- この10年間の間にHTRKは多くの変化を経てきた。音楽においてだけでなく、私生活においてもだ。2006年、当時、HTRKの音楽はリヴァーブが深くかかったギターが全面に押し出されたものであった。その年、彼らはホーム・タウンであるメルボルンを離れ、ベルリンに移動したのだが、彼らは苦渋をなめる期間を過ごすことになる。その後、ロンドンに拠点を移したのだが、ベーシストのSean Stewartが2010年に自殺している。それまでHTRKはバンドとして『Work (work, work)』の制作に取り組んでいたのだが、Jonnine StandishとNigel Yangはデュオとしてその作品を完成させることになり、不穏なシンセがフィーチャーされたアルバムとなったのだった。それ以降、残されたメンバー2人はオーストラリアに拠点を戻しているが、このとき彼らはメルボルンではなく、シドニーを選んでいる。『Psychic 9-5 Club』は、そうした比較的落ち着いた時期に制作されたもので、彼らがデュオとして最初から最後まで手がけた初の作品であり、これまでで最も成熟した音楽作品に仕上がっている。
ある意味、『Psychic 9-5 Club』は『Work (work, work)』の続編にあたるような感覚がある。両作品のタイトルは生活費のためにやっている仕事に対する不安感を反映したものであり、「多くの人にとっては無駄な時間だったり、単に時が過ぎるのを待ってるだけの時間なんだろうけど、俺たちは9時-5時の時間に存在しているあのエネルギーが好きなんだ」とStandishはDazed(英語サイト)で語っている。虚栄と実際のイメージはいまだに重要性を持っており、以前には"Skinny(痩せ細った)"というトラックがあったが、今回は"The Body You Deserve(お前に相応しい体)"や"Wet Dream(夢精)"といったトラックが収録されている。何よりも大事なのは、今回のHTRKのサウンドはエロティックな苦悩のようなものによって再び引っ張られていることだ。Portisheadをあれほどまでに素晴らしいバンドたらしめているのも実はこの点にある。
しかし、こうしたテーマが慣れ親しんだものであれば、その表現の仕方はより精選されたものとなるもので、HTRKは今作では以前にも増して軽いタッチを取っている。作品は徹底してミニマルなものであり、各トラックは控えめなループとStandishによるスモーキーなうめき声のみで成り立っている。リヴァーブとディレイによってダビーに飛ばしていく骨組みだけのビートには陶酔性と蜃気楼のような性質がある。その一方、歌詞は非常に繊細でありながら簡潔な仕上がりになっている。例えば「bones go day-glo(骨は蛍光色になる)」のようなHTRKが得意とする遠回しな表現があり、その他にもシンプルで意外なほどにパーソナルな内容が繰り返されている。"Chinatown Style"では、Standishは柔らかく語りかける。「you know / I got / mood swings that I got no control of(ねえ、私は躁うつ病なの。自分ではコントールできないの)」 と。しかし、こうした内容は決して事実というわけではないことは分かるだろう。My Bloody Valentineの『Loveless』と同様、歌詞のいくつかは明確なところもあるが、何よりそれだけで力強い響きを持っている。
深く気だるい感覚が『Psychic 9-5 Club』を定義付けており、全体的な雰囲気は降霊術のそれであり、性交後にタバコを燻らすときのそれでもある。生々しい場面でさえセクシーでエレガンスな佇まいがあるのだ。暖かなコードによる"Soul Sleep"やStandishの笑い声を含んだインストゥルメンタル・トラック"Feels Like Love"のようにスウィートな一時も収録されており、一連の恐ろしさと優しさが奇妙に入り混じった世界には、感情にまで訴えかけてくる術が含まれている。作品そのものは暗号のようでありながら『Psychic 9-5 Club』はいとも簡単にリスナーの心を掴むことだろう。
Tracklist01. Give it Up
02. Blue Sunshine
03. Feels like Love
04. Soul Sleep
05. Wet Dream
06. Love is Distraction
07. Chinatown Style
08. The Body You Deserve