Voices From the Lake - Voices From the Lake

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  • イタリアのテクノアーティスト、Donato DozzyとNeelによるコラボレーション・プロジェクトVoices from the Lakeは昨年の夏に日本で開催されたLabyrinthをきっかけに誕生したプロジェクトであり、ほんの6ヶ月前にその最初のレコードがリリースされたばかり。Labyrinthでは2人のコラボレーションのもとに作られた楽曲のほとんどが披露され、そのライブセットはLabyrinth2日目の夜のクロージングを飾った。もしもあなたがLabyrinthに足を運んだことがなかったとしても(かく言う筆者もまだLabyrinthには行ったことがないのだが)、このデュオがぴったりハマる場所はLabyrinth以外には考えられないはずだ。山裾の森にぽっかりと灯った柔らかい炎のように、完璧なサウンドシステムを通して彼らの繊細かつ強力なサウンドが浮かび上がる様が想像できる。 実はLabyrinthでのライブが行われる以前にすでにこの新しいアルバムが完成しており、DozzyとNeelは初夏のローマでアルバム用のマテリアルを録音し、これをライブセットの基礎とした。もし彼らが望みさえすれば、このアルバムの内容そのままをライブで披露したとしてもまったく問題なかっただろう。ヘッドフォンで聴いていても、すべてのループがより大きなスケールでの楽曲構造の核となっていて、彼らがライブ・パフォーマンスを前提にして慎重に作品を仕上げて行ったことがわかるはず。ループはやがて澱みない物語性となって弧を描き、細心の注意が払われたその表情の変化がわたしたちをある種名状しがたいアブストラクトな音楽体験に導く。これは決して誇張表現ではない。 こうした複雑性を実現できるプロデューサーは彼ら以外にはそうそういるものではない。アートフォームとしてのテクノは、メロディや詞といったものを排除したうえで感情を刺激する方向性へ向かうものだ。そういった意味では、DozzyとNeelの2人は忠実なまでにテクノならではの特性を踏襲している。このアルバムには、ピアノやストリングス、ハイハット、スネア、リムショットなどといった現実世界とのつながりとなる参照がまったく存在していない。それでいて、彼らは実に饒舌な表現性を実現しているのだ。たとえビートが不安定であっても、その楽曲を構成するムード(それは確固たるものであったり、疲弊したものであったり、静観的でオプティミスティックなものであったりする)は揺るがない。 このアルバムはまた、視覚的要素においても確固たる主張を放っている。サウンドデザインという点にかけてはDozzyとNeelは非常に優れた聴覚を持っているが(NeelはDozzyのアルバム『K』やPrologueでの作品を含め、Dozzyの過去作品のほとんどにおいてマスタリングを手掛けている)、その感性はアルバムにおけるあらゆる瞬間、あらゆるエレメントにおいて随所を鮮やかに彩っている。それは聴く者の感性をことごとく刺激しながらも、そう易々とは全体像を掴ませないようなところがある。特に "Circe" のようなトラックでは顕著だが、そのサウンドの風景は瑞々しくもあると同時にオーガニックでもあり、土砂降りの森の奥から遠く浮かび上がってくるようなむせび声やさえずりで満たされている(狂っていると言われるかもしれないが、私はオフビートの隙間にコオロギが鳴いているように聴こえたのだ)。それ以外のアルバムの大部分は冷徹でメタリックな質感が支配し、潜水艦のソナー通信音や漠としたインダストリアルな風景が溢れている。オーガニックとインダストリアル、この2つの要素がこのアルバムではシームレスに繋げられており、そのシームレスな空間のどこかに架空のランドスケープを用意しているのだ。 このアルバム『Voices From the Lake』に横溢するこうしたディテールはあらゆる瞬間において魅力的だが、トラック全体に運動性を与えているのはその広大な作曲構造であることを忘れてはならない。それは単純な序盤/中盤/終盤といった構造に留まらず、導入部はやがて複数のチャプターを経てエピローグに到るのだ。緊張と解放のバランスを見事に機能させ、すべての展開がエレガントな繋がりを形成している。分かりやすい例を挙げよう。"Iyo" での冒頭20分はまるで序章のようでもあり、身悶えするようなシンセのトーンには何かの始まりを予感させつつ、そこにはオーケストラの軋むようなサウンドがただ横たわるのみだ。次の "Vega" というトラックではドラムが緊迫さを演出しているが、それでも何かが起こりそうだという予感は残り続ける。 このアルバムに収められているトラックは、その長尺な構成を除けば他の一般的なテクノのトラックと楽曲構造的な点でそう飛躍的に異なっているわけではない。このアルバムに収められたトラックはどれも4分から9分の間に収められており、3曲から4曲がひとかたまりのグループとしての構造を成して、それぞれのグループがひとつのピークを用意している。その中でも特筆すべきは "S.T. (VFTL Rework)" というトラックで、これはDozzyが東日本大震災のチャリティー・コンピレーション『Composure: Ambient Techno for Japan』へ提供したトラックを新たに作り直したもの。アルバム冒頭からこのトラックに辿り着くまでの約30分を通して、リスナーはこのアルバム固有のリズムやテクスチャー、ムードといった要素に馴らされている。そのプロセスを経たうえで、この "S.T. (VFTL Rework)" の滑らかなメジャー・コードがじわりとミックスされる瞬間はまさしくクライマックスというほかない。この瞬間、アルバムはかつて体験したこともないようなエモーショナルな次元に突入する。 ある意味、このアルバム『Voices From the Lake』に革新的な要素は何もないと言える。実際、このアルバムはサウンドデザインという点でも、リニアなリズムやスローなビルドアップという点でもテクノの本質的な基礎において非常に忠実なアプローチを見せているのだが、その事実こそがこのアルバムの存在感を際立たせている要因のひとつなのだ。テクノの広大で多彩なパレットを余すことなく使い切り、DozzyとNeelの2人は音楽の未来を予見させる真に豊かな作品を作り上げてみせた。これほどのインパクトを伴った、純粋無垢なテクノ・アルバムはそうそう現れないだろう。
RA