Phutureのファウンダー、Earl Smithが死去

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    Fri, Sep 23, 2016, 02:30
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    Resident Advisor
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  • シカゴ・アシッドハウスのパイオニアが死亡した。
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  • Earl Smithが死去した。 Earl "DJ Spank Spank" Smithは、1985年にDJ PierreとHerb Jと共にシカゴハウスグループPhutureを結成。アシッドハウスのイノベーターのして広く知られるようになり、2014年にはHerb Jが抜け、新メンバーLothario Leeが加入し再結成している。以降、彼らは北アメリカやヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドなどをツアーでまわっていた。 DJ Pierreは昨日の朝、彼の訃報について最初にツイートしていた(その後削除)。続いてEarlのコラボレーターであったFelix Da Housecatが、”Rest in Power Spank Spank. Thnk u 4 Thee Voice and Thee Acid..Icon and Legend.”とツイートしている。死因は明らかになっていないが、Earl Smithは今年5月に脳卒中を患い、その後すぐに手術を受けていた。 Phutureの"Acid Tracks”は、RolandのシンセサイザーTB-303が使用された初めてのハウストラックであり、TB-303はこのジャンルを定義付けることになる。もともとTB-303は従来のベースサウンドを手に入れたいスタジオミュージシャンのために開発されたのだが、Phutureは同社がそもそも意図していなかった、そのサウンドをプログラミグするという方法により、この機材のポテンシャルを明らかにした。1986年に"Acid Tracks”はレコーディングされ、シカゴのレジェンドDJ、Ron Hardyはそのトラックを最初に支持。その翌年にTrax Recordsから正式にリリースされ、1989年までにそのアシッドハウスサウンドはヨーロッパに根付き、UKではムーブメントと化した。
RA