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  • Silent Seasonからリリースされる美しくデコレートされた作品群と同様、この『Pacifica』にも自然さが横溢している。しかも、深く、包み込むような自然である。これは荘厳なものを追い求めようとする、ダブ・テクノ全般に共通する傾向だ。もちろん、天体の蠢きや巨大な潮の流れを表現しようとすれば、その多くは堅苦しくシリアスなものになってしまう。しかし、カナダ人プロデューサーJordan Sauerによるこの4枚目のアルバムの冒頭は、そうしたその他大勢の作品に比べてより地に足をつけたものであることがすぐに明らかになる。"West Coast Rain"はすべての要素において畏敬に満ちたインスピレーションを注ぎ込んだ豊かなサウンドスケープに誘いつつ、そのアルバム・アートワークの素晴らしい写真のように奇妙な親しみを感じさせる。 このアルバムの飛び抜けた親しみやすさの理由のひとつに、そのメロディが挙げられる。その特徴は冒頭から明らかだ。Sauerは、典型的なダブ・テクノにおける永遠に広がるかのような巨大で強迫的なメロディと完全に決別している。彼は、よりコンパクトなコード進行を落とし込むことを好んでいるようだ。たとえば、"Honest and Truly"でのフィルターのかかったリード音でのブレたような暖かみに満ちた感触はBasic ChannelというよりむしろThe Fieldを連想させる。 とはいえ、この『Pacifica』はダブ・テクノ的なルーツから完全に逸脱しているわけではない。後半で輝く星空のような美しいシンセ・ワークを展開する"La Rue"のように、人工的に雨の風景を描写しようとするDeepChord的な実験アプローチも見られるし、また"Parchment"では機敏なベースラインが伝統的なダブ・テクノ的ムードを素直に踏襲している。"Snow Dub"での浮遊感あるコードを硬い土に埋め込もうとするとライバルなタッチやアルバムラスト近くのトラック"Ocean"でのせり上がるようなオルガンなど、すべてのトラックにおしなべて驚きが用意されている。 実に心地よさに満たされたアルバムでありながら、Segueがここで提示しているイノベーションはあくまで抑制された慎ましいものだ。比較的短くまとめ上げられたアルバムの構成や素朴な佇まいからは、明らかに謙虚さを滲ませている。カナダの西海岸で生まれ育った私としては、このアルバムで展開されている自然な風景はごく慣れ親しんだものである。この地域の素晴らしい風景は、計り知れないほどの歴史の重なりと魅力的なアトモスフィアのユニークな融合で成り立っている。Sauerはそれらの風景を誇張することもなければ薄めることもなく、ありのままに表現してみせている。この『Pacifica』が素晴らしいのは、大海原や震動する大陸プレートをイミテートしようとするかわりに、繁茂した森や公園など誰もが慣れ親しんだ風景を散策するかのような暖かみを落とし込んでいるところだ。
  • Tracklist
      01. Westcoast Trail 02. Honest and Truly 03. Parchment 04. Snow Dub 05. Pushing Forward 06. La Rue 07. Canyon 08. Ocean 09. Vapor Trails
RA