Matmos - The Marriage of True Minds

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  • 2001年にリリースされたMatmosのアルバム『A Chance To Cut is a Chance to Cure』はしばしば彼らの持つ狂気を最もよく表した作品として例に出されるのだが、それも納得できようというものだ。外科手術のあらゆる音を素材として用いたそのアルバムには、常に固有の病的な好奇心を誘う。しかし、その膨大なディスコグラフィーにおいてさまざまなコンセプトを援用してきたDrew DanielとMC Schmidtにとって、そうしたショッキングな要素はかならずしも一番に念頭に置かれたものではないということをはっきりさせておきたい。2008年に彼らがリリースした『Supreme Balloon』はシンセが前面に押し出されており、これまでになく明快なコンセプトを有した作品であったように感じられた。そして、この『The Marriage of True Minds』において、彼らは遥かに複雑な地平へと辿り着いている。その複雑さは2006年の『The Rose Has Teeth in the Mouth of a Beast』へと連なる一連の「音のポートレート実験」にも勝るものだと言ってもよいかも知れない。 このアルバムおよび昨年の「Ganzfeld EP」の制作にあたっては、ガンツフェルド・エクスペリメント、つまりテレパシーの効用性を実証すべく確立された実験メソッドにおいて複数のボランティアがその被験者となった。ピンポン玉を半分に割ったもので両目を覆われた被験者たちにホワイト・ノイズを聴かせ、Danielは彼らの心理の中に新作となるレコードのコンセプトを投影しようと試みたのだ(そのコンセプトの中味については、いまだにパートナーのSchmidtはおろか他の誰にも明かされていない)。その後被験者は実験の過程で心理の中に浮かんだ形や色彩、サウンドについてあらためて口頭でレポートしなければならず、その説明の記録が本作品の音楽的構造の基礎として用いられたのだ。なんとも理解に時間を要するコンセプトではある。最初は、いかにも彼ららしいひねくれた諧謔性をさらに押し進めたもののようにも思えるのだが、その実この作品には人間なら誰しも有している「対話への欲求」がわかりやすく提示されているし、その欲求を満たそうとする過程における障害さえもここには提示されている。 サウンドそのものという点で言えば、この『The Marriage of True Minds』はMatmosにとって至極論理的な前進といえよう。ひどく困惑させられると同時に、隅々まで行き届いたサウンドと(ときにテックハウスとブルーグラスを同一のトラック内で同居させようとする)スタイルのコラージュ表現はまさしくMatmosならではのものだ。と同時に、過去の彼らの作風から引き継がれた一貫性もある。"Aetheric Vehicle"でのスカスカなシンセの質感は『Supreme Balloon』を思い起こさせるし、アルバム冒頭の"You"でのクリスプで膨らみ続けるようなエレクトロニカや"Teen Paranormal Romance"といったトラックはいかにもMatmosの初期を彷彿とさせる。"Tunnel"での尊大なモノローグや絶え間なく上昇し続けるシンセ・トーンは、おそらくテクノにおける慣習に対して皮肉を投げかけているのだろうし、その一方で"Ross Transcript"での性急かつ超現実的な跳躍はこのデュオのミュージック・コンクレートへの傾倒ぶりを示唆しているようにも思える。 『The Marriage of True Minds』はあるひとつの特徴によって、これまでのMatmosの作品群からは一線を画している。それはヴォイスの用法だ。Dan DeaconやDirty ProjectorsのAngel Deradoorianをはじめ多数のコラボレーターがヴォイスを提供し、そのスタイルは喉歌からニューエイジ的なモノローグまで多岐にわたっているのだが、そこには危険な落とし穴も存在する。これほどまでにラディカルで多様なアプローチをまとめて提示することは、十分な知識のないリスナーにとってはまったく不可解なものになってしまいかねないからだ。その懸念がもっとも頂点に達するのは、アルバム最終盤に収録されたBloody PandaのGerry Makのヴォーカルを配したThe Buzzcocks "ESP"のMatmos流ドゥーム・メタル・ヴァージョンだろう。そのあからさまなほどの陳腐さはしばし反応に困るほどだが、かろうじてDanielとSchmidtはひとつの着地点を見出しているようだ。それは、厄介で不可解な、しかし歓びに満ちた怪物のようなこのアルバムを最後までやり遂げたことに対する祝祭のようにさえ感じられる、混乱と歓喜に満ちた結末だ。
  • Tracklist
      01. You 02. Very Large Green Triangles 03. Mental Radio 04. Ross Transcript 05. Teen Paranormal Romance 06. Tunnel 07. In Search of A Lost Faculty 08. Aetheric Vehicle 09. E.S.P. 10. Ganzfeld
RA