Glastonbury 2016

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  • Glastonburyは、おそらく世界最高のフェスティバルだろう。それは、単なる心のフェイントではない。イングランド南東部に位置する900エーカー(約3.6k㎡、東京ドーム約78個分)の広大な牧場を舞台に、5日間に渡り繰り広げられるこのイベントは、18万人の参加者に対し、お金だけではなく(決して安いイベントではない)前準備、耐久力、そして一般的な処理能力など、多くの物事を要求する。今年は例年よりも更に大変であった。原因はそう、泥のせいだ。当の週末のほとんどは晴天だったものの、前の週に降った集中豪雨によって、会場のワージー牧場は足首まで埋まるほどの泥沼状態になり、場所によっては肥料の臭いさえ漂っていた。長靴なしでは短距離を移動するのさえ困難な状況で、ベストコンディションだとしても30分はかかるステージ間の移動が、かつてないほど長く、そしてキツく感じられた。「今までの(フェスティバルの)中で、これほどの泥は見たことがない」と、Glastonburyの創設者Micheal EavisはThe Guardian明かした。「(フェスティバルを続けてきた)46年間の中で、こんなにひどい状態だったことはないよ。」 今回がGlastonbury初参加となった筆者だが、経験者たちからは、カラリとした天気だったらどんなに良い週末だったかという話を聞いた。もう1つ、皆が口を揃えて言っていたのはラインナップについて。2016年のそれは、当たり年とは程遠いものだったのだ。確かに、筆者自身も昨年のヘッドライナーと今年のAdeleやColdplayを取り替えてほしいくらいであったし、パフォーマンスの合間に乾いた丘の上でぼんやりと過ごせたならどんなに最高だろうと思った。そして言うまでもなく、木曜の夜に知らされたBrexitのニュースは、決して良いヴァイブを生むものではなかった。そうした状況でも尚、Glastonburyはその高い評価に恥じない、いやそれ以上のフェスティバルだと個人的には感じだ。雰囲気、プロダクション、そして音楽の多様性において、Glastonburyは他のフェスティバルのそれをはるかに凌ぐ。最終的に、筆者は泥さえも好きになっていたほどだ。 Glastonburyは、そこだけで1つの世界が成り立っているようだとよく言われるが、同時にたくさんの小さな世界が集まったような場所でもある。ここではダンスミュージックの世界1つをとってみてもカバーしきれないほど広大で、特に隅の方は、よく近づいて見なければならないほど細かい要素でいっぱいだ。例えば、サイト内に存在する数多くのクラブの中の1つ、Beat Hotelを例にとってみよう。Glastonburyの他の多くの“エリア”同様、ここは通常のフェスティバルのステージと比較すると、きちんとしたナイトクラブに近い場所だ。センスのいいバーテンダーがかなり本格的なカクテルを作り、更に朝にはパンケーキ、夜にはバーベキューまで楽しめる(Seth Troxlerが運営するレストランSmokey Tailsによるものだ)。また、屋外にあるレトロな看板から、両脇に偽物のホテルの部屋を擁した少しシュールなDJブースまで、その見事なデコレーションはミッドセンチュリーのホテルをテーマにしている。そこにBen UFO、Midland、そしてJoy Orbisonが現れ、ハウスとディスコ好きのクラウドの間をかきわけ進んで行った。普段はブースに立っている彼らだが、この日は“ホテル”の部屋の中をウロウロしたり、ベッドの上を跳ねたり転がったりしていた。この週末の個人的なハイライトの1つは、土曜日の夜、この場所で起こった。Adeleを見ようと大勢の人々がそこからいなくなった後、筆者はフロアの後方でブラッディメアリーをちびちびと飲みながら、Nic TaskerとReckonwrongが"Hell Or Heaven"のようなクラッシーなハウスをかけるのを聴いていた。 そこからすぐ近くには、Glastonburyで最初に生まれたエレクトロニックミュージックエリアが進化した場所、Silver Hayesがある。1995年にはDance Tentと呼ばれたその場所は、その後スケールアップしてDance Villageになり、そして現在の、計6ヶ所のヴェニューに総勢100組以上のアクトをラインナップするSilver Hayesへと姿を変えた。フェスティバルの中に更にフェスティバルがあるような状態だ。筆者がある日の午後、このエリアを通ったところ、ストリートをテーマにブロードウェイの舞台セットを施したステージThe Bluesで、Miss Dynamiteが全世代のクラウドに向けて"Boo!"をプレイしているのを聴くことができた。
    その他にも、ArcadiaThe GladeThe Common、そしてShangri-Laといったダンスミュージック中心の大きなエリアが存在し、それぞれがビッグなラインナップを掲げていた。しかし個人的には、その中の1つのエリア、Block9に何度も引き返さずにはいられなかった。実に700人ものスタッフが数週間かけて作り上げたこのエリアのプロダクションは、筆者がこれまでに見てきたどのフェスティバルよりも遥かに素晴らしかった。街中の景色のようにアレンジされたBlock9は、全部で3つのクラブで構成される。まずは、ディストピア的な屋外テクノヴェニューGenosys。倒壊しそうなアパートからボロボロの地下鉄の車両が飛び出しているLondon Underground。そして、'80年代初頭のNYはミートパッキング地区のゲイクラブを忠実に再現したNYC Downlowだ。 Downlowは、おそらく3つの中でも最も人気のあるベニューだ。それもそのはずで、ここは最高のクラブである以上に、本質的に芸術作品なのだ。細かさのレベルは、もはや訳が分からないほど。建物の外に貼られているポスターを見ると、それは1982年ニューヨークのパーティーのフライヤーを精密に再現したものだったりする。室内ではバーの上でドラァグクイーンが踊り、それぞれのDJセットの合間にはセクシーなMCと芝居じみたステージショウが行われていた(そのうちの1つにはRóisín Murphyがカメオ出演。Adeleも出るという噂も流れたが、実際には彼女は登場しなかった)。その中でDJたちは自由自在にプレイ。例えばThe Black Madonnaは、"It's Raining Men"と、よりモダンな"Like (Some Dream, I Can't Stop Dreaming)"を一緒にかけていた。言うまでもなく、そこには政治的な特質もあり、Glastonburyのレイバーたちにクラブカルチャーのルーツが何たるかを思い出させた。金曜日の夜は、ヒットのオンパレード(Octave One "Black Water"、Basement Jaxx "Fly Life (Extra)"、Masters At Work "Work"などなど)が始まる前に、Roger Sanchezがオーランドで射殺された彼らの「ブラザーとシスターたち」に向けて感動的なメッセージを送った。そして土曜日は、MCが皆をDavid Bowieの"Let's Dance"に合わせたダンスに導いた後、室内にいるクイーンたち全員、そして彼が「我々のカルチャー」だと強調するものをチェックしにきたストレートのクラウドへ向け、賞賛を贈った。 やむを得ない事情の為、筆者はGlastonburyを1日早く離脱しなければならなかった。そして筆者は日曜朝、その最後の時間を、NYC Downlowの喫煙エリアで過ごした。筆者が立っていた場所からの眺めは、それはシュールなものだった。まずはねじれた金網のフェンスがあり、切りっぱなしのデニムショーツを履いた男性がウェアハウスのトラックの搬入口に立っていた。誰かがAphex Twinの"Digeridoo"をプレイしていたGenosysステージの周囲では(この夜の早い時間には、Joey Beltramが同じ泥まみれのダンスフロアで"Energy Flash" をプレイした)、赤色レーザー好きのレイバーたちが他のクラウドを一掃していた。そして左手には、ボロボロのロンドン地下鉄の車両。クラブへ入るのに並んでいる人たちは少々疲れた様子だったが、無理もない。携帯電話のカウントによると、筆者が歩いた距離はこの週末で約50キロ。泥やお酒、そして寝不足など他の原因がなかったとしても、十分に疲れる距離だ。圧倒的な疲労と、次々に出てくる身体の不調(ひどいマメ、足の痛み、引き始めの風邪など)があったにも関わらず、筆者はもう一晩あの場所に残れた人たちが羨ましくて仕方がなかった。
RA