2 8 1 4 - 新しい日の誕生

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  • 数年間だけ存在した小さなシーンにも関わらず、ヴェイパーウェイブは驚くほど慌ただしい生涯を送ってきた。最初から物語性に否定的なジャンルを生み出した同シーンのアーティストたちは、以降、ヴェイパーウェイブとの関係を解消したり、別の何かに移行したりしていった。ヴェイパーウェイブの消滅が宣告されたのは遡ること2013年だ(英語サイト)。物議を醸している同シーンの新たな先導役として、昨年、Hong Kong ExpressのDream Catalogueが登場し、以降、ヴェイパーウェイブの正統な流儀に則り、100タイトル以上のリリースを重ねてきた。Bandcamp上で音楽を発表する同レーベルは、東アジアに伝わる西洋の寓話に大きく影響を受けており(シーンに共通しているテーマだ)、ヴェイパーウェイブの全側面を網羅している。つまり、未来の世界に流れる架空のBGMや、虫に食われたかのようにエディットされたディスコ/ファンク、さらに、ハイテクでハイコンセプトなプロジェクト、そして時として、単なるアンビエントミュージックにヴェイパーウェイブの音楽観を身に纏わせたサウンドなどだ。 Hong Kong Expressとt e l e p a t h テレパシー能力者のふたりから成るプロジェクト、2814から届けられたセカンドアルバムのサウンドは、アンビエントに最も近く、Dream Catalogueの中でも入念に制作され成熟したアルバムだ。もともと2015年始めにリリースされた本作が、Not Not Funによりカセットで再発されることになった。それはすなわち、ヴェイパーウェイブのデジタルストリーミングから『新しい日の誕生』を取り出し、RobedoorやWhite Poppyといった気取らないアーティストたちに近づける、ということだ。そうしたコンテクストにも関わらず、本作はヴェイパーウェイブの多くに似た印象であり、素晴らしい瞬間と味気無い瞬間が交互し、心に響く場面があったかと思えば、次の瞬間には浅はかに変わる。 絵画のような鮮烈な視野とアンビエントによる広範な風景を伴った『新しい日の誕生』は他とは一線を画す。本作の大半を占めるテーマは「漂流」だ。2814のふたりはドローンを取り扱うこともある。例えば"テレパシー"では、長い時間をかけて発生する減衰と微細な音色変化をすべてじっくりと味わいながら、10分以上に渡る持続音を享受している。そして『新しい日の誕生』を際立たせているもうひとつの重要な点が減衰だ。ヴェイパーウェイブは頑ななまでにデジタルで無感情なことが多いが、ふたりはBasinskiのようなループをふんだんに鳴らしている。素晴らしいオープニングを飾る"恢复"で使われているピアノの旋律が揺らぎ溶け合っていく様子をチェックしてみてほしい。 同時に2814はファンキーなラジオセッションのようなサウンドを削ぎ落して奇妙な骨格だけのトラックを仕上げている。そうした場面での『新しい日の誕生』は、『Passed Me By』をリリースした頃のAndy Stottが不穏な空気が漂うスローモーショングルーヴを鳴らしている光景を思わせる。その結果、非常にゆっくりとしたペースで展開するアルバムが生まれている。リラックスして聞くのには素晴らしいが、しっかり耳を傾けて聴いた場合、リスナーの集中力がどれだけ続くか試されることにもなる。実際、『新しい日の誕生』を細部まで観察すると、問題点が少なからず見えてくる。 昨年、RBMAのインタビュー(英語サイト)でHong Kong Expressは次のように語っている。「プロデューサーとしてヴェイパーウェイブで一番大事な目的は、劇的な効果を生み出すことだ。つまり、リスナーに説明不可能な感覚を抱いてもらうことだ」。Hong Kong Expressとt e l e p a t h テレパシー能力者が『新しい日の誕生』で行っているのは、まさにこれだ。しかし、「説明不可能」ではなく「多義的」と言った方が近いかもしれない。本作には大きな感情が颯爽と流れているが、その正体を掴むのは難しく、ネオン輝く街のイメージから、トラックのタイトルそのものまで、本作がヴェイパーウェイブのクリシェを信頼して取り込んだことにより、少し平凡な印象になってしまっている。 本作はすべてオリジナル楽曲から構成されているにも関わらず、スローダウンしたエディットに過ぎないように聞こえるトラックがいくつかある。しかしそこには、クリエイティブな場面と比べても劣ることのない魅力があることは認めざるを得ない。そうしたクリエイティブな場面は、ヴェイパーウェイブが時として苛立ちを感じることもある興味深いコンセプトとなる理由を明らかにしている。本作は幾ばくか派生的で過剰、そして、低価値なのかもしれない(文字通りの意味でも、比喩的な意味でもだ)。リリースされる作品のほとんどは無料であり、本作をヴァイナルにプレスするキャンペーンは何度か反発にあっているが、うまく物事がまとまれば、それは勝利の方程式になるだろう。従って『新しい日の誕生』は、見事なプラス点と、相当数のマイナス点が入り混じった作品ということになる。少なくとも、ヴェイパーウェイブのスピリットが今もしっかりと燃え続けていることの証だと言えるだろう。
  • Tracklist
      01. 恢复 02. 遠くの愛好家 03. 新宿ゴールデン街 04. ふわっと 05. 悲哀 06. 真実の恋 07. テレパシー 08. 新しい日の誕生
RA