Porter Ricks - Biokinetics

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  • Mark ErnestusとMoritz von Oswaldが運営する非常に影響力の強いテクノ・レーベルChain Reactionは1996年、Porter Ricksの過去作品や新録作品をまとめたCDアルバム『Biokinetics』を発表した。当時のテクノにおける定型から明らかにはみだした作品でありながらも、そのアルバムはいまやクラシックとして評価されている。バーミンガムで産声をあげ、現在はマサチューセッツに本拠を置くType Recordsは昨年末、この『Biokinetics』をレーベル100枚目の作品としてリイシューすることをアナウンスし、リマスタリングと新たなアートワークを奢るとともに、今回はCDにあわせてヴァイナル盤としてもリリースされることとなった。テクノ史上最良の作品として讃えられながら、他のジャンルにも深い影響を及ぼした『Biokinetics』はこうして最適なタイミングで再び世に出ることとなり、美しいパッケージとともに再び我々のもとに届けられたのだ。 Porter Ricksはテクノにおけるサウンド・デザインの名手、Thomas KönerとAndy Mellwigの2人によるプロジェクトだ。ベルリンのDubplates & Mastering(これもErnestusとvon Oswaldによる運営だ)に所属しているMellwigは、カッティング・エンジニアという立場で無数のハウスやテクノのレコードに携わってきた。彼はソロ・プロジェクトとしてはContinuous Mode名義でも作品を発表し、My Bloody ValentineのKevin Shields、Spacemen 3のPete Kember、The BugことKevin Martinらによるアンビエント・ドローン・プロジェクトAudio Experimental Researchとのコラボ作品なども残している。もう一人のKönerは映画のサウンド・エンジニアとしてキャリアをスタートしている。ドルトムントでの学生時代に、音色(ティンバー)が色彩に置き換えられるというサウンドのヴィジュアル的な可能性とアイデアに魅せられた彼は、以来アートの世界にも関わり続けている。彼はThe Hayward Galleryやポンピドゥー・センター、ルーヴルなどでもインスタレーションやライブ・サウンドトラック作品を発表してきたが、やがて彼は自らが追い求めるサウンド体験においてクラブという環境こそが最も適しているということを発見している。 このアルバムを聴けば、前述のような2人の出自に納得できるはずだ。このアルバムでは楽曲性の高い、サウンドのイマジナティヴ性が最も重要な要素ではありつつも、そのリズムはストレートで、そこにメロディと呼べるものはない。しかし、このアルバムに横溢しているのはまるでフラクタル・パターンのように連続するディテールに次ぐディテールであり、それらはすべて精緻を極めたサウンド・デザインと周到なステレオ・イメージの賜物だ。"Biokinetics 1"を例にとってみよう。このトラックは、どこにも行こうとしないし、どこにも連れて行ってはくれない。トラックが開始して30秒もすればすべてのループが姿を現すのだが、5分ほど注意深く聴き続けて行くと、やがて奇妙な風景が広がって行く。狂気じみたゴボゴボとしたサウンドがセンターに定位されているかと思うと、徐々にパンニングしていき、金属質な質感を持ったもうひとつのサウンドはより激しくパンニングし、暴力的で混沌としたサウンドを展開する。この2つのサウンド(そして、各小節の最後の拍に載っかる微細なノイズ)から想起されるイメージはDavid Cronenberg的でもあり、Frozen Planet的でもある。"Biokinetics 2"はそのムードこそ異なるが、アプローチは同様で、一定の長い時間軸を利用して鮮やかな風景を見事に描きあげる。 先に挙げた2曲以外でこのアルバムにおいて展開されているサウンドはより音楽的ではあるが、あくまでも「ぎりぎり音楽的」という程度だ。アルバムでも一二を争う傑作"Port Gentil"や"Nautical Zone"といったトラックでは幻想的なコードが彩っているが、このアルバムで主眼に置かれているのはやはり一貫したアトモスフェリック性であり、メロディは明瞭なシーンを醸成し、陰鬱なシーンを駆逐する。そこにどっしりとしたキックや心地よいメロディ(もしくはメロディ未満の何か)があったとしても、こうしたわかりやすいサウンドが土台にありながらそこから醸し出されるムードはきわめて異例のものだ。それは"Port of Nuba"や"Nautical Nuba"でのぐにゃぐにゃとしたパーカッション、はたまた"Nautical Zone"での幻覚的な引き波のようなサウンドでも顕著に表出している。このアルバムでKönerとMellwigの2人が取っているアプローチは、現代のアーティストたちのそれとは究極的に真逆なものだ。つまり、エクスペリメンタルな要素をテクノの枠組みにはめこむのではなく、彼らはテクノの脈動を利用したアヴァンギャルドな作品を作ろうとしていたのだ。 「なぜこのレコードがリイシューされる必要があるのか?」といった必要性に関する疑問はあらゆるリイシュー作品につきものだが、この『Biokinetics』に関してはそうした疑問を挟む余地はまったく無いと言っていいだろう。そもそも、このアルバムはヴァイナルでは入手できなかったという前提に加え、オリジナルのCDでさえアルミニウム・ケースによる劣化という問題を抱えていた(これは他のChain Reactionのオリジナル・リリースに共通した問題でもあるが)。サウンドの面から見ても、このアルバムは改めてリマスタリングされるだけの価値がある作品だと言える(新たに施されたアートワークも素晴らしい)。しかし、それらの事実を差し置いても重要なのはこの『Biokinetics』という作品がリリースからかなりの年月を経てもなお現代の作品にも劣らない新鮮さを持ち合わせているということだ。そのプロダクション・レベルは現代のそれと比較してもまったく劣らないどころか、その音楽が持つ固有のインスピレーションは比類のないものだ。とりわけ、このアルバムが現代のダブ・テクノに与えた影響は計り知れないものがあると言えよう。Biosphereの『Substrata』、もしくはAphex Twinの『Selected Ambient Works '85-'92』と同様に、このアルバムものちのサウンドに大きな影響を与えた作品であるという事実以上に、もはや手をつけるところなどないほど完成されたアルバムであると言えるだろう。正真正銘のクラシック・アルバム。
RA