Björk - Vulnicura

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  • 「I was separated / From what I can do / What I'm capable of | 私は引き離される / 私にやれることから / 私にできることから」とBjörkが歌う。彼女のニューアルバム『Vulnicura』の収録曲"Month Mantra"の一節だ。近年、Björkの音楽は、どこか離れた場所にあるような印象を持ち始めている。過去には、おびただしい要素を網羅しながら鮮やかさを保った2007年の『Volta』、そして、マルチメディアプロジェクトとしてアート、テクノロジー、自然に及ぶ様々な領域を組み合わせた2011年の『Biophilia』があった。特に『Biophilia』では、引力と結晶構造について歌詞が綴られていたが、その実は、深みのある角度から切り取ったメタファーを通じて結び付けられたBjörk自身の体験だった。しかし、最近、Pitchfork(英語サイト)が行ったBjörkのインタビューでは、『Biophilia』でのこうした試みの影で、彼女の私的な使命に駆られていた心境が語られている。当時の彼女は「調和を大事にして、不可能な事柄を1つにまとめ上げる」必要を感じていたのだ。 この前2作が、差し迫った問題を回避するために行われた試みだったとするなら、それに続く本作は、その問題に真正面からぶつかっていると言える。『Vulnicura』で綴られているのは、長きに渡るBjörkのパートナー、Matthew Barneyとの別れについてだ。Björkの歌詞がこれほど露骨だったことはなく、それに合わせて彼女はありとあらゆる音楽を曝け出している。『Biophilia』での華麗な楽器演奏も、『Volta』でのポップなアレンジメントのパッチワークも、さらには、『Vespertine』におけるミュージック・コンクレートも、ここには存在しない。本作の彼女は、1997年の『Homogenic』にまで遡ったかのようであり、トラック上では、豊かなストリングスとグリッチ・ビートが互いに割り込み合っている(まるで不慣れな人がぎこちなくキスし合っているみたいだ)。『Vulnicura』は細かく言えば『Homogenic』の続編であるとも言える。例えば、"Stonemilker"の威厳のあるコード進行は、『Homogenic』の収録曲"Unrabel"を反映しているし、どちらのアルバムのカバーもBjörk自身の痛烈な写真をフィーチャーしているからだ。 過去の作品を改良した本作が、ここ何年ものBjörk作品の中でベスト・アルバムになっているというのも奇妙に思えるかもしれない。まず言えるのは、ある意味、本作は挑戦的で革新的なプロジェクトから距離を置き、もっと伝統的な手法と題材に近づいていることだ。Björkが最良の仕事をする時、つまり、ハイパーバラッドを制作する時はいつも、従来型のポップな要素を取り入れ、恍惚と絶望が渦巻く激しい世界を見事に構築する。例えば、「My soul torn apart / My spirit is broken | 私の心はバラバラになって / 私の魂は壊れてしまった」と流れるバイオリンに対峙するように彼女が歌う時、この手のセンチメンタルな感情は、これまでに幾人ものシンガーによって何千回と歌われてきたにも関わらず、彼女の手にかかるとどうしたことか、全くもって新鮮な響きに生まれ変わっているのだ。 もちろん、今回もBjörkは造語を生み出している。「Vulnicura」という言葉はおそらく、「vulnerability | 傷つきやすいこと」と「curative | 病気に効く」を掛け合わせた言葉だろう。今回のアルバムは、前者の状態を晒しながら、後者を探し求めている。本作の2/3までは前述の別れについて順に語られていき、残りの1/3(最後の3曲)では、別れた後に訪れる感情に向き合っている。アルバムの中心を担っているのは3つのパートに分かれた"Family"だ。The Haxan Cloakの手により描かれる色彩のない風景からスタートし、不機嫌なパーカッションとべとつくストリングスを潜り抜けた末、救済を手にするこの曲では、Björkは自分自身のアートの効力について疑問を投げかける。「How will I sing us out of this sorrow? | この悲しみから、私たちのことを歌にすることなんてできるの?」日記のように綴られた曲を収録した『Vulnicura』は、メタ・アルバムのように感じられることが多々ある。つまり、本作は、アルバムを作る過程、そして、アルバムの必要性について綴ったアルバムであり、音楽を通じて彼女に起こった出来事に迫っているのである。 一方で、本作はシンプルに1つの物語を綴ったアルバムでもある。この物語性こそ、Björkの制作力の中心に位置付けられるものだったように思う。そして、最近の彼女の作品に欠けていた物語としての一貫性と勢いが『Vulnicura』からは感じられるのだ。物語性という意味では、本作のメイン・コラボレーターであるArcaの役割が後回しになっていることは、驚きかもしれない。彼は卓越した技術を存分に披露しており、自然なサウンドと人工的なサウンドの境目を捻じ曲げているのだが、今回、そのビートは他の要素と絡み合うことはなく、ほぼ未加工のまま処理されている声とストリングスからは引き離されている。 このように注意深く距離を取っている点は、『Homogenic』と同様、不十分に感じられることがある。例えば、"Black Lake"では、Björkによるストリングスが執拗に押し寄せてくる中、Arcaによるパーカッションがほぼ無音に近い状態からインダストリアル・テクノの鼓動へと急成長する。この2人のパートの展開はハッキリと独立し合っており、決して調和し合うことはない。さらに、Björkには色々なことを取り入れようとする傾向があるが、本作でもその一面が表れており、"Atom Dance"では『Biophilia』の時のような比喩表現が用いられている。他にも、"Month Mantra"のように、単純に音を詰め込み過ぎているように感じるトラックもあり、アルバムのミックスを担当したThe Haxan Cloakが、音数が増えた場面で明瞭さを出すのに苦しんでいるのが分かる。 しかし、こうした不完全さは、理屈抜きに訴えかけてくる悲劇の物語が紐解かれていくにつれ、超越されていく。"History Of Touches"では、Björkが真夜中に目を覚まし、「Feeling this is our last time together | 一緒にいられるのはこれが最後なのね」と歌う。そして「Every single touch… Every single fuck… In a wondrous timelapse | あなたが私に触れる、あなたと過ごした夜、1つ1つが綺麗にコマ送りされる」のを彼女は目にする。性の悦びを歌い上げた2002年の"Cocoon"を思い出さずにはいられない。BjörkがBarneyと付き合い始めた頃に書かれた曲だ。今、2つの繭(cocoon)が1つになった。そして、その繭は10年以上待つだけの価値があった。再び繭が2つに戻ることはもう二度とないのだろう。
  • Tracklist
      01. Stonemilker 02. Lionsong 03. History Of Touches 04. Black Lake 05. Family 06. Notget 07. Atom Dance 08. Mouth Mantra 09. Quicksand
RA