Mario & Vidis - Changed

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  • リトアニアは寒く、荒涼とした土地だ。世界の地理から見ればこんな場所はなにもリトアニアだけではないだろうが、Mario & Vidisが作り出す音楽はまさしくそうした寒く荒涼とした風土を反映している。私が2011年暮れに彼らと話したとき、こんな言葉を聞いた。「リトアニアって所は、『ハッピーではない』とはどういうことかを考えるには実に興味深い場所さ」と。しかし、ここに届けられた彼らのデビューアルバム『Changed』には、そうした風土を反映した厳格さ以上のものがあるのも確かだ。一見凍り付いたように見えるその表面をかきわけていくと、ある種の暖かみと大きな優しさが潜んでいるのだ。 『Changed』は彼らが3年以上にも渡ってスタジオに籠って作り上げた力作で、その最初に出来上がったトラックが"Test"だったのだという。このトラックはGilles Petersonの耳にとまり、その反響の大きさに後押しされた彼らは2枚組のCDというヴォリュームでこのアルバムを仕上げるに到った。 彼らの作るトラックの作風は大まかに言うと「ポップなもの」と「クラブ向けのもの」の2つに分けられるが、そのすべてに共通しているのはクリスピーで多彩なパーカッション、メランコリックなストリングス、気怠く切ないヴォーカルであり、このアルバムに参加しているシンガーの何人かはアルバム中の作曲にも加わっている。そのなかで最も有名かつおそらくベストの出来だと思われるのはErnestoが作曲に参加したこのアルバムのタイトルトラックだろう。あらゆるクリシェを回避しつつ、その曲自体が持つ詩情を見事に浮き彫りにしたポップとハウスの融合ぶりは素晴らしいと言うほかない。 1枚目のディスクではKathy Diamond、Jazzu、Giedreらが参加したヴォーカル・トラックが収められているが、個人的に1曲取り上げるとすれば"Slow"だろう。ベースラインと繊細なストリングスがメロウな緊張感を演出し、Roisin Murphyを思わせるGiedreのヴォーカルが見事に溶け込んでいる。一方、Ernestoの大げさなヴォーカルが災いして、ソリッドにまとまっているはずのトラックがどこか安っぽいものに聴こえてしまう"IMS"はアルバム中でもやや浮いているとも言えそうだ。 2枚目のディスクではダークな色合いが濃くなっていき、小刻みにシンコペートする"Plastic People"から"In My System (Dub Redo)"での強迫的なバウンシーさに至る流れを聴くと、1枚目と同じアルバムとはにわかに信じ難いほどだ。この2曲の流れは屈指のハイライトとも言え、とりわけ4分間にもわたる跳ねるようなシンセの導入部は映画「Tron」もさながらの壮大なムードを演出し、Jeff Bridgesが攻撃をかわすシーンにもぴったりだ。 ディスク2はその後"Black Boogie"での踊るようなピアノのメロディや前述の"Test"でのけたたましいシンセなどを経て、Mario & Vidisの真骨頂たる大作"Kashykkk"に到る。荒涼とした緊張感が漂うこのトラックは、痩せた土地や険しい岩がむき出しになった山地をひたすら彷徨うような感覚を放っているが、その全体像はおどろくほどスムーズである。表面こそ幾重にも重なった凍った層に覆われているが、このアルバムには確かなハートとソウルがある。それを掘り出してみるだけの価値はあるはずだ。
RA