先日、パリでの金曜の夜、今夜が春の第一夜目かと思えるような中、Sidney GerardとSuleiman SaidはConcreteのトップデッキに座っていた。Concreteは船を改装して造られた、セーヌ川に浮かぶクラブである。後ろのデッキからは、NSIライブセットのサウンドチェック中のMax LoderbauerとTobias Freundによる、おどろおどろしい程の重低音が轟いている。GerardとSaidが主宰するレーベルLatencyは、ここConcreteで不定期にパーティーを開催しており、この質の高いレーベルのキュレーションは、パリの先進的クラブのブッキングとして好相性と言えるだろう。この日はNSIに加えて、Peter Van HoesenとYves De MeyのSendai Sound Systemによるハイブリッドライブ／DJセットと、さらにヨーロッパでは貴重なDJ出演となる日本のプロデューサー、Enaも出演していた。

その2週間後、Latencyはパリでまた別のイベントを開催した。今回はLaurel Haloと、Panの所属アーティストKonrad Sprengerを招聘し、ポンピドゥセンターの近くにある、雰囲気たっぷりな教会Eglise Saint-Merriで行われた。どちらも2018年4月に行われたこの2つのイベントは、クラブの夜の熱狂的なエネルギーと、実験的なコンサートの厳粛な雰囲気の両方を股にかけたものと言える。この2つの要素を足し算した結果が、まさにLatencyというレーベルなのだ。

GerardとSaidは、2013年にLatencyをスタートした。Innerspace Halflife、Joey Anderson、Even Tuellら、ハウスやテクノの辺境にいるアーティストのレコードをリリースすることから始まったが、レーベルが成長するに従い、さらに実験的なサウンドをも包括するようになった。Gerardは「”中間”にある音楽、つまり、かなり実験的だけどクラブでもプレイできるようなサウンド」に惹かれていると語る。

「僕らがリリースしている音楽は、そこまで幅の広いものではない」とGerardは続ける。「どの曲にも、真夜中の地下二階のような雰囲気が強く感じられる。これは随分前に、Paul David （Rollmann、ことEven Tuell）が言っていた言葉だ。僕らはB面的でロウキーで、空間的なトラックのレコードを夢中で買い続けてきたんだ」

Latencyの音楽そのものも印象的だが、アート面でのディレクションもまた、他のレーベルとは差をつけている部分だ。最初のレコード10作品は、シルクスクリーンで刷られた白と黒のスリーブで、手触りとテクスチャーのある、不明瞭でコントラストの強い写真があしらわれたものだった。Innerspace Halflifeのリリース作品「Post Industrial」のスリーブは、特殊なソルベント（溶剤）ベースのインクで刷られているため、リリースから何ヶ月も経過した後もケミカルな匂いが強く残るものとなっていて、Gerardは自分で持っている分からは未だに匂いがすると話していた。

Latencyのアートワークには、平均的なクラブの12インチには無い、ある種の引力が感じられる。レーベルの進化は計画的で整然としたものだったが、次に何がやってくるかは未だに予想しにくい。どのリリースにも時流を読む判断力と、アーティストそれぞれが自身のヴィジョンを妥協なく表現している雰囲気が感じられる。Latencyが主催するイベントのラインナップ、そしてレーベルのウェブサイトのアートディレクションまでも、細部への配慮を大切にするという理念の延長線上にあるものだ。

「僕の自宅のアパートも見ていったらいいよ」と、早めのディナーを囲む中、Gerardは笑いながらそう言った。「朝、家から出る時には全てが正しい場所に置いてあって、全体が完璧に見えるかどうか確認するんだ」

2人は、自身の強迫観念的な性格を率直に認めている。「ある意味、トラウマだよ」とSaidは言う。「ラップトップでのフォルダの整理方法や名前の付け方、Instagramに書く説明文だとか、ドット1つ打つだけでも話し合いになる。本当に困ったもんだ」

10作目となった、2017年リリースのBurnt Friedmanの作品『The Pestle』以降からは、白黒のスリーブを取りやめ、大胆でよりカラフルなアートディレクションに踏み切った。「白黒の美学から脱却する時だと思った」とGerardは言う。「自分達自身も驚きが欲しかったし、新たな段階に進もうと考えた」。この時期にリリースした3作品は、Robert Aiki Aubrey Loweのモジュラーによる瞑想から始まり、Bellowsが手がけた楽器達の繰り広げる熟考、Yves De Meyの複雑な脱構築ビートのアルバムなど、どれも誇り高い程にエクスペリメンタルな作品だ。

スリーブのアートワークも、Misha Hollenbachの銅像のディテールを大胆に切り取ったショット（Loweのレコード）、Maude Marisの絵画（Bellowsのレコード）、Jean-Marie Appriouの彫刻（De Meyのレコード）など、どれも異なっている。「Misha Hollenbachはレコード用に特別に製作してくれた最初のアーティストだった」とSaidが教えてくれた。「Maude MarisとJean-Marie Appriouの作品はすでにあるものだったから、カバーに使っていいかどうか許可をもらっただけだ。とはいえ、相手に依頼したんじゃなくて、何時間も、何時間もかけて、これだというアートワークを探したんだ。特にSidneyが頑張ったね」

白黒のスクリーンプリントによるスリーブは、最初の10作品に統一感を与えていた。だが、この3作品による幅の広がりは予測不可能なものでありながらも、音楽的な選択の変化において非常によく考えられたものだったと言える。「自分自身を更新していくのは本当に大切なことだ」とSaidは言う。「そうして始まった新たな章が、自分たちのライフスタイルになっていく」

「この新シリーズを始めることで、自分達自身にも『もう学生じゃない』と言い聞かせたかった」とGerardは言う。彼はデンマークのコペンハーゲンに引っ越し、現在は同国の著名なアートコレクティブSuperflexのデザインのヘッドとして働いている。

「このアイデアは前からレーベルの背景にあったものだ」とSaidは付け加える。「以前は、まだ学校に通う学生だったから、友達とコラボレーションしていた。でも今はもっと立ち位置が確立してきて、知り合いも増えて、定評あるヴィジュアルアーティストとも仕事ができるようになった。それが前から持っていた目標だった」

おそらくお気づきのことと思うが、GerardとSaidはヴィジュアルアートの世界に身を置いている。彼らはパリの著名な芸術・デザイン学校EnsADで出会った。学生ミーティングに集まった人々に対して、Saidがこの中にDJがいるかどうか呼びかけたところ、唯一手を挙げたのがGerardだったという。「すぐに意気投合して、それ以来こうして交流が続いてるんだ」とSaidは言った。

Saidがコペンハーゲンに越したあと、2人は小規模なパーティーのオーガナイズを始めたが、すぐにレーベルを始めたいというアイデアが浮かんできた。元は他の仲間同士との中で思いついたことだったが、GerardとSaidはこのプロジェクトに他の誰よりも真剣に取り組むようになり、自分たちだけでレーベル設立へと突き進むことになった。Latencyの最初のリリースは、SaidがInnerspace HalflifeのHakim Murphyとパーティーで共演した際に契約を結んだものだった。よくある事だが、レーベルの発足時点では、成功に向けた壮大な計画があったわけではなかったのだ。

第二弾リリースでは、Deconstruct、Inimeg、UntilMyHeartStopsから異世界的なテクノを発表してきたニュージャージーのプロデューサー、Joey Andersonに声をかけた。リリースされた3曲のうち2曲は本人のSoundcloudに載せてあったもので、再生回数は100回を少し越した程度だった。その曲の1つ、”Press Play”は後にレーベルの代名詞的な楽曲になったが、レーベルを始めてすぐの時点だというのに、彼らはレーベルが特定のサウンドに偏らないように気を遣っていたのだ。

「自分達の音の趣味は、すごいスピードで進化していった」とGerardは言う。「シカゴのInnerspace Halflifeの曲を出したあとすぐに、今度はJoey Andersonのような、ニューヨークのロウキーな雰囲気に移行し、その数ヶ月後にはWorkshopやPlayhouseといった、ドイツの2000年代初期のサウンドにハマっていた」。レーベルとして3作目のレコードであるEven Tuellの「Longing Way」は、GerardとSaidが共に愛好しているWorkshop Recordsのサウンドを意識したものだ。TuellのサウンドにはJoey Andersonとも共通する精神性があり、ここでLatencyを語る上での文脈の継続性が作り出された。GerardとSaidは当時、DJプレイとクラブミュージックに全身で取り組んでいたが、彼らが今後目指す方向性もまた、レーベル全体をDJセットのように考えるというものだという。

Latencyの特徴的なヴィジュアル面でのアイデンティティは、GerardとSaidのEnsAD時代の立ち位置の中で育まれてきた。彼らのプロジェクトはEnsADの技術主任のサポートを受けていたこともあり、2人はパリ市内で一番の設備を誇る、同校内でのスクリーンプリントの講座に参加することができたのだ。

「音楽に合う、強い印象のイメージを見つけ出そうとして、それにはシルクスクリーン印刷が良いと思った。ただ、シルクスクリーン印刷はどんな画像にでも合うわけじゃない」とSaidは説明する。「素晴らしい写真を撮れたとしても、シルクスクリーンにすると台無しになることもある。逆に、平凡な写真であったとしても、シルクスクリーンにすると素晴らしい出来になることもあるんだ」

「最初は、できるだけ完璧な白黒のシルクスクリーンを刷ろうとしていた。でも、どんどん時間が無くなっていったので、次第により素早く刷り上げる方向になった。失敗しても、それはそれでスペシャルなものになるしね」

EnsADを卒業後、2人はよりDIYなアプローチを目指した。3つの作品のレコードのプレスが完了し、あとはスリーブに印刷するだけとなった時、スクリーンプリントの講座で使っていたスペースが使えなくなった。Gerardがコペンハーゲンまで行けばスリーブを印刷することもできたが、彼らはそうする代わりに、1500枚のスリーブをSaidの寝室の床に敷いて印刷を始めた。 Kane Ikinの「Basalt Crush」EPのスリーブの印刷が半分ほど終わった時、プレス機にセットしたシルクスクリーン印刷専用の布地が裂けてしまった。「Kane Ikinのレコードのうち、半数分のバックカバーには太いラインが貫通してる」とGeraldは言う。「でも、それが自分たちが作った中で一番素晴らしい出来の作品なんだ」

2016年、Latencyはより実験的な方向へと舵を進めた。しかし実際の方向転換点はその2年前、Gerardと、レーベルCollapsing Marketを運営するLouis VialことEszaidによるコラボレーションプロジェクトMura Okaがリリースした、変則リズムとドローンな雰囲気を持った作品だったという。「レーベルを始めた頃は、とにかくDJに真剣に取り組んでいたので、最初の3作品はクラブ向けのものになったんだと思う」とSaidは言う。「だけど、必ずしもクラブ向けの曲をリリースしなくてもいいと気づいた。Mura Okaのレコードはそれに初めて気づいた時のものなので、まだビートや他の要素も入っている。ここでようやく、レーベルとして始動したと言えるね」

ヴィジュアルアートを学び、長年に渡り音楽をディグし続けてきたGerardとSaidの2人が、細かな部分にまで指揮をとっていることが、Latencyのクリエイティブな成功の理由だ。2人が素晴らしいレコードを継続してリリースするために必要な様々を積み重ねてきたことが、カタログ全体から現れている。

「僕らの意見が合わないことは滅多にない」とSaidは僕に言った。「もしSidneyに尋ねる前に、僕が先にアートワークを100点見せてもらい、僕が3番目のを選ぶとしたら、彼も3番目のを選ぶだろう。個人的には、この関係性があるからうまくやっていけるんだ」

2人の意見の相違があるとすれば、ただ1点だ。僕が、これまでLatencyが同じアーティストの作品を1枚以上出したことがないことを指摘すると、Gerardは「そこが大問題なんだよ！」と言って笑った。「別にそうしたくないわけじゃない。ただ、新しい境地を求めていて、自然とそうなった。でも多分、そこが彼（Said）と僕の意見が珍しく合わないところだろうね。またもトラウマめいた話なんだけど、僕がポッドキャストやミックスを作る時は、同じアーティストの曲を2度使わないようにしているんだ。僕ら2人の違いでもあり、また他のレーベルとも大きく違う点は、Latencyはレーベルファミリーのアーティストを作らない事だと思う」

Latencyはより実験的な音楽に向かってはいるが、それでもクラブとの繋がりは保っている。Concreteでの一夜は、レーベルの根底にある型破りな性質を表す良い例であり、普通のクラブよりはるかに挑戦的なラインナップをみせていた。観客のキッズ達が、NSIのライブパフォーマンスのアブストラクトなアナログシンセで激しく盛り上がっている様は、心強くもあり、ちょっとした不思議さも感じるものでもあった。彼らが金曜の夜を盛り上げる硬いキックドラムを待っているのは明確だったが、同時に、このシュールな状況をも楽しんでいるようだった。

Peter Van HoesenとYves De MeyによるSendai Sound Systemのセットは、瞑想的なテクノになだれ込んでいくかと思われたが、僕ら観客は、その代わりにピークタイムレイヴの集中砲火をもって迎え入れられた。ニュービート、インダストリアル、ニューウェーブ、アシッド、テクノと、全スペクトルに渡るクラシック曲が繰り広げられ、ライブで演奏される909や他のシンセの音がセットのサウンドを強化した。この強烈な展開には誰もが驚かされた。上の階にあるWoodfloorでは、Lullabies For Insomniacsのレーベル設立者Izabelがより秘教的な歓喜を紡ぎ出していた。

GerardとSaidはブロークンなリズムと戯れていたが、セットの大部分は、早朝枠ということもあり、レーベルの音とは異なる激しいテクノだった。EnaはそこでLatencyらしさのバランスを完璧に調整し、最近のリリースよりも著しくタフな音をプレイしつつ、奇妙なリズム言語をもって、通り一遍のテクノとの違いを演出していた。

「個人的には、パリに呼びたいアーティストは沢山いるんだ」とGerardは言った。「パリには何か足りていない部分があると感じている。最近のエクスペリメンタルシーンとテクノシーンとの間には大きな隔たりがあるんだ。僕は、最近出たAine O'Dwyerのアルバムと同じくらい初期のSteve Stollのレコードを気に入っているというのに、変だよね」

「それこそがLatencyだよ」とSaidが指摘した。「さっきも言った通り、レーベルはDJミックスみたいなものだ。ポッドキャストでは、Steve Stollのレコードもプレイできるし、Aine O'Dwyerのトラックも、Yves De Meyのトラックもプレイしていい。ルールはないよ」

Label of the month mix

SidneyとSuleimanが、レーベルを定義する『真夜中の地下二階のような雰囲気』を紹介する。

Tracklist /
Bellows - Untitled (LTNC012)
Burnt Friedman - 2011 Monkhide (LTNC010)
Andrea Belfi - Cera Persa 1 (LTNC008)
Yves De Mey - Mika (LTNC013)
Madteo - Discomfort Zone (LTNC005)
ENA - Tendency (LTNC009)
Kane Ikin - Grid (LTNC007)
Bellows - Untitled (LTNC012)
Yves De Mey - Bleak Comfort (LTNC013)
Burnt Friedman - 1999 Nerfs D’acier (LTNC010)
Bellows - Untitled (LTNC012)
Mura Oka - Untitled (LTNC004)
Nuel - Aphrobite (LTNC006)
Kane Ikin - Autophasic (LTNC007)
Madteo - Irreconcilable Indifferences (LTNC005)
ENA - Waft (LTNC009)
Mura Oka - Untitled (LTNC004)
Kane Ikin - Echoic (LTNC007)
Andrea Belfi - Cera Persa 2 (LTNC007)
Robert Aiki Aubrey Lowe - Heart Of Sogguth (LTNC011)
Yves De Mey - Gruen (LTNC013)
Burnt Friedman - 2010 The Pestle (LTNC010)
****** - ******* (Forthcoming LTNC014)