Mala - Mala In Cuba

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  • ついに、Malaが新作を作り上げた。このアルバムは、2010年にリリースされた6トラック入りのミニアルバム『Return II Space』まで遡ってみても彼のキャリア上最大級のリリースであることは間違いない。これは単なるアルバムではない。もっと正確に言えば、2度にもわたるハバナ訪問のあいだにキューバのミュージシャンたちを交えて制作されたものであり、Gilles PetersonのディレクションのもとBrownswoodからリリースされる作品だ。DMZの共同設立者でもあるMalaは長らくダブステップという枠組みにおけるトップランナーとして君臨してきた1人であり、ダブステップのサウンドや様式の両面を決定づけてきた。そうした経過のなかで、彼は哺乳類が支配する世界にただひとり残された古代の恐竜のような存在感を示しつつあるのも事実だ。MalaことMark Lawrenceが作り上げるサウンドの世界観は孤高でどこか他者を寄せ付けないところがあり、まさにこのアルバムにもそうした孤高の存在感がどのようにして形成されてきたかというプロセスが強烈なインパクトとともに刻み込まれている。 もちろん、Malaとキューバ音楽という組み合わせにはどこか危うさが潜んでいるという懸念も否定はできない。ともすれば、Buena Vista Social Clubを単にエレクトロニック仕立てにしただけでお茶を濁したものになりかねないところもある。異なるマインドと文化のぶつかりあいはやり方を間違えると陳腐なものになりかねないし、そのプロジェクト固有の複雑性を考えるとMalaらしい超自然的な感性が埋もれてしまいかねないだろう。 しかし、そうした懸念はどうやらMalaにとっては取るに足らない杞憂であったようだ。それが偶然によるものなのか意図的なものなのかはわからないが、彼はあらゆる懸念をあっさりと回避してみせている。Roberto Fonseca率いるバンドとのセッションから得られた数多くのサンプルを縫い合わせ、Malaはそれらのサウンドに新たな息吹を与え、微細なリズム構築や大胆な表現力、何気ないメロディを通してときには本来のマテリアルからは想像もできないほどの繊細でスタイリッシュなテクスチャーを浮かび上がらせてみせる。ライブ・ミュージシャンとの即興的なコラボレーションよりは、サンプルのマニュピレーションにおいてこそ本領を発揮するMala特有のアプローチは、先天的に「コラボレーション」という作業における可能性を制限してしまうところがある。しかし、そうした技術上の制限をあえて理解した上で、Malaはこのプロジェクトに対し見事な繊細さと熟考をもってアプローチしているのだ。 ただし、若干安易に過ぎると感じる瞬間がないわけでもない。"The Tourist"はそのタイトルの大仰さのわりにはカリブ的なムードを2次元的な世界で展開しているだけだし、"Change"もその極めて滑らかなスムーズさが却って鼻につく。"Curfew"では屈託のないピアノ・リフがハーフステップ調のリズムを台無しにしている感もあり、そのパントマイム的なコントラストはあらゆる繊細さを覆い隠してしまいかねない。ヴォーカルの処理にしても、トラック自体の強度と釣り合いがとれていないところもある。DreiserとSexto Sentidoは"Como Como"でMalaらしいグルーヴを巧く引き出しているし、Danay Suarezはアルバムラストの"Noches Sueños"でMalaのふくらみのあるプロダクションを引き立ててはいるが、アルバム全体として見ると、かならずしもこうしたヴォーカルはMalaのプロダクションにおける魅力と溶け合っているとは言えず、軽いコードはみぞおちに飛び込む硬質なサブベースの上を滑り落ちていくようで、ややちぐはぐな印象を残す。 そのほかでは、大半のオーディエンスをニヤリとさせる瞬間がきちんと用意されている。"The Tunnel"はアルバム中もっとも剥き出し感が強く、鋸の刃のようなベースラインがその昔こうした震えるようなタイプのベースラインが新鮮だった頃の気持ちを思い起こさせてくれる。思わず硬直してしまいそうな"Changuito"や、"Ghost"での挑発的なリズムの交差と甘美かつ邪悪なムードなど、そこには同時に繊細な感覚も潜んでいる。もっとも興味深いのは、ひたすら軽快さをキープするそのビーツだ。たとえば"Cuba Electronic"がもっとも分かりやすい例だが、複雑に絡み合うポリリズミックな構造が実に魅力的なかたちで姿を現していくさまはたまらない。 たしかに、このアルバムにおけるMalaの持ち味が出ている部分はいささか限定的かもしれない。1時間近い、14のトラックで構成されたこのアルバムを2/3ほど聴き進めていても、そこで聴くことの出来るトリックはすでに馴染みのあるものだ。とはいえ、この『Mala in Cuba』がそのフォーム、テンポ、ツールの選択にいたるまで非常に卓越した技術によって作り上げられた完璧なアルバムであることについては疑いを挟み込む余地はなく、彼のクリエイティブな想像力が当代随一であることをはっきりと示している。このアルバムは、Malaにとってもキャリアの新境地となるべきものだろうが、これから彼がどんな展開を見せようともリスナーは大いに期待できるはずだ。
RA