Unsound 2015

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  • 木曜日の午後8時半頃、筆者は同僚から一通のテキストメッセージを受信した。「あれはBurialだったのかな?」筆者と彼は、共に13世紀の岩塩鉱山の奥底にある会場にいながらやりとりしており、その環境はこのメッセージそのものよりも強烈であった。その時思った。彼は、筆者が先ほど目撃した(あるいは目撃していないのかもしれない)出来事について、もっと詳しく知っているかもしれないと。約1時間前、DJ Richardによるドローンとアンビエントのウォームアップセットの後、Wieliczkaというその巨大なイベントスペースの中では、2列に並んだ塩の結晶でできたシャンデリア以外の全ての照明が落とされた。その時、誰かがステージ上でパフォーマンスしているようだったが、それが誰なのかは判別できなかった。周りを見渡してみると、室内後方のバルコニーにあった人影が低周波の轟音と外部の騒音に揺れていたが、おそらく照明スタッフだったのだろう。「お、謎のゲストがBurialのトラックをかけている」と、筆者は思った。「待てよ。もう1曲きたか?」そして、推測と対論が瞬く間に広まった。Hyperdubの首領Kode9は、確かに過去に全曲Burialのトラックで構成したセットをプレイしたことがある。そしてレーベルが投稿したツイートを見ると、あの謎のアーティストがKod9だった可能性は否定出来ない。しかし、これは全て手の込んだジョークだったのかもしれない。実際、あれは絶対にBurialだという人も多くいた。主催側は本件に関して固く口を閉ざしており、「ノーコメント」とだけ発表している。 この混乱は、Unsoundの2015年のテーマ、“サプライズ”から生じたものだ。「我々の目的は、フェスティバルのフォーマット、ライブパフォーマンス、そして音楽を見る為に出かけるという概念そのものへの先入観と戯れること」だと、彼らはコメントしていた。ラインナップの3割は事前に発表されず、その内容は音楽パフォーマンスのほか、トークや、ムービーマラソンで上映される映画など、実に多様であった。そして、サプライズアクトがパフォーマンスを終えるごとに、フェスティバル側はFacebookページに彼、あるいは彼女の写真を投稿した。ポーランドの街、クラクフの毎年恒例のフェスティバルUnsoundは、“ホラー”や“ドリーム”など、毎回1つのテーマを掲げている。しかし今年ほど、そういったテーマがフェスティバルでの全ての体験に影響したことは、過去になかったのではないだろうか。 Burial騒動はさておき、Richie Hawtinの出演は、Unsoundが仕掛けた1番の変化球だった。彼は、ナイトタイムのメイン会場であるHotel Forumのセカンドルームで、Romans (Gunnar HaslamとTin Manによるユニット)と、ポーランドのテクノアーティストJacek Sienkiewiczの間に登場した。彼がこのようなこじまりとした環境でプレイする様子を見るのは新鮮であったが、そのプレイ内容は、彼が最近プッシュしている高精細なテックハウスと何ら変わりなかった。また、方向性は全く反対であるが、月曜夜のLawrence Englishの登場も良いサプライズであった。彼は、Manggha(最初の数日間、フェスティバルのメイン会場となった博物館)にいた全員へ床に横たわるように呼びかけ、そこから1時間、広大なアンビエントを披露した。PowellとLorenzo Senniのコラボレーションもまた事前のアナウンスはなく、今回がプロジェクト初披露となった。Powellのダーティーなエレクトロニクスと、Senniの空に舞うようなシンセが融合し、圧倒的なエフェクトを生み出していた。Hotel Forumにおける未発表アクトのうちのもう1つのハイライトはKode9だった。彼はJMEのグライムやDJ Rashadのフットワークを高速でミックスし、その選曲は文句無しであった。"Burial"に続き、Wieliczkaのサプライズヘッドライナーとして登場したKing Midas SoundとFenneszは、テクニック的には素晴らしいパフォーマンスであったものの、オーディエンスの反応はイマイチだった。それよりも盛り上がりを見せたのが、Helmがダンサーを携え、Rotundaフロアで披露したパワフルなセットだ。中には、Helmの深いドローンの音に悶えながら、体を丸めて寝ている人も数人いたのだが。 事前発表なしのセットの他にも、Unsoundは様々なネタを仕掛けていたが、その気風はフェスティバル開催直前になり、サタニズムの助長であるとして非難を受けた。多くの人が注目していたであろうElysia Cramptonというアーティストは、彼女自身による不可解でアカデミックな文章の音読を使用した楽曲を演奏したほか、翌日には「景色、場所(そして)歴史」についてトークを行った。正直に言うと、Unsoundのトークプログラムは、他の多くのフェスティバルのそれと同様、まとまりのないものになるかと思っていた。しかし、Adam Harperが行った、現在急速に進むアンダーグラウンドミュージックのデジタル化についてのレクチャーは、確実なポイントを捉えており、有意義なディスカッションが繰り広げられた。その他にも、ここ最近注目を浴びているニューエイジ・アーティストLaraajiは、Peace Gardenというヨガクラスを開催した。一方でTim Heckerは、Unsoundの為に進めていたEphemeraというマルチセンサープロジェクトを披露。聞いた話によると、彼が行った2回のセッションは、この先忘れることができなさそうな、超鮮烈な視覚体験だったそうだ(筆者はこのパフォーマンスを見逃したことを今も悔やんでいる)。 Hotel Forumでは、オーディオフォームに焦点を当てたプログラムが多く見られた。攻撃的な4つ打ちを生み出す日本人トリオNisennenmondaiと、リズムの奇術師Shackletonは、互いのサウンドの長所を取り、Rabit & Kuedoを凌駕するような最高のパフォーマンスを繰り広げた。素晴らしいライブセットの中で時折Shackleton風のサウンドを鳴らしたJlinは、今回がキャリア初のライブパフォーマンスであり、彼女にとってのヨーロッパデビューでもあった。Colin Selfのヴォーカルとダンスは、ただでさえ素晴らしいHolly Herndonのライブショウのレベルを更に高めた("fuck the NSA, seriously"をはじめとする、Herndonによる政治的な言葉がボーナスポイントだった)。そして、SurgeonとLady GagaのコラボレーターであるStarlightは、飾り気のないタフなテクノを披露した。Unsoundは、これまでにもフレッシュなクラブサウンドを生む多くのアーティストたちにパフォーマンスの場を提供してきたという実績があるが、今年はLexxi、Endgame、Angel-Ho、Nkisiにその順番が回ってきたようだ。LexxiとEndgameが早い時間にプレイしたB2Bセットは、脱構築主義とダンスフロアでの実用性の良いとろこを取ったような内容であったが、Angel-Hoの強烈で狂ったような表現に繋げるには少し難しい部分もあった。同じフロアでは、DJ FirmezaやRP Boo、Uniiqu3といった面々が、力強く、それぞれのローカルサウンドの特色を全面に押し出したセットでオーディエンスを踊らせた。 筆者は過去のUnsoundのイベントレビューでも繰り返し主張してきたが、同フェスティバルの中でもサプライズではない、安定した部分は、フェスを楽しむにあたって大きな役割を果たしている。クラクフの街は、Unsoundのようなイベントを開催するには理想のサイズである(実際筆者は、2ブロック先でHealthが演奏していたノイズロックと、都市工学博物館でのLiturgyのパフォーマンスを見る為、ディナーを途中退席した)。クラウド(おそらく75%は地元ポーランド人だろう)の多くは、温かくオープンマインドな性格。更に、何もかもが安く、Hotel Forumではビール1杯が€1.75(約230円)、タクシー代も数ユーロしかかからない上に、大体美味しい食事もコストパフォーマンス抜群だ。この街だからこそ、Unsoundはリスクを背負うことができ、そしてヨーロッパにおける最高峰の音楽フェスティバルとして成立しているのだろう。 Photo credit: Anna Spysz (All except Rotunda), Camille Blake (Rotunda) このレビューの執筆にはAngus Finlaysonも参加しています。
RA