Wen - Signals

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  • 「The UK's reeling / イギリスはふらふらな状態だ。」ボイス・サンプルによりスタートする『Signals』はWenによる傑作デビュー・アルバムだ。イギリスにおける政治状況に対する不安は最近では、ダンス・ミュージックにも影響を及ぼすようになっており、その点はPercに聞けば明らかだ。その状況がWenの音楽においてもダークなサウンドスケープや凍えるようなリズムを通じて表れている。都市生活における苦悩から生まれたジャンルであるグライムを取り入れたWenことOwen Darbyは、リズムが骨組みのみになるまで素材を削ぎ落としている他、はっきりとした歌詞ではなく、MCによる短い声の断片を使用している。そしてそこには驚くほどにダンサブルでありながら、平常を保つのは到底不可能な闇が広がっているのだ。『Signals』では、Darbyが自身の過去作品のサウンドに磨きをかけ、初期ダブステップとガラージからの影響を織り込みながら、単なる焼き直しを飛び越え、唯一無二の領域へと突き進もうとしているのを感じ取ることが出来る。 『Signals』に収められた坦々とディープに反復するトラックはそれぞれ、Darbyが持つテンプレートに多くのアイデアをもたらしている。例えば、中東アジアの弦楽器の音色が特徴的な"Persian"やKeysoundのボスであるBlackdownのアシストを受け不気味なハイライトとなっている初期Tempa風トラック"Lunar"など様々だ。"You Know"では荒々しいMCの声を女性ボーカルに置き換え、短命に終わったジャンル、リズム&グライムにも似たトラックに仕上げている。一方、きらめくピアノ音が反射しながら広がっていく"Vampin"といったトラックもある。こうしたシンプルなアレンジにもかかわらず本作の荒涼とした枠組みを強力なものとなり、殺伐とした風景に鮮烈な光をもたらしている。 Keysoundの1つ前のアルバムであるLogosの『Cold Mission』とほぼ同じく『Signals』における隙間を重要視した構成の中では、ちょっとした小さな音でさえも力強く響く効果が生まれている。"Nightcrawler"での鬼気迫るミックスは特に驚異的で、背景で鳴っているサウンドやサンプルの1つ1つが細かく跳ねたり弾けており、その全て感じることが出来るのだ。一方、"Swingin'"のLDNミックスには本当にたじろいでしまう。カット&ペーストされたボーカルが「Your neck should be swinging bruvva / 首がノリノリに動くだろ、兄弟」と暗闇に向かって叫んでいる。こんな音楽は聞いたことがないし、なによりこんなにも荒々しい音楽はそうそうないだろう。このトラックはグライムに対するWenの濃縮したビジョンを表しており、音が鳴っていないことが、音が鳴っていることと同じくらい重要なのだということが分かる。 Darbyのトラックでベストなのは早口にまくし立てるリリックをスリムにして痛烈なチャッチフレーズに作りかえるところだ。しかし、"Play Your Corner"においてはRiko Danの声が全面に押し出されている。Wenが作り出すビートの上ではスキルのあるラッパーが映えるということを自ら証明しているとも言えるが、Darbyは声をそのまま用いるということはせず、ディストーションをかけたり、音量を巧みに操作している。「Cross a line/ Now you've crossed a border/ You just turned the wrong corner / 一線を越えろ / 今、お前は境界を乗り越えた / 峠を越したと思ったら大間違いだ。」Wenによるストリングスのアレンジをバッググラウンドにしてリリックがシャウトされる。その舞台は世界の終末が訪れた後のロンドン、常に危険が隣り合わせの街だ。2012年にWenが描き始めた密室的なグライム・サウンドは『Signals』によって、ほぼ完成を迎えたのではないだろうか。
  • Tracklist
      01. Intro (Family) 02. Galactic 03. Lunar feat. Blackdown 04. You Know 05. Persian 06. Swingin' (LDN mix) 07. Vampin' 08. Time feat. Parris 09. In 10. Signal 11. Nightcrawler (Devils Mix) 12. Play Your Corner feat. Riko
RA