Ben Watt - Hendra

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  • 90年代、Todd Terryが"Missing"をリミックスしたことによるサポートを受け、Ben WattはEverything But The Girlをどんよりとした狭いベッドルームから光り輝くクラブの舞台へと押し上げた。その後、彼はイベントLazy DogやレーベルBuzzin' Flyと共にダンス・フロアへと完全に接近する形となった。30代にしてダンス・ミュージックへと転向したことは、ファミリー・カーを犠牲にしてフェラーリを手に入れようとするようなもので、これをミッドライフ・クライシスとして捉えることが出来るかもしれない。彼の新作ソロ・アルバムでは、Wattは再びアコースティック・ギターを手に取っている。しかし、ミッドライフ・クライシスというものが若き日々を取り戻そうとする試みであるとして、その答えが過去15年間に渡ってリリースしてきたディープ・ハウスではなく、本作『Hendra』での成熟したフォーク・ミュージックだとするならば、Wattが最後にリリースした1983年のソロ・アルバム『North Marine Drive』と同じ領域に立ち返っていることになる。教科書どおりの展開だ。 Robert Wyatt、Van Morrison、そしてNeil Youngといった彼の音楽的影響はそのままだが、現在のWattと21歳の彼自身との間にある距離感が、記憶、後悔、過ぎ去った日々に焦点をあてた彼の言葉の中で明らかになっている。 "The Levels"での「The estate agent's been over / I've resurfaced the driveway - 不動産屋は終わった。/ もう一度、道を舗装したんだ」という歌詞が、中年となったWattの状態を物語っている。しかし、ここで言う、家を売るという行為は、これまでの過去を放棄することを意味している。彼がかつてPink Floydの"Time"で「Hanging on in quiet desperation / Is the English way - 静かな絶望の中で耐えるんだ、それがイギリスのやり方だ」と歌っていたことを考えると、Dave Gilmourのゲスト参加は、単にスター性を与える以上のものをもたらしている。この歌詞は『Hendra』の根本となるものだからだ。亡くなったWattの姉に捧げられたタイトル・トラック"Hendra"や、"Forget"、"Matthew Arnold's Field"はどれも、悲しみで染め上げられた人生が綴られている。共同制作したBernard ButlerとEwan Pearsonによるギターとアナログ・シンセも同様に、不意に表れるイギリスの田舎風景のような控えめな美しさを持っている。 『Hendra』は常に美しく、時に壮大なアルバムだ。それはハウス・ミュージックの痕跡を一切感じさせることがないからだ。本作がもしクラブ・カルチャーと少しでも関連した内容であれば、WattがプロデュースしたBeth Ortonの『Central Reservation』のようにつまらないお約束アルバムになっていたことだろうが、『Hendra』は翌朝にむけて聞くような単なるサウンドトラックに留まることはない。惜しげもなく楽観的なトラック"Spring"では「sweep the curtain open / push the window wide - さっとカーテンを開けて、窓を押し広げる」と歌っている。Ben Wattがまばゆい夜明けを新たに迎えていることを感じさせる瞬間の1つだ。
  • Tracklist
      01. Hendra 02. Forget 03. Spring 04. Golden Ratio 05. Matthew Arnold's Field 06. The Gun 07. Nathaniel 08. The Levels feat. David Gilmour 09. Young Man's Game 10. The Heart Is A Mirror
RA