MAST - Omni

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  • Low End Theory周辺で生まれて発展したLAにおける浸透性の高いコミュニティはおそらくヒップヒップに根付いているものだが、最も刺激的な動きはヒップホップそのものから生まれているわけではないようだ。このシーンはかつてのように絶対的な力を持ってはいないが、キーとなる人物の多くは引き続きこの場所を拠点にしており、そのうちの1人にあたるのがMASTとして知られているTim Conleyだ。Brainfeederと関わりを持ち、色彩豊かなシンガーRYATをサポートする男でもあるConleyはフリー・ジャズやそのムーブメントを中心として派生している音楽を好んで聞いている。彼のデビュー・アルバムとなる『Omni』は、そうした影響を知らしめる作品だ。ブーンバップの感覚とギターと戯れているサウンド、そしてスピリチュアルなクレッシェンドなど、それぞれの要素から得たインスピレーションを見事に落とし込んだ本作には壮大な音楽が広がっている。 このLAのシーンを代表する多くの作品同様『Omni』もコラージュ作品だと言える。Conleyの場合、いつもよりさらに土着的な色使いによってトラック内で1つのアイデアから別のアイデアに瞬時にして移行してみせている。生演奏による豊かな響きが加工されたサウンドにブレンドされ、歌と共に滲み出しているのだ。ビートは輪郭がハッキリさせることを避け、何かに包まれているかのような質感だ。漂う空間の間に収められた音数多めのトラックによってしっかりとフロウが固定されている。"The Waters"もそうした作品の1つだ。3分30秒のトラックの中をか細く広がっていくギターや、丸太で突き破るかのごとく強烈なドラムと心地よいメロディなど、驚くほどの要素が詰め込まれており、まるで大いなる災いの前兆であるかのようだ。そして案の定、クライマックスにかけてはどこからともなくラッパーのJeremiah Jaeが現れ毒を吐きまくっている。 『Omni』の収録曲全てが混沌としているわけではない。RYATとのコラボレーション"Until You Are Sound"では流れるようなバラードが古いハリウッド映画のテーマ曲のようにスタートし、華麗なサイケデリアへと発展していく。"Dark Matter"では前述のジャズに対する嗜好性をより穏やかな方法で提示しており、リズムの隅々にまで渡ってギターが澄み渡っている。Weather Reportのファンの方は、ぜひとも聞いてみて欲しい。アコースティック・ギターの音色が奏でる詩"Ascent"や、Bjork"Army Of Me"スタイルのリズムが土台を作り上げる"Revolt"の他、Brainfeeder信者を唸らせるであろう"The Great Wave"は良い意味でオールド・ファッションなトラックだ。 これまでとは異なるアングルから放たれるMASTの光のプリズムによる"Omni"でのきらめくグリッサンドのように、多様性に富んだ色彩によって、Conleyが持つ異常なまでのメロディ・センスと作曲に対する感性を見事につなぎとめていることが『Omni』では明らかになっている。このことは、同じシーンで多くの似通ったリリースが溢れている中でも、しっかりと本作が際立つものになることを意味している。Conleyがこの手のプロデューサーと一線を画す存在であるように、『Omni』にも素晴らしい多様性と独特の性急さがあり、このLAにおけるシーン以外の場所では生まれ得なかった作品だと言えるだろう。アブストラクトなリズム・パターンと聞き慣れないスタイルで作られていると言えるかもしれないが、それでも本作は完璧に近い状態で1つにまとめ上げられている。
  • Tracklist
      01. Hokusai 02. The Waters feat. Jeremiah Jae 03. Ascent 04. Vascular 05. Dark Matter 06. Ghost feat. Low Leaf 07. Revolt 08. Red feat. Anna Wise 09. Omni 10. Until You Are Sound feat. RYAT 11. Snoozer 12. The Great Wave 13. Solar Sail 14. Wind 15. Wail Song 16. Metempsychosis 17. Devotion
RA