冨田勲追悼特別公演 冨田勲×初音ミク『ドクター・コッペリウス』

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  • 電子音楽のマエストロ、冨田勲の追悼特別公演が11月11日、12日の2日間にわたり、Bunkamuraオーチャード・ホールにて行われた。ここでは初日であった11日の模様をお伝えする。冨田勲×初音ミク『ドクター・コッペリウス』を銘打たれた本公演は二部構成で、第一部は初音ミクとの共演で話題になった「イーハトーヴ交響曲」に加えて「惑星 Planets Live Dub Mix 火星~水星~木星」。第二部は冨田の遺作である「ドクター・コッペリウス」がはじめて披露された。 第一部「イーハトーヴ交響曲」は宮沢賢治の文学作品を題材に冨田が作曲した交響曲。渡邊一正のよる指揮のもと、東京フィルハーモニー交響楽団と合唱団に合わせて、初音ミクが歌い、踊るのが同曲のハイライトだ。本来、初音ミクは打ち込みに合わせて同期するが、同曲では特殊な技術を用い、指揮者と演奏に合わせてコントロールされることで、聴き手にとっては初音ミクがまるでその場で演じる人間になったかのように感じられる。オーケストラと合唱団というアコースティックなサウンドにVOCALOIDによる合成音声を付け加えるという、冨田の奇想天外な発想がもたらす“異空間的な雰囲気”が、宮沢賢治の世界観とピッタリとマッチしているところが本曲の真骨頂とも言える。続いてステージの転換を経て、Adrian Sherwoodがステージに登場する。前曲とはうって変わり、PAシステムを用いたエレクトロニック・サウンドで、冨田の「惑星」のダブミックスが行われた。パーカッショニスト、4人のストリングス奏者を従えたSherwoodが、自身で紡ぐビートに加えてリアルタイムでダブミックスを披露。Sherwoodの開演前には「立って騒いで、踊ってもらってもかまいません」というアナウンスが流れ、立ち見はもちろん、ステージ前方で踊りはじめる人も多々見られた。「惑星」のSF映画のようなサウンドにSherwoodは適時ビートを付け加えながら、サイケデリックかつ立体的なダブミックスを聴かせていたようだった。と、書いたのは…残念なことに当日はステージ前方と後方のスピーカーに致命的なタイムラグが生じていた。筆者が座っていたステージ後方では、前方の音とのズレばかりが気になり、Sherwoodの素晴らしいパフォーマンスをほとんど堪能できなかった。
    第二部は本公演の目玉である「ドクター・コッペリウス」は、若き日の冨田が憧れた科学者・糸川英夫との出会いが大きく関与している。糸川博士は科学者でありながら、音楽とバレエに情熱を傾けていた。その糸川は生前、冨田へ「いつかホログラフィーと踊ってみたい」という夢を打ち明けていた。その約束を果たすべく、冨田が逝去する直前まで制作に尽力していたのが本作である。「ドクター・コッペリウス」は、オーケストラ、合唱団に加えて、バレエ・ダンサーと初音ミク、さらにシンセサイザーを用いて、日本の説話・羽衣伝説と糸川博士の人生をモチーフとしながら、“重力のしがらみを乗り越えようとする人間の情熱”を描き出した舞台作品だ。冒頭の第0楽章「飛翔する生命体」ではダンサーとシンセサイザーの音色が、重力と相反するものとしての宇宙の音色を見事に表現していた。「ドクター・コッペリウス」のハイライトはダンサー(コッペリウス)と初音ミクが一緒にバレエを踊るシーンだ。映像に映し出されたミクとコッペリウスの息の合ったダンスは「イーハトーヴ交響曲」でのミクとは、異なる人間性を持ち合わせているかのようだった。まるで冨田がミクを用いることでいかに無限の多様性を表現できるか、それを理解できるような感動的なシーンだった。「ドクター・コッペリウス」はダンサーの演技によって、ストーリー性が強く打ち出されているが、物語自体が大空や宇宙への憧れといったシンプルかつ情熱的なものであるがゆえ、オーディエンスを引き込むパワーがある。そしてそれはシンセサイザー、トミタサウンドクラウド、初音ミク…テクノロジーを用いて既存の重力から音楽を開放すべく活動してきた冨田の軌跡とも共通する。「ドクター・コッペリウス」にて冨田は、こんなにも雄々しく実直な物語を我々に提示し、今は天国で糸川博士と一緒に”約束は果たしましたよ”と、語り合っているのだろう。本編が終了した直後の割れんばかりの歓声、そして最後のカーテンコールで遺族へと向けられた止まない暖かい拍手が、何よりも「ドクター・コッペリウス」の成功を体現していた。生前、幾度となく天才と語られた冨田だが、こんなにも素敵な幕引きをしたアーティストは他にはいないだろう。そう感じられるほど、感動的な一夜だった。 
    Photo credit: Crypton Future Media INC photo by 高田真希子
RA