Benjamin Damage and Doc Daneeka - They Live!

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  • 8分間にもおよぶ端正で華麗な低空飛行といった趣を持つトラック、"Creeper"をUKのハウス・プロデューサー・デュオDoc Daneeka and Benjamin Damageが50 Weaponsから発表したのはちょうど去年の今頃だった。レーベルを率いるModeselektorはこのトラックをいたく気に入り、彼らにフルアルバムを制作させるべくベルリンへ呼び寄せた。そうして届けられた自信作『They Live!』は魅力的な曲線美とクリアで柔らかなトーンに満ちたスタイリッシュなミニマル・ビーツ集だ。 "Creeper"のようなトラックを期待してこのアルバムを聴き始めると、やや困惑するかもしれない。"No One"や"Battleships"といったトラックは、ゆっくりと燃焼するようなオルガンとAbigail Wylesのヴォーカルに彩られつつ、柔らかくジャジーなキックと静かに蠢くベースラインでじわりとビルドアップしていく。このアルバム全体を貫く荘厳さとエレガントさをこの2曲は象徴しているが、ともすれば"No One"などはそのピッチダウンされたリフによって単なるBurialのコピーとも捉えられかねない。このデュオの持ち味でもあるクリーンなメロディと無駄のないソングライティング能力はほとんどポップソング顔負けだ。その持ち味は勿論このアルバム全体にも活かされており、どんなスタイルやアイデアであっても、そのサウンドは端正な佇まいを損なわぬまま見事にその広大な空間性へ反映されている。"Ellipsis Torment"のように比較的軽めの曲でさえこうした持ち味はしっかり活かされており、DaneekaとDamageによるテクノとハウスの解釈がこの真空で薄いボトムのトラックに表れている。 結果として、この『They Live!』はここ最近話題に上る機会の多いスローなビート・ミュージックの潮流にぴたりとはまっている。"Charlottenburg"は艶やかなコード、鋭いリムショット、ごろごろと転がるキックを携えた強烈なトラックであるが、あくまで全体を覆うトーンは灰色の蔭であり、眠気を誘うような感覚だ(とはいえ、その隙の無いプロダクションのおかげで霞がかったような印象は受けない)。もちろん、そんな中でもにわかに目を覚ませるような瞬間もある。このアルバムでもやはり"Creeper"は重要な軸になっているし、"Deaf Siren"や"Juggernaut"といったトラックも抑制されたトーンながら実は強烈な瞬間を密かに隠し持っている。 このアルバムで最も素晴らしくそして最も奇妙な点は、そのテクノ/ハウスの融合が昨今のシカゴハウス・リヴァイバル勢とは多少異なるアプローチであり、このデュオの初期作品(Doc Daneekaのソロ作も含め)に比べると、そのトーンや内容が異例なほど抑制されているという事実だ。ともあれ、この『They Live!』は親しみやすく聴きやすい作品であり、ハウス・ミュージックのアルバムとしてはこれ以上ない仕上がりとなっている。この2人が今後もデュオとして活動を続けるのか、それとも今回のアルバムのみのワンオフ・プロジェクトに留めるのかはまだ未定だそうだが、UKベース・ミュージックにおける実験精神の表現領域がいかに変幻自在であり融通性の高いものであるのかという事実をこのアルバムは確かに証明している。
RA