Kangding Ray - Solens Arc

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  • Kangding RayことDavid Letellierがファースト・アルバム『Stabil』をリリースしたとき、『Solens Arc』のような作品を制作すると思った人は、ほとんどいなかったのではないだろうか。丹念に作られたメロディと弾けるリズムが用いられた『Stabil』は、Raster-Noton作品として相応しいものでありつつも、厳格な空気を持つレーベルにありながら、同時に驚くほど心地いい作品でもあった。この作品以降、彼は自身のアイデンティティを示すメロディはそのままに、このドイツのレーベルが持つモノトーンな世界観へと近づいていく。3年前のアルバム『OR』は、コンセプチュアルなテクノ作品であり、社会を発展させている構造に対して問いを投げかけるものであった。『Solens Arc』は、その進化の次なるステップとなるものであり、4つ打ちを中心としつつ、ビートレスでシンセを主体としたトラックを含むアルバムとなっている。 今回、アルバムのコンセプトはより構造的なものになっている。4つの"アーチ / Arc"によってアルバムは成り立っており、それぞれのアーチは数曲のトラックによって構成されているのだ。おそらく、アナログ盤のフォーマットへ敬意をはらい、1つのアーチがレコードの片面にあたるような意図が一部含まれているのだろう。しかし、こうしたコンセプトが作品に及ぼす影響がどの程度であるべきかを、Letellierは理解しており、いき過ぎることなく、コンセプトを単に枠組みとして取り扱っている。アーチが描き出す軌道は計算されたものというよりも、むしろ感情を表現しているようだ。ぼんやりとしたキックが散在する"Serendipity March"が1つ目のアーチを描き始め、インタールード"The River"を挿み、躍動感溢れるテクノ・トラック"Evento"へと展開していく。次のアーチは、ビートレスのトラックで始まって終わるのだが、低く轟くビートによる"Black Empire"が、その間に収録されている。 各アーチが軌道を描くということはつまり、アルバム全体としてもアーチを描いているということだ。1つ目のアーチで、どういう軌道になるのかを見定め、儚い軌道を描く2つ目のアーチを通過し、3つ目のアーチでクライマックスを迎えた後、4つ目のアーチで幕を閉じるという流れとなっており、まるで、悲劇へのエピローグを見ているかのようだ。Letellierは、幾重にも重ね合わされたこの構造をどのようにして作り上げたのか。間違いなく、この点にこそ、彼の作品が生まれる過程の秘密がある。その過程において、作品は何度も調整され、根幹となるアイデアを反芻しているのだ。 こうしたアイデアは、Letellierによる壮大で情景豊かな感覚が加えられることによって、完成を迎える。用いられているシンセサイザーは、Vangelisのサウンドトラックから取り出して、大聖堂で鳴らしているかのようなサウンドだが、その一方で、ざらついたリズムは彫刻のような細かなノイズへと分解されている。トラックそのものは個々に情景を描き出しており、サウンドの巧妙な動きと変化によってリスナーを導き入れる。そして全体を通じて、根幹となるアイデアが、そこはかとなく何度も現れており、各パートを1つにまとめ上げているのだ。 Letellierはシングルのトラックよりも、様々なアイデアを盛り込むことの出来るアルバムのフォーマットの方がしっくりくるように思う。それはつまり、彼の音楽性は拡張の余地があるということである。キャリアを通じて、様々なスタイルを通過してきた彼は、狭い視野で語られることの多い音楽ジャンルに、より幅広い視点をもたらしており、そうした経験によって、『Solens Arc』では、テクノ・アルバムというものが持つポテンシャルを最大限に引き出すことに成功している。多くの要素をカバーしつつも魅力があり、コンセプチュアルでありながら親しみがある。本作は快挙と言ってもいい作品だ。
  • Tracklist
      01. Serendipity 02. The River 03. Evento 04. The River (Reprise) 05. Blank Empire 06. L'envol 07. Amber Decay 08. Apogee 09. History of Obscurity 10. Crystal 11. Transitional Ballistics 12. Son
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