donga”を聴けば、この日の彼の選曲に通底した感覚が伝わるかもしれない。 今年のRDCも天気に恵まれていた印象だが、この3日目は特に晴天。初夏を先取りしたような強い日差しがフロアに注がれていた。それでもAntalへと切り替わった昼ごろには、続々と人はフロアに集まり、乾燥した風と観衆のステップにより常に砂煙が舞い上がっていたほど。Antalは雑食性の強いオールミックスの選曲だが、より踊れるビートの強い展開へと移行。ディスコからビートダウンへのスイッチングでサブベースがこれまで以上に唸りを上げ、そこからブラジル音楽への展開は、より軽快さが際立って聴こえるようであった。そこから眩惑的な響きを持つArthur Russell ”Let's Go Swimming”もプレイされていた。
    Huneeは一度音を止め、オブスキュア感強めの展開へと再構築しつつ、フロアの期待を受けドラマティックなディープハウスで応える。Glenn Underground “House Music Will Never Die”の郷愁的なギターフレーズや、Chez Damier & Stacey Pullen “Forever Monna”の澄みきったシーケンスフレーズを木漏れ日の中で楽しむ機会もそうないだろう。終盤はディスコへと落ち着き、大橋純子の“Feel So Fine”も聴くことが出来た。 テンションが途切れそうもないSan Properによる勢いに乗ったMCと山下達郎の澄みきったアカペラと共に、3日目の目玉と言えるシカゴの伝説Sadar Baharがついに登壇。そのまま彼のフェイバリットソング“Love Talkin’”がプレイされ、クライマックスに向けてフロアもますます高まっていく。Sadarのブラックミュージック文脈による選曲は、これまでのDJとは明確に違った感覚があり、執拗なフレーズとリズムによるパワフルなトラックと、ソウルフルな展開で観衆をあっという間に虜にしていく。おなじみのクラシックチューンQuincy Jones “Ai no Corrida”ですら、彼の魔法がかけられたように更なるファンクネスをほとばしらせていた。 ラストを飾るのは昨年に引き続きRush Hour Allstars。AntalとSan Properに至っては3年連続で3日目を担当しており、昨年は彼らの本拠地オランダへRDCを招致。場内でもとびきり満喫している様子が見受けられた彼らは、やはりリピーターとしてRDCを最も愛するファンと言って間違いない。Antalの子どもたちがステージ上で踊る光景も、伊豆でのRDCではもはや定番といえる微笑ましい絵だ。クライマックスに向け、まずは外連味のないディスコへと流れを戻しつつ、中盤からはトライバル色の強いトラックやアシッドハウスも交え、より“ハマる”展開で最後まで夢中にさせてくれた。特に日暮れ頃にプレイされたスペーシーなエレクトロ・ディスコは、RDCの他で味わえるものではない突き抜ける多幸感をもたらしてくれた。
    今年は際立った注目株がいるというよりは、ベテランと高い実績を残すアクトが中心となったラインナップで、それ故にメインもRed Bullのステージも、どの流れで観ても正解と思えるような安定感があった。個人的には、昨年のRDCを思い起こすとゆるやかに楽しんでいた印象だったが、今年はより音にフォーカスして楽しみたいと考えていたところもあり、各アクトの世界観にのめりこむことができた。これも参加者の遊ぶ姿勢に対応するRDCの懐の広さゆえだろう。充実したフードをはじめ場内の設備はほぼ完結されているため、余裕のある(とはいえ奥のエリアまで利用されていた)テントサイトで準備万端でキャンプするもよし、前もって近辺で宿を取るもよし。周辺で宿泊できるフェスは決して珍しくはないが、その選択肢が広いのが東伊豆エリアで開催する利点の一つ。宿泊地近くでレジャーや食事を楽しむこともできるなど、十人十色の楽しみ方を実現できるのがRDCらしさなのかもしれない。しかし何よりも各アクトの音楽とサウンドシステムの贅沢さを実感せずにはいられない。BGMとしてテントやハンモックで聴いていても心地よいと思うが、やはり目一杯踊りきってこそ。今年のRDCは本当に、砂埃の味に慣れてしまうほど無我夢中で遊ぶことができた。そう振り返る人はきっと私だけではないだろう。 Photo credit / Masanori Naruse, Suguru Saito
RA