Mr. G - State of Flux

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  • 文字通りの意味と比喩的な意味の両方において、Colin "Mr. G" McBeanというヴェテランはまったく手を抜かない男だ。90年代にはThe Adventとしてシーンを震撼させ、現在ではミニマルでしなやかなテック・ファンクを連発しその刻み込まれたループと爆発的で性急な反復は過去のジャンルの痕跡を呑み込みつつシーンを彩っている。彼の手掛けるトラックのなかにはクラシックなダーク・テクノやXPress 2期のトライバル・ハウス、EBMの肉体性、そしてゲットーテックのワイルドで悪辣なバウンシーさすらも内包されているのだ。それはまさしく正真正銘のクラブ・ミュージックと呼ぶべきもので、Mr. Gはそれを知り尽くした達人だ。 ともすれば定型化しかねない反復を中心としたこの種の音楽にあって、Mr. Gが真に抜きん出ている点は彼が創り出すサウンドそのものにある。そうした彼ならではの持ち味はもちろん、このアルバム全体にも横溢している。人間らしい体温をサウンドのなかに吹き込むこと、それこそが鍵となっているのだ。彼の過去のアルバム—『Still Here (Get On Down)』にしろ、『State of Flux』にしろ、そのサウンドは実に人間らしい体温に満ちあふれていた。彼のサウンドからは古いキーボードの木製パーツの質感すらも立ち上ってきそうだし、使い古された機材や絡み合ったケーブルさえも目に浮かぶようだ。それはまさしく混じり気なしの生々しいアナログ体験と言うべきで、そのディープで饒舌なベース・パターンはまるでテクノDJがレゲエのサウンドシステムでプレイしているかのような錯覚を覚えさせる。彼のサウンドにはエレクトロニックな部分もあれば、古いヴィンテージのディスコやファンクのレコードからのサンプリングが巧妙に組み合わされてもいる。古いレコードのノイズであろうとダイレクト・サンプリングであろうと一貫してラフなスタイルで取り込むMr. Gのスタイルにはソウルやゴスペル、レゲエといった過去のブラック・ミュージックの遺伝子がたしかに息づいており、その事実こそが彼を孤高の存在たらしめているのだろう。 このアルバム『State of Flux』が過去の彼の作品と異なるのは、そのトラック構造が非常にシンプルで隙間を活かしたものになり、サウンドデザインもまたさらなる成熟を遂げているという点だ。オープニングトラックでは、当然ジョークめかしたニュアンスも含まれているのだろうが、"Tribal drums are saying nothing.(トライバル・ドラムは黙して語らず)"などというヴォイスまで挿入されている。それ以降も、このアルバムには"G's Riddem"、"One Year Later"、"Clearing Space"といったトラックが並び、ドラムやパーカッションの繊細なチューニングや変化、EQがどれほどトラック自体のキャラクターを左右するかということを如実に証明している。 興味深いことに、アルバム中でも最もスローでエクレクティック(折衷的)な2つのトラック—エレクトロニック・ダブ仕立てのMassive Attackのような"Bill's January Blues"とニューヨリカン風味のテクノといった趣の"New Life (ESP)"—は共にアルバム終盤に収録されている。通常のダンスミュージック・アルバムであれば、こうしたトラックはインターバル的にアルバム序盤か中盤に収録されることが多い。しかし、Mr. Gほどのトラックメイカーであれば、リスナーの興味を惹き付けておくためのチルアウト的トラックなど必要ないのだ。最もパンピンなトラックを手掛けている時でさえ、彼の中には余りあるほどのアイデアが渦巻いているのだから。
RA