Brian Eno - The Ship

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  • Brian EnoがWarp Recordsと契約していたことが2010年に公表されたとき、そのニュースに驚いた人は少なくなかった。ロックやエレクトロニックミュージックといったスタイルを問わず、冒険心と知的好奇心に溢れる綿密な音楽で知られるEnoだが、この20年に渡る彼の活動は尖っているというよりも穏やかになってきている。契約当時、WarpはすでにGrizzly BearやMaxïmo Parkによる作品などエレクトロニックミュージック以外の音楽も取り扱うようになっており、レーベル筆頭アーティストであるAphex Twinはまだ離脱中だった。そのため、EnoとWarpという組み合わせはどこか共存関係を期待させるものだった。つまり、若い世代がベテランアーティストを触発するかもしれないと思わせたのだ。 Leo AbrahamsとJon HopkinsをフィーチャーしたEnoの『Small Craft On A Milk Sea』はエネルギーに満ち溢れ、3人が熱狂的にノイズ、ポストロック、アンビエント路線を打ち出していた。各楽曲の仕上がりは大きく異なっていたが、同作に続いてWarpからリリースした作品では、詩人Rick HollandやUnderworldのKarl Hydeなど、Enoは果敢に新たなコラボレーションを行った。まず『Lux』で証明されたのは、Enoが微妙に変化していく空気を生み出す卓越した職人であり続けていたことだ。そしてHydeとコラボレーションした2枚目のアルバム『Highlife』は、EnoがプロデュースしたTalking Headsの『Remain In Light』における穏やかなアフロビート・グルーヴを彷彿とさせた。7年間でWarpから6枚目となる『The Ship』は、こうしたアルバムの様々な要素を織り交ぜることで生まれた、陶酔感のある融合物であり、これまでに同レーベルから発表してきた作品の中でベストと呼べるものだ。2つの長編曲から構成される本作で聞くことができるのはEnoが常に意識してきたもの、つまり、アンビエント、生成音楽、自発発生的な言葉、ノイズ、さらには、彼がこよなく愛するVelvet Undergroundなどの要素だ。本作はEnoにとって初めてボーカルを取り入れたアンビエントアルバムとして発表されているが、言葉とアンビエント素材をミックスしているという意味で『The Ship』は『Another Green World』に回帰した作品だと言った方がいいかもしれない。 Enoによるアンビエント作品の多くで中心を担ってきたのは湖畔のような静けさと知覚不可能に近い微細な変化だが、本作の表題曲では氷が解けて支流へと流れていく様子が示されている。6分ほど経過すると、Enoのバリトンがいよいよ登場する。水面に揺らぐ歌詞の源泉になっているのはタイタニック号や第一次世界大戦といった20世紀のニュース記事や、責任放棄する内容のEメールなど現代の他愛もない文章から集められ、そのすべてがマルコフ連鎖によって生成されているという。そうして生まれた歌詞がEnoのモノトーンな声によって約10秒ごとに送り出されている。その様はまるでレーダー上の点滅が徐々に消え去っているかのようだ。 三部構成の"Fickle Sun"は荒涼とした空間から始まる。勢いと重力を増していき、ギターの閃光から強烈なブラスとホワイトノイズによる驚異のクライマックスへと至る。このクレッシェンドは数十年に及ぶEnoのディスコグラフィーにおいても特にドラマティックだが、同トラックはそこで終わらず、ほとんど何も起こることのない9分間がその後に続く。スポークンワードによるインタールード"Fickle Sun (ii) The Hour Is Thin"が無ければ、本作には持続的なムードが漂うことになっていただろう。 ここまで冷ややかで薄暗い空間を生み出してきたにも関わらず、『The Ship』を締めくくるのはThe Velvet Underground "I'm Set Free"のカバーだ。同バンドに対するEnoの入れ込みようは相当で、彼らのサードアルバムはEnoのお気に入りとして知られており、「僕はあのアルバムを買わなかった。なぜなら僕にとって気軽に扱えるものではなかったからだ。他の人の家でアルバムを聞くようにしていた。そうやって特別な1枚にしておきたかったんだ」とEnoが発言するほどだ(英語サイト)。12年前にレコーディングされていながら完成に至っていなかったという"Fickle Sun (iii) I'm Set Free"は畏敬の念を感じさせる明快な内容だ。このトラックがこれまでに別のアルバムへ収録されていたなら、過度にセンチメンタルな印象になっていたかもしれないが、Enoの盟友だったDavid BowieやLou Reedが亡くなった後に発表されたことで、人の定めを思わせる空気が漂っている。サビになって「新たな幻想を見つけるために俺は自由になる」とEnoが歌うとき、そこで感じられるのは喜びと痛み、そして、救いだ。
  • Tracklist
      01. The Ship 02. Fickle Sun (i) 03. Fickle Sun (ii) The Hour Is Thin 04. Fickle Sun (iii) I'm Set Free
RA