Holly Herndon - Movement

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  • Holly Herndonによるこのアルバム『Movement』には唐突なエンディングが用意されている。考えられないほど複雑なハーモニーの一連の流れの真ん中で、"Dilato"と囁くヴォイスによって不安定な和声が浮かび上がり、ほかのどのサウンドとも共鳴しない。この瞬間にアルバムは終わるのだが、リスナーはそれをひとつの完結であるとは到底感じられないだろう。神経を逆撫でされるようでもあり、同時にこの上なく素晴らしいエンディングであるとも言える。というのも、このアルバムにおいてそうした解釈という行為自体がほとんど必要とされていないからだ。まるでポップ・チューンのように聴き手の意識を取り囲むかのような、非常に類稀なエクスペリメンタル作であると言えよう。 それは、彼女のコンセプト自体がエレクトロニック・ミュージックとしては非常に一般的なものであるということが大きな理由であろう。かつてはベルリンの典型的なクラブ・キッズであったHerndonは、現在スタンフォード大学で作曲と音楽テクノロジーを学び、マシーンから潜在的な人間性を引き出そうとするいわば古典的なプロデューサー/作曲家の系譜の延長線上に存在するアーティストである。しかし、彼女の場合はまったく正反対の立場からそのアプローチに辿り着いたと言ってもよいだろう。その作品に血を通わせることで人間性を引き出すと言うよりは、その非常に複雑なAbletonのセッションのなかにほんの少しだけ人間性を封じ込めていると言うべきだろう。このアルバムにしても、人間のヴォイスがその基盤となるサウンドとして位置づけられているが、彼女のメインの楽器はあくまでもラップトップであり、そのヴォイスは歪んで飛び交ってはぶつかり合い脈動している(このアルバムのぶっきらぼうなエンディングにしても、それはまるでeメールを書いている途中でMacBookがフリーズしてしまったかのような感覚だ)。今年数多くリリースされた他のエレクトロニック・アルバムに比べても、このアルバムにはオーガニックなサウンドがより多く含まれてはいるが、あくまでもそれは限りなく冷たい種類のものだ。 このアルバムには非常に美しい瞬間がいくつか用意されているが、その中でも出色なのはループ的なアシッドが途方もなく広大なヴォーカル・メロディの下に這わせたタイトルトラックであり、それは真に饒舌な音楽と言うよりはまるで物理的なデータの蓄積であるかのように感じられる。彼女はヴォーカルを活かすためのアレンジに徹しているように見受けられるが、それはこのアルバムを根底から支えているサウンドが充分に引き出されず、少し月並みであるかのようで、奇妙な効果をもたらしている。それでも、このフリーフォームな自由律的感覚でありながら深く作り込まれた作曲技法はHerndonの最も長所とすべき部分であり、それとは対照的に、ナイフを研ぎ合わせるかのような "Fade"といったリズム主体のトラックにはどうも煮え切らなさを感じてしまう。したがって、この『Movemnet』というアルバムは丹念に肉付けされた思考というよりは、コンセプトの証明に寄りかかった作品と言うこともできるのだが、それでもHerndonのサウンドにおけるさらなる可能性を感じさせるに充分なパッションが込められた作品である。
  • Tracklist
      01. Terminal 02. Fade 03. Breathe 04. Control And 05. Movement 06. Interlude 07. Dilato
RA