Francis Harris - Minutes Of Sleep

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  • Francis Harrisがそれまでやってきたものとは全く異なるアルバムを作り上げたのは、1年前、彼の父親が亡くなった時のことだ。ニューヨークのアーティストである彼にとって『Leland』は偶然の産物というよりも、自身をダンスフロアから引き離し、より観念的な場所へと意識を向ける触媒となるようなものだった。この作品を2012年にリリースして程なく、Harrisの母親もこの世を去っている。父親の死よりも衝撃が大きく動揺したと本人が語るほどの出来事の余波がまだ残る中、本作『Minutes Of Sleep』は制作された。攪拌していくような複雑な記録が不安定な感情と共に綴られた『Minutes Of Sleep』だが、そこからは、Harrisは決して思いの丈を打ち明けるような存在ではないことが伝わってくる。彼に影響を与えてきた様々な要素を考えると、本作はむしろ、深く個人的な感情に根付いた内省的な表現として、ハウス・ミュージックを見事に再形成した記録だと言えるだろう。 『Minutes Of Sleep』はこうした背景から想像するような苦痛を吐露するエピタフ、というわけではない。むしろ、感情が激しく渦巻く状況で冷静になろうとする試み、と言った方が近い。本作は張り詰めたアンビエント・ノイズでスタートする。"Hems"、そして"Dangerdream"は共に、Greg PaulusによるトランペットとEmile Abramyanによる悲しげなチェロが奏でられる陶酔してしまいそうなドローン作品だ。そしてここから"Radiofreeze"を通じて、よりリズミカルな形へと展開していく。Harrisは自身の悲しみを崇高なものへと高めようとしており、用られているサウンドの中で1番シンプルななものでさえ幾重にも重ねあわされ、簡単に理解できるようなものではなくなっている。従来のハウスらしいハウス・トラックは、本作において大理石で出来た繊細な柱のように機能しており、キック・ドラムが力なく打ち付けされる"Me To Drift"や"What She Had"の他に、キックが宙を舞っているかのような"You Can Always Leave"が収録されている。 "You Can Always Leave"は本作の核となるものであり、Harris作品における最も素晴らしいトラックの1つだ。彼のレーベルScissor & Threadの新たな音楽の在り方を定義づける有機的なクオリティに満ちており、ボーカルGryによる悲痛な歌詞と共にゆっくりクライマックスへと上昇していく。「We go dancing in electric lights and beats, fantasies/ Till the morning, till the morning/ Breaks the night / エレクトリックな光とビート、そしてファンタジーの中へ踊りに行こう。朝が来るまで。夜が明けるまで。」という歌詞自体はもしかすると一般的なクラブ・トラックにありがちなものと思えるかもしれない。しかし、Harrisの母親が亡くなった夜のことについてこの詞が書かれていることにこのアルバムで最も鮮烈な部分を提示しているものが、この歌にあると言える。ピアノ、ドラム、キーボード、それぞれの奏者を従えた『Minutes Of Sleep』は、ハウスのレコードというよりもバンドとしてのアルバムに近いものがある。Harris自身はというと、人工的に聞こえる可能性のあるシンセサイザーやその類の音源一切を用いず、ライブ録音したサンプルを用いている。 こうした暖かくはっきりと人間味を感じさせる音素材はアルバムのライフサイクル内における過程と一致するものでもある。つまり『Minutes Of Sleep』はオープニングで生命を授かり、中盤にかけてピークを迎え、以降、"Blues News"や"New Rain"でのジャジーな囁きから感じられるように衰退期へと下降していく。両曲共に希望と失望を併せ持つもので深く考えさせられるトラックだ。 『Minutes Of Sleep』終盤に収録されたタイトル・トラックはどこか謎めいており、様々な解釈が出来るものだ。このダウンテンポのトラックは、Harrisが自分自身を引きずりながら歩いているようだ。本作の最後に収録されているTerre Thaemlitzによる14分間に及ぶ見事なリミックス"Dangerdream"も同様の印象を持っている。ThaemlitzもHarrisと同じアプローチを持ってトラック制作とサウンド・デザインに臨んでいるが、全ての要素が1つ1つばらばらに引き剥がされたトラックは骨格が剥き出しの状態になっており、この点からは、Thaemlitzのハウスに対する土着的なアプローチの核となる部分を垣間見ることが出来る。安易に感傷的になったりドラマっぽくなることなく生々しいエモーショナルな重みをダンスミュージックに注入したこの鮮烈なアルバムにとって、このエンディングは困惑するものかもしれない。『Minutes Of Sleep』が表現しようとした感情は非常に複雑に入り組んだ悲劇的なものであり、本作のあらゆる要素にもそのことがしっかりと反映されている。
  • Tracklist
      01. Hems 02. Dangerdream 03. Radiofreeze 04. Lean Back 05. You Can Always Leave 06. Me To Drift 07. What She Had 08. Blues News 09. New Rain 10. Minutes Of Sleep 11. Dangerdream (How Che Guevara's Death And Bob Dylan's Life Militarized Brigate Rosse)
RA