Shackleton - Music for the Quiet Hour / The Drawbar Organ EPs

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  • Sam Shackletonというアーティストは、長く曲がりくねった(そう、まさしく彼の創るベースラインのように)過程にあってもひたすら理想を追い求めることができる男であり、彼がしばしば受ける称賛の理由はその点にこそある。UK屈指のシャーマン的存在感を持つこのアーティストのキャリアはこれまで非常に一貫性の高いものでありながら、ほとんどそのすべての作品が非常に挑戦的で意欲的なものであり、それこそが現在彼をエレクトロニック・ミュージック界における最も象徴的な存在たらしめているのだろう。2010年、話題騒然となったHonest Jonsからの一連のリリースやFabricからのミックスCDの話題性の陰に隠れがちではあったが、彼は同年に自身の新レーベルWoe To The Septic Heartを立ち上げている。最初にリリースされた12インチに収録されていた"Man on a String"をはじめとした2つのトラックは最早12インチという既定概念からもはみだしてしまうほどの冒険的な内容であった。2012年になって届けられた新作は、驚くべきことに豪華なボックスセットという体裁で届けられた。最初のSeptic Heartのリリース同様非常に精巧なアートワークを奢られたその内容はまさしく興奮を誘うニュー・マテリアルで満ちている。 3枚のヴァイナルで構成される「The Drawbar Organ EPs」と名付けられた連作は、架空の神々や古代の審判者への不穏な賛美歌といった趣だ。Perlonでの『Three EPs』制作時に彼が発見したという、チープなオルガンの音色を細かく散らしたサウンドはここでも聴くことができ、トラックの根幹を成す重要な役割を果たしている。"Powerplant"での不規則なレイヤーの動き、"(for the) Love of Weeping"でのメロディックで嘲笑的でさえあるムードなどはまさしくShackleton独自の炭化した屍やゾンビたちによって演じられる狂ったサーカスのためのサウンドトラックだ。これまでの作品における硬質でミニマルな印象と比較すると、そのドローバー・オルガンの音色にはある種のゆるやかさが感じられる。"Seven Present Tenses"を適切なサウンドシステムで聴けばまさに別次元的なリアリティの境地が目の前に広がるだろう。病的に定位が揺らぎ続け、デジタル・ディストーションやコーラス的に重ねられたヴォーカルを古典的なサイケデリアに混ぜ込んだそれは、既存の先入観をひっくり返して刺激的で未来的な物語性を紡ぎ始めるのだ。 このフリーフォームな精神は「Music for the Quiet Hour」(ヴォーカリストであるVengeance Tenfoldとのコラボレーションによって作られ、5パート60分にも及ぶ大作)においてまさにその全編で横溢している。もしこれまでのShackletonにルールブックというべきものがあったとしたら、この作品はそれすらも食いちぎり、咀嚼して吐き出し、どろどろの湿地帯に涎を垂らす。ベースラインは戦慄の脈動を繰り返すローエンドと化し、悪夢とバッドトリップをサウンドシステム上で演出する。深いドローンによってアクセントがつけられた散発的なドラムは、ひび割れて滓だらけになった表面をただ滑り落ちていく。あらゆるサウンドの変化が醸し出す固有のムードはことごとく強烈なものでありながらも、しばらく注意深く聴いているとその全体像は明確なかたちとして立ち上ってくるのだ。 「Music for the Quiet Hour」における最初の3つのパートは怒濤のヴォーカル・サンプルやShackleton独特の奇妙なリズム・ワークに満たされている。その特徴的なヴォイスの荒々しさはShackletonの手によって粉々に裁断され、不穏なうめきのように加工されているのだが、唐突にひと繋がりの文章となって聴こえる瞬間もある。しかしそれら3つのパートも、21分にもおよぶ"Part 4"を聴けばそのための序章であったことがわかるだろう。構築と解体が同居した大作であるこの"Part 4"は、映像的なアトモスフィアと愉悦的なサウンドに満たされ、その構造はまったく容易には把握できない。その不安定なサウンドスケープにはVengeance Tenfoldが読み上げる手紙(2065年に生きる彼の孫娘に宛てたという内容)の朗読が添えられ、そのグロテスクですらあるサウンドの世界に反ユートピア的な映像性を落とし込んでいる。 1時間以上にもおよぶ大作主義、架空の未来をテーマにしたスポークン・ワードといった点で、人によってはRush(訳注:スペース・オペラ的もしくは哲学的な詞、大作主義で知られたカナダのプログレッシブ・ロック・バンド)を連想するリスナーもいるかもしれないが、それも概ね間違ってはいない。それがShackleton固有のアーティストとしての表現欲求によるものであろうと、悪戯めいた偶然性によるものであろうと、彼は一切ブレずにこの大作を作り上げたことは疑いようもない。これほどの大作を作り上げるためには相当の忍耐や情熱が必要であっただろうが、「Music for the Quiet Hour」にはそうした血と汗が滲むような悲壮感はまったくなく、むしろいとも軽々とやってのけているようにも聴こえてしまうからなんとも不思議なものだ。興味深いほどのヴァラエティに富んだ「Drawbar Organ EPs」を併せたこのボックスセットはShackletonという当代随一の才能を持つアーティストにとってひとつの大きなターニング・ポイント的な位置づけの作品となるだろう。それは彼のこれまでのキャリアの総括でもあり、これからの新たなチャプターの始まりでもあるのだが、私には正直そのどちらなのかは判断しかねる。何かが終わるときは、また別の何かが始まるときだとはよく言われるものだが、Shackletonはその独創的なサウンドという言語を使って饒舌なまでに語っている。
RA