- かつてDavid Letellier(Kangding Ray)の音楽を聞くと、2000年前後に耳にしていたホームシアター設備のデモンストレーション用の音源を連想させた。システムのパワーを見せつけるために作られた、拍子抜けするくらいにクリアで芯のあるサウンドだった。彼が2011年に発表したアルバム『OR』では、前述の感覚がピークを迎え、反復を基調にしていながら、直観的になることがほとんどない構造を持つ、整然と切り出された金属的なトラック11曲が収録された。それ以降の数年間、Letellierはそうしたサウンドをよりテクノに適した形へと叩き直してきた。昨年のLP『Solens Arc』では物語性が加えられ、抽象的に描いた長編小説のような形を生み出す展開に作品が当てはめられた。それから1年を経て発表となる『Cory Arcane』は、さらに物語性が強く、これまでにLetellierが手掛けてきたフルレンクス作品よりも感情性と即席性を感じさせる。
『Cory Arcane』は「一貫した危機状態に安全地帯を見い出した」という人物の名前である(本作の奇妙なアートワークに描かれている人物だ)。本作はその人物にまつわる物語を追っている。ライナーノーツには社会的主張やハイコンセプトな専門用語が乱雑に並び、「ソーシャルメディアを絶え間なくスクロールする」「社会の外郭へゆっくりと漂流していく」「調理器具が時折激しく音を立てる」「混沌を抱きしめ、システムのほころびに思いを馳せる」といった奇妙な表現により、アルバムのコンセプトへの考察が成されている。『Cory Arcane』は、テクノロジー、コミュニケーション、資本主義に起こる息苦しい騒音から抜け出ようともがいている人物の物語であり、人間の本質(少なくとも人間の交錯)を明らかにしている。完全に感じ切ることを拒んでいるかのように反射していた、Letellierの音楽が持つ淀みの無い外殻は、ここでは不明瞭にされている。
本作は映像作品のように構築されており、クライマックスへと展開した後、再び、元の状態に戻っていく。本作はハイテク・ブロークンビーツトラック"Acto"から始まり、ペースメーカーが不均等に鼓動する"Dark Barker"を経て、対立的な"These Are My Rivers"へと続いていく。"Safran"では早くもアクションシーンに突入し、分離し合ったサウンドとテクスチャーによる猛攻が飛び交う。リスナーをめがけて全方位からノイズが迫り来る同トラックは、Letellierのサウンドの幅が素晴らしく拡張していることや(本作では木材や弾力性のあるテクスチャーも用いられている)、感覚のオーバーロードによる作品の全体像を象徴している。沸点に達する"Burning Bridges"や"Sleepless Roads"では、アルバムの中核にあるパーソナルな危機感を体現している。
「街の音が彼女のヘッドフォンから聞こえる音楽と混ざり合い、複雑なリズムと未来的なテクスチャーを美しく色付けられたピクセル状の外殻へと織り込んでいく」- 『Cory Arcane』に付随する物語には鮮烈な瞬間があり、本作が何故ここまでパワフルであるのかを示している。現代の音楽を聞いている人のほとんどにとって、この文章は馴染みがあるに違いない。それは、周囲で起こっている生活環境のサウンドと自分の音楽が混ざり合ったサウンドだ。この考えが『Cory Arcane』の動力源となっており、本作では、Letellierの音楽が内省的で自立したサウンドデザインから、周囲の世界に思いを馳せる(そして、時として怒りを露わにする)ものへと進化している。
Tracklist01. Acto
02. Dark Barker
03. Brume
04. These Are My Rivers
05. Safran
06. Burning Bridges
07. Bleu Oscillant
08. When We Were Queens
09. On Sleepless Roads