

鮮烈な展開を生み出す選曲とテクニックで知られるベテランDJの彼は、近年成長著しいイタリアのテクノ・ハウスシーンの中核を担う人物として国際的な評価を得ている。Riku Sugimotoが彼とその周辺のシーンを探った。
しかし1978年生まれのFrancescoが注目され始めたのは2010年以降、ごく最近のことだ。数多く共演するBinhやNicolas Lutz、Onur Özerらと並び、テクノ・ミニマルハウスのタームの中で今こそ輝きを放つ、見逃されてきたトラックに光を当てる主要なDJとして知られている。「近年NicolasやBihnたちと並んで“新しいシーン”の一部でいられることは嬉しいし光栄だよ。彼らと一緒にプレイするはとても楽しいし、同時にDJとして大きな刺激とモチベーションを得られるんだ」。しかし先鋭的なテクノ・ミニマルシーンのDJの多くがベルリンやUKをベースに活動しているのに対し、彼は生まれた地であるイタリアを常に拠点とする、いわばローカルシーンの要としても大きな存在だ。そしてイタリアはFrancescoもレギュラーメンバーとして参加するYAYや、Seekersといった上述のシーンにおける注目パーティー/レーベルを続々と輩出しており、近年ますます無視できない動きを見せている。
プレイする音楽について話が及ぶと「正直言うと、自分がかける音楽について説明するのはあまり好きじゃないんだ。俺はただ自分が大好きな音楽をプレイしているだけだから」と、彼は決まりきったジャンルでDJを語ろうとはしなかった。しかし、その中にも確固たるアティテュードがあることも伺えた。「自分のかけるトラックの繋がりでひとつのストーリーを作りたいっていうのはいつもある。それはもちろん、それぞれのトラックから俺が感じるものが共通点だ。DJしているときはフィーリングをとても大事にしてる。プレイする音楽は全て直感で選んでいて、『○○をかけよう』という作為はなるべく排している。自分自身とお客さん、そして音楽の間にある感情のミックスとでも言うのかな」

彼もまた、熱心なヴァイナルディガーとして知られている。オールドスクールなハウスからUKガラージ、フューチャージャズに至るまで、様々なサウンドにこれまでに無かった形でスポットを当てるセンスと目利きも、後進のDJたちから尊敬を集める理由の一つだ。そのためにFrancescoは、偏りなくあらゆる手を講じてレコードディグを行っているようだ。「掘り方はその時によるね、決まった方法はない。レコ屋に行くこともあるし、ストックを見つけることもあるし、単純にDiscogsとかオンラインで買うこともある。昔はイタリアにもたくさんレコ屋があったけど、一時はほとんどがクローズしてしまったんだ。でも最近また人気が戻ってきていると思う」
彼の選曲はジャンルを超えて幅広いが、それぞれのトラックに通底する感覚は確かに感じられる。そこでFrancescoに、自らを形作ったオールタイム・クラシックをリストアップしてもらった。ほんの一片ではあるが、グルーヴの感覚やエモーショナルさに共通項を見つけられるように思える。「俺のキャリアに影響を与えたレコードは挙げきれないぐらいたくさんある。けど、ここに挙げた盤はこれからもずっとプレイし続けると思うよ…」
Daniel Bell - Elevare Special Projects 2
Gemini - Imagine-A-Naion
The Other People Place - Lifestyle of The Laptop Cafè
Mr. Fingers - You're Someone Special
Moodymann - ABCD
ドイツ、UK、フランスなどと比べると、イタリアのテクノ・ハウスのクラブシーンは大きく知れ渡っているとは言えないだろう。しかしエレクトロニックミュージックの歴史を振り返ると、常にユニークで刺激的な動きが起きている国でもある。イタロディスコがデトロイトテクノに与えた影響は計り知れないし、現在もNu Disco周辺のベテランや新鋭が多く活躍している。ディープなテクノサウンドにとって欠かせないDonato DozzyやNeelの存在もある。そして近年、90年代中期のデトロイトフォロワー的なサウンドや、UKテックハウス、エレクトロ・ブレイクビーツを取り入れた新鋭ミニマルシーンの潮流の中で、SeekersやYAYといったイタリア拠点のパーティー/レーベルは確かな存在感を放っている。またイタリアのシーンと直結しているわけではないが、ベルリン拠点のslow lifeやSleepersもイタリア人主導によるパーティークルーである。
彼らの存在も、Francescoにとって大きな追い風となっている。「新しい世代の成長は、とてもいい傾向だと思う。彼らが音楽に捧げている大きな情熱の結果だよ。若手はもちろん、Enrico Mantiniのような素晴らしいベテランのプロデューサーもイタリアにはたくさんいて、彼らの多くがまた制作を始めているのもいい兆候だ。レコード事情も、他の国と同じぐらい、どんどん良い方向に向かってきている気がする。ヴァイナルの売上は日に日に伸びているし、新しいレコ屋もできてきたから以前と比べるとディグもしやすくなったね。少し前まではどうしようもない状態だったんだよ」

また、今もイタリアに根差して活動するFrancescoは、現地のテクノ・ミニマルハウスを中軸としたシーンの変遷を肌で感じてきた人物でもある。現在、地元のパーティーの状況は彼にとって喜ばしい変化にあふれているようだ。「イタリアのクラブシーンは今まさに成長中で、面白いパーティーがたくさんある。Anarchy In The Clubでのレジデンシーは、主催者との良いつながりから始まったんだ。いつもサポートしてくれるし、お客さんも最高。イタリア国内でも一番のクラウドかもしれない。パーティーの時は常にスペシャルなヴァイブが流れていて、その一員でいられることがすごく嬉しいよ。あと俺はYAYのパーティーでもレジデント的にやらせてもらっている。もう随分前に彼らがプロジェクトを始めた時、俺は最初のゲストとして呼ばれて、それからはずっと友達だ。ポッドキャストの1番も担当したよ。Sorgente Sonoraとも良い関係だね。感情のやりとりやポジティブなヴァイブス、リスペクトのある場所でプレイすることが俺にとってはすごく大事だからね」
Anarchy In The ClubはローマGOA CLUBを拠点に開催するパーティー。これまでにFrancescoはRaresh 、Spacetravel、Andrew James Gustav、Questらと競演している。Sorgente SonoraはミラノでZipやLibertineクルー、Treatment (Onur Özer + Binh)などを招致しているベニューだ。YAYはミラノ近辺のPonderosa Music Clubを拠点に開催され、dj masda、Vera、Max Vaahsらを招致。レーベルとしても知られRiccardo、Titonton Duvante、Tommy Vicari Jr.といったアーティストの作品をリリースしている。
Francescoは3月24日(金)の表参道Ventでのギグを皮切りに、25日(土)の大阪Sunbowl Bldg、そして31日(金)に韓国Mystikを巡るアジアツアーを敢行する。しかし彼のようなスタイルのDJ/トラックは日本ではまだまだ認知され始めたばかりといった印象だ。しかしヨーロッパでは2010年以降のシーンを象徴するサウンドの一つとして定着しつつある。このギャップについてもやはり現場での体験の有無があると彼は考えているようだ。「説明するのが難しいけど、ヨーロッパはこの手のサウンドに対してオープンだと思うし、DJするチャンスもたくさんあるから、反応を得て、広まるスピードも早いんじゃないかな。もし俺たちがもっと簡単に日本に行けたらこういうスタイルも受け入れてもらえるのかも。とにかく、まずは体験して楽しんでほしいね」。現場に備え、彼のスタイルをうかがい知るためにも、フランクフルト・ベルリン・アムステルダムをベースとするLow Money Music Loveに提供されたFrancescoの最新ミックスを聴いてほしい。スペーシーな感覚を基調としつつ、前半はノンビートとアブストラクトなブレイクビーツを中心に展開。後半は繊細で流麗なディープハウスから没入感あるミニマルまで包括しており、彼が語るところの“ストーリー”が69分の中に凝縮されている。
DJとしての実力を確立しつつあるFrancescoだが、そこに留まらず新たな表現の形も模索している。2017年には自身のレーベルTimelessを始動し、スイスの俊英Les Pointsのシングルを発表。さらにプロデューサーとしても、フランスの実力派Seuilと共作したEP「Bubble」をEkloからリリースしている。「俺がレーベルを始めた理由は色々あるんだけど、そのうちの1つとして、シーンに貢献したいっていう思いがずっとあったっていうこと。レーベルは純粋な情熱の結果であって、リリースは枚数を限定して、売上よりもクオリティを重視していきたい。ハウスとかテクノだとかは関係なく、何年もずっと聴かれ続ける音楽を俺は探している。今後のリリースも、既に何枚かを予定しているよ。楽曲制作も、自分の音楽を進化させていく為に始めることにしたんだ。それにSeuilっていう経験豊かな素晴らしいプロデューサーと一緒に曲を作れるチャンスがあったからね。EPにはポジティブなフィードバックをたくさんもらったし、やってよかったよ。でも今のところは、これまで通りDJとしてレコードディグに力を入れたいと思っている。まあ未来のことは誰にも分からないよね」
しかし彼の音楽にとって、故郷イタリアが重要な地であることは間違いないだろう。改めてイタリアを拠点とする理由を伺うと、このような答えが返ってきた。「そのことはよく聞かれるんだよね。でも実際のところ、ここ数年はイタリアとロンドンを行ったり来たりしてるよ。ロンドンに行くのはいろんな理由で好きだし、仲のいい友達もたくさんいる…それでもイタリアに住み続けている理由は、なにより心の平穏が大切だから。ホームに帰った時に感じる心地よさが、俺にとって重要なんだ」
