Maya Jane Coles - DJ-Kicks

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  • フランスのReal Toneからキャッチーなハウス・トラック群をリリースし、BBC Essential Mixへの出演やDefectedでのMKへのリミックス提供などをすべて1年の間に成し遂げたロンドン出身のMaya Jane Colesにおける目覚ましい活躍ぶりは、非人間的ともいえるスピードで変化し続けるダンス・ミュージックの世界にあっても決して一過性のものとは考えにくい。昨今にわかに注目を浴びている彼女のトラックの魅力は至極明確なもので、快活なメロディや弾むようなベースライン、才気あふれるキャッチーなヴォーカルフック(ほとんどは彼女自身が歌っている)などはまさにそうした特徴なのだが、とりわけ彼女がDJセットの中で魅せるセクシーで楽しさに溢れる感覚は際立っている。彼女の創るハウスはディープ/テック/レトロをスマートにミックスし、ふんだんなメロディを盛り込んだもので、Crosstown RebelsやHot Creations、Hypercolourといった最先端レーベル群における絶好の合流点であると言えるだろう。彼女にとっての初のオフィシャル・ミックスCDであるこの『DJ-Kicks』はそうした彼女の魅力が分かりやすく親しみやすい、際立った形で提示されている。 Colesの音楽においてそのサウンドの中毒性の高さは否定できない要因のひとつだが、それは彼女のDJにおいても同様だ。このミックスに収められたほとんどすべてのトラックにはそれが音節にまで分解された断片的なものであろうと(彼女自身の手によるエクスクルーシブ・トラック"Not Listening"もそのひとつだ)、はたまたより手の込んだフル・ヴォーカルのトラックであろうと(Bozzwellによる感傷的な"In My Cocoon"など)、ことごとく効果的なヴォーカル・フックが含まれている。それでいて詰め込みすぎた印象はまったくなく、水彩画のような繊細なタッチで描かれるちょっとした色彩の滲みやメロディは、満ち引きを繰り返すグルーヴによって絶妙なかたちで空間に溶け出していく。彼女のミックスはそのトラックにおける新しい未知の面を引き出す種類のものだ。ミックスの序盤を例にとってみよう。Kris Wadsworthのモダン・クラシック"Mainline"のJimmy Edgarによるストイックなリミックスは独特の青白さを持つChasing Kurtの"Money"とミックスされることでそれらのトラック単体では存在しなかったはずの蟲惑的なグルーヴを生み出してみせており、ミックスの序盤からソリッドなピークを用意している。 その親しみやすい作風という個性を持ちながらも、Colesはちょっと変わった試みに対してもまったく躊躇しない。Phil Kieranの"Never Believed"ではサイケロック調のギターを持ち込んでみせ、Caribouがリミックスした"It's A Crime"ではアシッド・シンセが弾ける直前に実にスリリングな瞬間を用意し、ミックスの最終盤では狂気じみたムードでひたすら引っ張ったかと思うとClaro Intelectoのトラックで見事な着地を見せる。しかしColesに関して言えば、彼女独特の個性こそ最大の武器であり、超ヘヴィー級のメタリック・ダブステップ"Meant to Be"をプレイしたかと思えばその軌道は見事な転換を見せてZenker Brothersの"Berg 10"で意図も軽々とすべての整合性を獲得しても見せる。ダブステップとテクノをミックスするというアイデア自体はさして目新しいものではないが、Colesは「通常の」ハウスグルーヴにちょっとしたアクセントとしてダブステップをミックスすることで狡猾かつ不遜なかたちで彼女らしい多様性を見せつけているのだ。 昨年Scubaが同シリーズでベース・ミュージックを用いて表現していたように、Maya Jane Colesは一貫した名状しがたいヴァイブのもとにハウス・ミュージックの万華鏡のような多様性を提示してみせている。ここでのColesは所謂エクスクルーシブ・トラックに頼らず、かといって最新のトラックだけにもこだわってもいない。そもそも、彼女のスタイルにはそんなものは必要ないのかもしれない。そうした付加価値などなくとも、彼女のミックス・スタイルそれ自体が比類の無い個性を放っているのだから。このミックスは決して華美なものではないし、技術的に驚くような要素があるわけでもない。ただ現在のUKでもっとも興味深い若手DJがその手腕を遺憾なく発揮したミックスであるというだけであり、その急成長を遂げている恐るべき才能の現在を切り取ったものだと言える。
RA