MUTEK.JP 2016

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    Nov 25, 2016
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    Resident Advisor
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  • カナダ・モントリオールにて発祥し、既に17年の歴史を持つMUTEK。音楽とヴィジュアルを主軸としたデジタルアートフェスティバルとして、常に最先端かつ革新的な活動を行うアーティストを招致してきた同フェスティバルだが、メキシコやスペインでの開催を経て、ついにMUTEK.JPの開催が実現した。渋谷のWWW / WWW X両フロアを開放して開催された初日は、待望の日本初上陸ということもあり、開場前後には長蛇の列が発生し期待値の高さを伺わせた。WWWにてMUTEK.JPのスタートを飾るはMartin Messier。自作のプレート型電子楽器を用いての、ケーブルのパッチングに応じて発生するノイズを演奏や、音と同期するライティングや明滅するケーブルによる電流のような演出など、オープニングアクトでありながらハイライトともいえる驚愕のパフォーマンスであった。WWW Xは名門レーベルRaster-Notonの20周年を祝して、同レーベルのアーティストによるラインナップが揃えられた。一人目のアクトUeno Massakiはアブストラクトなビートを主軸に、圧縮と伸縮を繰り返すような音の奔流を展開した。 「A/VISIONS」というタイトルがついたWWWの演目の中でも、凄まじいまでのスケールを見せたのがHerman Kolgenであった。退廃的な風景を写すモノクロの映像をバックに、崩壊的なノイズを奏でる“Aftershock”。そして世界各地にある磁場と地震波を検知し、サウンドへと変換する“Seismik”と題された作品を演奏。映画館を改装したWWWの特性もあり、圧倒的な世界観に飲み込まれるような体験を味わえた。再度上のフロアへ戻ると、Dasha Rushによるビートを抑えたテクノ主体のライブがスタートしていた。映し出される抽象的な映像も相まって、WWW Xの「NOCTURNE」というテーマにふさわしい優美なサウンドを堪能できた。再び訪れたWWWでは、Max CooperがEmegence A/V Showと題されたライブセットを披露。曲ごとに用意された映像にリアルタイムのエフェクト操作で変化を加えていく様はミュージッククリップを演奏するよう。メランコリックさと淡い光を感じさせるフレーズと、テックハウスからIDM、ブロークンビーツまで包括する楽曲のバリエーションもあって、この日のアクトの中でも最も明快に楽しめたように感じた。
    WWW Xの終盤を担うはRaster-Noton主催のCarsten Nicolai、Olaf Benderの両名。Alva Notoはこの日の各アクトの中でも格別で、キックからノイズに至るまで、磨き上げられた質感を耳で感じられるほど。しなやかな低域でグルーヴを刻むブレイクビーツ主体のセットは、Raster-Notonにダンスの側面があることを改めて認識させる。セッティングによるインターバルを挟み、満を持して登場したOlaf Bender aka Byetoneはより荒々しく、ファンクネスに溢れたボディミュージック。ミニマルな展開から突如現れるノイズの壁や、ダウンテンポなエレクトロなど、バリエーションに富んだ展開を楽しめた。最後はアンコールに応え、CarstenやDasha Rush、Robert Lippokも壇上に並んでのスペシャルなセッションが実現。この時もCarstenとOlafはステージ上で誰よりもリズムに乗り、勢いよくサウンドを繰り出していく。その様子からは、Raster-Notonが音がおよぼす知覚と身体性への影響を追求し、今もなお楽しんでいることを実感できた。 2日目の「DIGI_SECTION」はレッドブルスタジオ東京で開催された。アーティストと直接的に関われるレクチャーやワークショップは、知見を深めるだけでなく、作品ともより親密になれる機会である。午後に行なわれたHerman Kolgenのプレゼンテーションはとても興味深いもので、中でも印象的だった『INJECT』は、1人の人間がガラスケースの水槽の中で連続6日間、無重力かつ限られた酸素の中で過ごす一連の流れを映像化した作品。動物実験のようにも聞こえるが、INJECTは重苦しさを感じさせない、寧ろその逆と言っても過言ではないほど美しい作品に仕上がっており、実験的なサウンドエフェクトを加えることによって作品により感慨深い印象を与えていた。Yuta Hoshinoによるワークショップでは、Roland AIRAのTR-8ドラムマシン、TB-3ベースマシン、MX-1ミキサー、そしてSystem-1シンセサイザー等を駆使した、リズミカルなアンビエントテクノセットを披露。巧みに操る技術そのものを至近距離で観覧することによって“ワークショップ”が成立していたのだろう。また惜しくも筆者は逃してしまったが、国内外でも活躍の幅を広げるAkiko Kiyamaは湿ったテクスチャーが印象的なミニマルでエクスペリメンタルなテクノを披露したようだ。
    最終日はWWWとWWW Xに会場を移し、「A/VISIONS 2」と「NOCTURNE 2」の2つのプログラムが開催された。Maotik & Metametricの2人は8ビットサウンドにのせて、テレビスクリーンの中に映し出された砂嵐、もしくはクラッシュしたコンピュータの画面を拡大したようなトリッピーなヴィジュアルで観客の視線を釘付けにした。上階ではEnaがダークで実験的なドローン・アンビエントセットを披露。その後登場したモントリオール出身のPheek+ DIAGRAFはこの日のハイライトであった。心地良いミニマルかつオーガニックなサウンドからは、どこかに多国籍さも感じられ、ヴィジュアルを通してゆっくりと消化されていくような感覚で音のテクスチャーを堪能。ライブ中盤から人々の足は動き出し、最終的にはダンスフロアと化していた。 一度その演目に立ち会うと離れられないほど、充実したコンテンツを楽しむことができた。聴覚と視覚にこれまでにない体験をもたらすコンセプトのMUTEKにとって、大型スクリーンとFunktion-Oneによるシステムを備え、映像・サウンドともに解像度の高いWWWは、独特のテラス・スタイルによって好みのアングルからパフォーマンスを一望できることも相まり、ベストな環境であったと思う。もう一方のWWW Xも、フラットかつタイトな音像と身体を震わす音圧が両立していた。多くの人々がオーディオ・ヴィジュアルの実験に没入する様は、MUTEK.JPが背負う期待に対し、理想的な形で応えたことの表れだろう。Herman Kolgenが2日目に紹介した『DUSt』という作品を思い出した。「ほこりという存在が日々形を変える姿に、美を見出した。人体に沿って動くほこりから、私たちは、私たちの周りの粒子と非常につながっているのだと感じた」。今回のMUTEKの開催によって、東京に新たな波長が生まれたと感じたのは筆者だけではないはずだ。
    Photo credit: Ryu Kasai, Stro!Robo
RA