Taicoclub 2013

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  • 長野県の中心部から更に一時間以上離れた山の奥、木曽郡木祖村に位置するレジャー施設こだまの森は、穏やかで澄みきった空気に包まれ、日々をコンクリートに囲まれて生きる都市部の人間にとってひときわ開放感を感じられる空間となっている。そして、この場所がその名にふさわしい場所となるのは、間違いなくTAICOCLUBが行われるこの日だろう。今年も素晴らしいサウンドが長野の山中にこだましていた。 筆者は今回、日暮れからの参加を決行したのだが、徒歩数分ほどの山道を抜けると、会場内は既に隙間無くテントが張られ、早速、落ち着ける場所を求めて決して狭くはない会場内を右往左往することに。既にイベントの開始から5時間以上が経過し、行き交う人々の満足げな笑顔からは、これまでのライブアクトの充実した内容を推し量ることができた。野外特設ステージ後方のフードコートを覗いてみると、ラーメンや焼き鳥、焼きそば、カレーなど様々な品揃え。こちらもなかなかの賑わいぶりで、友人の店を訪ねたところ既に売り切れ寸前の品目もあったほどだ。会場のはずれにテントにぴったりの隙間を探し当てた頃、野外特設ステージからは磨き上げられた超硬質なブレイクビーツが鳴り響いてきた。Raster-Notonを率いるByetone、Alva Notoによるユニット、Diamond Versionのライブである。リズムの音色やシーケンスのみでなく、音像の収縮や明滅でグルーヴを造り出すその手腕にはただただ圧倒される。さらにこの日は共演者としてOPTRONの生みの親Atsuhiro Itoも登場し、蛍光灯の強烈な発光がそのまま音となって目と耳に焼き付けられる、凄まじいパフォーマンスを披露。彼らのこれまでの経験が結晶化した、職人技のサウンドを体験できた。そして、彼らの音楽の凄みが広範囲に渡ってしっかりと伝わったということが、今年もTAICOCLUBのサウンドシステムが好調だという何よりの印だ。メインフロア周りを散策してみると、フードの他にもアクセサリーや飾り物、衣類のショップや、レコードショップdiskunionの出張店舗を発見。また、野外音楽堂近くではパーカッションを扱うお店まで発見できた。この日もフェス独特の雰囲気で財布のひもが緩くなった人々が続出したのではないだろうか。 個人的な目玉であった電気グルーヴは、前のアクトが終わった瞬間から3、40人以上のオーディエンスが前列を確保しようと待ち構えるほどの人気ぶり。まずはサポートアクトのagraphことKensuke Ushioが登場し、SEを操作しながら会場の期待を煽っていく。そして満を持して登場した電気グルーヴの二人は、脱帽もののシュールな衣装を身に纏って登場。ピエール瀧がフロアを煽り、石野卓球はボーカルをほぼすべての曲で披露。終止観衆を興奮のるつぼへと陥れていた。序盤は今年リリースされたアルバムからの楽曲を、中盤から後半にかけては彼らの代表曲、ライブでの人気曲を演奏。ニューウェイブから初期テクノへのオマージュを感じさせつつ、きわめて現在形な独自のサウンドも健在の、いまだ他の追随を許さない唯一無二のステージだった。続いて野外特設ステージにはClarkが登場。ラップトップやモジュラーシンセを駆使し、次世代のIDMとでも言えるような捻曲がった音像と、一筋縄ではいかない展開をもった楽曲を次々と繰り出していく。ノイジーかつハイファイ、デジタルとアナログの凶暴性を兼ね備えたような鮮烈なライブを体験することができた。 野外特設ステージから坂を登って数分の野外音楽堂へと足を伸ばすと、こちらも多くの人が行き交い賑わっていた。下とはまた違うゆったりとしたムードの中、出店やバーなどを一通り見て回るうちに、SAKEROCKの浜野謙太が主導するバンド、在日ファンクがライブを開始。浜野謙太のJames Brownを彷彿とさせるダンスと、ユニークで時にロマンティックな言語センス、そして何よりも各メンバーの卓越した演奏技術。筆者もふらっと寄ってみたつもりが、バンドの音出しの時点で理解できるほどの完成度の高さに、最後まで耳を奪われてしまったほど。皆で一体となって楽しめる、TAICOCLUBへの連続出場も納得のライブであった。一転して野外特設ステージではMagdaがDJを行っていた。徹底してシンプルなリズムとアシッドベースを基調とした選曲。Traktorを使いこなし、途切れないミニマルなグルーヴの中にダークで危険な空気を漂わせる。近年のMinus、Item and Things周辺のトラックのみでなく、Daniel Bell aka DBXなどのクラシックも織り交ぜつつ、夜明け前のフロアを確実に揺らしていた。 テントへ戻り一旦休憩するも、暫くすると、野外特設ステージへ誘うような不可思議な旋律と点描のようなリズムが聴こえてきた。Ricardo Villalobosが登場して十数分、明け方のフロアには待ちわびたとばかりに続々とダンサーが集合していた。Ricardoは、前半の1時間以上を自らが手がけたと思われるトラックでDJを敢行。時間軸を狂わせ、麻痺させるような音の粒子のうねりは、水流に包まれるような感覚すらおぼえるほど。後半はよりトランシーな流れを引き継いだテクノセットで観衆のテンションをぐっと引き上げる。肌寒い早朝から日が昇るまでの3時間、彼の持ち味が見事に引き出されていた。続いてPerlonのオーナー、またはDimbiman名義でも知られるZipが登場。ミニマルハウス全盛期から独自のスタンスを保ちながら最前線で活躍し続ける、正真正銘のアンダーグラウンドヒーローだ。ZipのDJは幾度となく音数や展開を変化させるも、そのいずれもがフロアの空気感を刷新し、高揚させる。派手さはなくとも、楽しむことに常にフォーカスしているような姿勢で幅広い層を虜にしていた。盟友Thomas Melchiorのトラックを要所要所で挟み込みつつ、美しいディープハウスからチープなヒップハウスまで自由自在に展開する、比類無きセンスを見せたあっという間の2時間であった。Zipの持ち時間が終わるとRicardo Villalobosが再度ステージに現れB2Bを開始。Ricardo、Zipは幾度となく各所で共演し、またレーベルメイトとしても長年協力関係にある二人だ。そんな彼らのB2Bも特別な時間であったことは確かだが、それまでのRicardoとZipの超規格外なプレイと比べると、正直やや見劣りする部分があったのも確かだ。マイペースに、互いの個性が色濃く反映されるようなトラックを展開しながら、ラストはZipによる清涼なディープハウスの余韻とともに幕を閉じた。 野外音楽堂、そして今年のTAICOCLUBを締めくくるのは勿論Nick The Record。どこを切っても多幸感で溢れるような、ファンキーで緩やかな新旧のディスコ、ハウスを唯一無二の手腕でスムーズに繋げていく。その場所における最適な音楽をかけるということは、ある意味DJの基本とも言えるが、Nickはこの日のラストを飾る特別な舞台であっても、さらりと期待以上の音楽を我々に届けてくれる。彼のDJとしての長年のキャリア、そしてTAICOCLUBの締めを担い続けてきた経験が凝縮された時間であった。 ビート系、テクノ、ロックなど、各ジャンルの実力溢れるアーティストを集めて開催されたTAICOCLUB'13。今年も昨年並みの集客数を達成したとのことで、年を追うごとに定着度は間違いなく増している。年々のフェスシーズンの始まりをここで迎える人も多いはずだ。一週間前から当日まで、天気についてはやや不安な予報があったが、いざ始まってみれば大きく天気が崩れることなく終了し、むしろ過ごしやすい天候に油断し(そして明け方からのアクトが楽しすぎて)、終わってみれば多くの人が日焼けで顔を真っ赤にして帰っていた。タイムテーブルは昨年と同じく、前半から中盤にかけてほとんどがライブアクトで占められ、後半、夜明けの前後からはDJが中心だったが、隙のない、各アーティストの実力を更に引き出すような振り分けだと感じた。日本でRicardo VillalobosからZipという流れを観ることができ、時間に開きがあるものの、同じステージでサンボマスターや電気グルーヴがライブを行っているというのは、やはりここでしかあり得ないだろう。 スタッフはイベントを滞りなく進め、管理すること以上に、観客を楽しませ、自らも楽しむために力を注いでいる感がある。TAICOCLUB特有の自由でフリーキー、それでいて和やかな雰囲気の一因が、彼らの姿勢にあるのは間違いないだろう。しかし、その魅力的な「ゆるさ」の一方で、マナーに関してはまだまだ改善の余地が残っているし、来場者とスタッフの連携が必要な部分もある。懸命に場内を清掃するスタッフと、各ステージの終了後、主催者の呼びかけに応えてゴミを拾い集めていたオーディエンスを見ると、彼らこそTAICOCLUBを真に楽しみ、支えている人々なのだと思う。 NickはDJを終えると、主催者からマイクを受け取り、興奮冷めやらぬ我々に「また来年!」と言ってくれた。もう既に次に向けて動き出しているTAICOCLUB。またこの場所で、素晴らしい体験を約束してくれるはずだ。
RA