Matt Karmil - IDLE033

  • Share
  • 『IDLE033』はもともとアルバムとして生まれたわけではなかった。イギリス生まれ、現在ストックホルム在住のハウスプロデューサーMatt KarmilはStudio BarnhusBeats In Space、Endless Flight、PNNといったレーベルから密かに素晴らしい作品を発表してきた。以前にもブリストルのIdle HandsからEP「Play It, Do It, Say It」をリリースしていた彼は、再び同レーベルと組みたがっていたようだ。レーベル主宰者であるChris Farrellに圧縮ファイルを送り、その中からシングル用に曲を選んでもらおうと考えていた。しかしFarrellは違う考えを思いついた。彼は全13曲を聞き終えると、その曲順のまま全曲をアルバムとして発表することにしたのだ。 そのときFarrellが何を考えていたのか簡単に理解できる。「IDLE033」には収録曲をひとつにまとめあげる要素が多分に含まれている。驚くのはそうした要素のほとんどがハウスミュージックに関連していないことだ。収録曲の多くはBPMが120はおろか90にも満たない。おかしく思うかもしれないが、今回のKarmilはよりヒップホップのビートテープに近いものを仕上げてきた。しかもその仕上がりが信じられないくらい素晴らしい。 くぐもったドラムや微細なギターのメロディ、そして、スペーシーなアンビエンスにより、"So"は90年代のDillaやDeltron 3030時代のDan The Automatorのようなサウンドをしている。同様のSFブーンバップ的な雰囲気が"Skip"、"Life"、"Blue"といったトラックを彩っており、その内、"Blue"では不気味なコーラスやジャジーなラウンジピアノ、そして奇妙なシンセが折り込まれている。長年、他のアーティストの楽曲をスタジオで研ぎ澄ましてきたベテランであるKarmilは本作でその制作技術を見事に披露している。今回の楽曲は、そのほとんどが2~4分くらいの曲長で、どれも絶妙に処理され、多くのディテールが詰め込まれている。 Karmilの過去作品との繋がりがあるとすれば、それは本作の大部分にくすんだ色をしたダビーな靄がかかっていることだろう。彼はディテールに対して意識を払っているにものの、磨き過ぎているサウンドを好まない。そのため"Going"や"Tour"といったトラックではリバーブや押し寄せるざらついたディストーションと共にドラムループが擦りつけられている。"Drive"にはニューエイジ的なパッドとファンクベースが不穏な感覚と共に注入されている。 「IDLE033」は陰鬱としているだけではない。例えば本作をけたたましくスタートさせる"Feeling Drives Loops Hearts"にはドラム&ベースに対する懐古的感覚があり、高揚感のあるシンセが使われている。しかし、同トラックはすぐさま混沌とした状態になり、細かなドラムサウンドが意識を引き付けてくる。同様に気まぐれな展開をみせる"Wonder"はForest Swordsを彷彿とさせる不気味なポストパンク的感覚を伴ったダーティーなトラックだ。テンポが速まる"Freedom"はばらばらに解体されたクラブトラックで、ほとんどパーカッションを用いることなく見事にグルーヴが構築されている。 Karmilがいい仕事をするのは、ダンスフロアの概念を覆しているときだ。終盤の"Nu"や"Flood"で一斉放射されるアレンジが非常に効果的なのはこのためだ。"Nu"ではいびつなエレクトロビートに悪夢のようなメロディ(普段、自宅近所にアイスクリームを売りに来る車から聞こえてくるようなサウンドだ)が組み合わされ、"Flood"ではハードコアなブロークンビーツ上にテレビゲームの音や粗いレイヴシンセを積み上げていく。高揚が構築されていくものの、決してブレイクが訪れることはない。どちらも機能的なクラブトラックではないが、最もクリエイティブなKarmilを感じることができる。 「IDLE033」はKarmilにとって重要な第一歩だ。今後、彼が一般的なハウスミュージックを再び作るかどうかは分からない。しかし、既成概念を踏み外したときの彼は極めて優れたアーティストになる(さらに言えば、今まで以上に興味をそそられる)ことを本作は証明している。
  • Tracklist
      01. Feelings Drives Loops Hearts 02. Didn't 03. Going 04. So 05. Tour 06. Freeform 07. Over 08. Wonder 09. Skip 10. Life 11. Blue 12. Nu 13. Flood
RA