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  • 強固なコンセプトを有するこのMONADシリーズ、もしくは特徴的なレコード・スリーヴが象徴するように、ベルリンを本拠とするStroboscopic Artefactsはサウンドおよび構造の両面におけるデザインを主眼に置くレーベルである。ダンスフロアーとは距離を置いたリリース(いや、実際はフロアーでも十分に機能するのだが)はディテールへの注意を喚起し、その偏執的ともいえる緻密さの世界へと誘う。シンガポール出身のプロデューサー、Xhinの作品群はまさにそうしたレーベルの固有性を如実に象徴していると言え、光線のトリックからテクノを創り出し、既存のフィジカルさに対し興味深い形で遊離しつつも衝撃的な音楽を響かせている。 これまでのリリースにおいてXhinがしばしば展開していた艶消しの金属のような質感は今回の彼にとって3枚目となるアルバム『Sword』(そして、Stroboscopic Artefactsでは初のアルバム)ではその質感がより拡大された形で表現されており、また同時にその内部に深く浸透している。過去2枚のアルバムで踏襲していた一般的なテクノ・トラックの構造は今回のアルバムでは排され、アルバム冒頭を衝撃的に飾る"Fox and Wolves"や"Teeth"での跳ね回るような軽やかさと液体的なカウンターメロディが融合されたトラックが象徴するように、複雑で神経質なIDM的スタイルに置き換えられている。全てが均質に滑り落ちていくような感覚はまさしくポリッシュド・クロームというべきで、すべてがせわしなく流動的に動いていく。ひたすら燻りつづけるようなムードはすぐに爆発しそうな気配はまったく感じさせないとはいえ、"Medium"のようなトラックではスリリングなグリッチの破片やディストーションが爆発寸前のような危うさを演出している。 灼き付いたサイバー・アシッドのような"You Against Yourself"のようなトラックでは、脱構築の極みのようなムードを醸し出している。他のどのレコードがこれほど鋭敏で密度の高い知覚に溢れた50分を展開できるだろう。そう、まさにこのアルバムはそれが溢れているのだ。Xhinはそれまでのモノトーンな展開を破り、アルバムの豊かなテクスチャーを一切犠牲にせずに穏やかなインタールードを挟み込む。"Insides"や"Wood"といったトラックは同様に複層的な表面構造を持ち、アルバムでも最もヘビーな部分を担っている。と同時に、Xhin独特のある種の不気味さが入り交じった複雑なムードは狂ったパーカッション抜きでも如実に際立つ。しかし、アルバムも終盤に差し掛かる頃になると、にわかにそれまでの無慈悲さが和らいでくる。9分にも及ぶトラック"Vent"はXhinのStroboscopic Artefacts初期の作風を思い起こさせ、9曲目の"Foreshadowed"ではのっそりとした低域とシンセの抜き差しがある種の暖かさすら感じさせる。冷たい金属の中から絞り出した、精一杯の暖かさ、というべきか。 このアルバム『Sword』全体に通底している要素がひとつあるとすれば、それは聴くものに衝撃を与え、畏怖せしめ、強い印象を残すという能力にほかならないだろう。彼がララバイのようなトラックをやろうと、頭蓋骨をかち割るようなトラックをやろうとそれに変わりはない。複雑な構造故に、一聴しただけではその全体像は掴めないだろうが、穏やかなシークエンスがその助けになるだろうし、アルバムの長さも50分程度とそう長いものではない。ただ、一生における経験の濃密さを詰め込んだような内容になっているので、じっくり聴き込めば50分という実際の長さ以上のものを感じるはずだ。無味乾燥で陰気なだけのテクノがはびこる今日のシーンにあって、Xhinがこのアルバムで表現している、光が一瞬だけギラリと剣に反射するような感覚はじつに際立っているように思える。
RA