Kyle Bobby Dunn - Bring Me the Head of Kyle Bobby Dunn

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  • Kyle Bobby Dunnが得意としているドローンのスタイルは、決してホーム・リスニングには向けられていない。そのサウンドはむしろ、広い野外でその空間のなかに自然な形で溶け込み、まるで壁のペイントのようにただ「そこにある」ものであり、空気の匂いや人々の生活の音を際立たせるものだ。このアルバムは2時間以上もかけてゆっくりとした変化や展開を続け、風や波のよう膨らんだり鎮静を繰り返しながら、ただそこに存在し、やがて完璧な静けさが訪れる。2枚のディスクによって構成されるこのアルバムは長尺なトラックと短いインタールードが織り交ぜられ、それぞれのトラックが全体のアトモスフィアを作り出すために微細な変化を続ける。そのトラックの長さが2分であろうと12分であろうと、その時間の長さ(または距離)は一個のトーンにおける信念と専心を表しており、非常に理にかなっている。 いわゆる通常のドローン作品を記述するときに用いられる「暖かい」「冷たい」といった表現はこのアルバムにはあてはまらない。また、「ディープ」という形容も非常にポジティブな意味で用いられることが多いが、これもまたこのアルバムにはあてはまらない。ある意味、このアルバム『Bring Me the Head of Kyle Bobby Dunn』はそうしたエモーショナルさとは違う次元の作品であり、特定の感情を想起させるようなものではない。そこにあるのは、感情の完全な不在だ。クリーンでピュアな音色は何の作為もなしにただそこで鳴っているだけで、そこから想起されるエモーショナルさやフィジカルな要素は何も無い。そのかわり、これらのサウンドは内省的な空間を開き、リスナーはまるで自分自身の思考が明らかにされ、その中を探っているかのような感覚を与えられる。 この感覚こそ、Kyle Bobby Dunnが『Music for Medication』の発表以来そのキャリアを通じて極めようとしている表現のなせる力なのだ。彼の美しいドローンはすべての音響空間を使ってリスナーの反応を刺激し、彼が丹念に精魂込めて作り上げた空虚さという磁場に誘う。メランコリーはやがて胸を張り裂かんばかりの痛切さになり、ハッピーな感情はやがて多幸感となって花開く。喪失、後悔、愛、充足感といった感情はこのサウンドによって最大限にまで拡張するのだ。拡張するのは退屈さも同様だ。このレコードは、決して不特定多数の人々にもてはやされるようなものではない。だが、しかるべき時にこれを聴けば、最初は退屈でもやがてそこには穏やかな静寂と浄化されたような感覚が訪れるはずなのだ。すべてをさらけ出して聴いてみるべきだ。 このアルバムによってKyle Bobby Dunnが新たなファンを獲得できるとは考えにくいが、このアルバムはまちがいなくこれまでの彼のキャリアにおける最良のもののひとつであり、彼が自ら選び取った表現手法が依然として洗練と習熟を重ねていることを示した作品でもある。他に比べるべきものさえ少ないが、これほどミニマルでありながら力強い作品を創ることが出来る者はそういないはずだ。Kyle Bobby DunnはWilliam Basinskiの都市退廃的な系譜を受け継ぐでもなく、かといってStars Of The Lidのようなまばゆい美しさを受け継いでいるわけでもない。むしろ、彼の資質はBrian Enoの系譜上にあると言っていいだろう。
RA