William Basinski - The Deluge

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  • William Basinskiのほぼ全作品を特徴づけているのは、ロウな音楽要素だ。彼が手掛けた最も有名な作品『The Disintegration Loops』では、テープマシンのリール上で磁気テープがバラバラになっていき、テープに記録された音が歪み、徐々に、そして、完全に消え去っていく。管楽器による音楽のループが何度も再生され、こだましながら崩壊していく。その効果はなんともメランコリーだ。 "The Deluge"も同様のプロセスによる産物だ。Basinskiは80年代にレコーディングしていたピアノの断片をループさせて、そのサウンドを複数に連なるディレイに通している。全体で20分に及ぶ作品を構成するのは、素材のサウンドとエコーによる移ろいやすく繊細なバランスだ。内在するピアノのレコーディングは伝統的なBasinskiと言えるものだ。低品質のテープにより柔和になりくすんだピアノのサウンドは、決して特定の方向性を示すことはなく、幾度となく反復し、その輪郭は澱み、丸みを帯びて朦朧としている。まるで安物のワインで酔っている人のようだ。"The Deluge (The Denouement)"でも同じアイデアが繰り返されており、まずは同様のピアノの断片が、その後、グランドオーケストラのサンプルが用いられている。そのすべてを支える低域ドローンは、6分間を丸々費やしてオーケストラを制圧した後、ゆっくりと朽ちていく。 このような音楽が持つ力は、どのようなコンテクストで聞かれるかに完全に依存している。その力は、Basinskiの全作品と同様、ムードを静かに刺激しながら、リスナーの意識を自由に漂わせている。「The Deluge」は深夜の作品といった印象だ。それは、他のことに思いを巡らせている間に、颯爽と知覚を出入りする作品である。 Basinskiがこのピアノレコーディングを用いるのは今回が初めてのことではない。"The Deluge"は同様の手法により40分バージョンに仕上げた『Cascade』の付随作なのだ。今回、最後のトラックとして同作の10分バージョンが収録されている。2009年の作品『92982』にも同じレコーディングが登場している。ある意味、この点はBasinski作品に対するプロセスの重要性を照らし出している。つまり、彼にとって、素材の扱い方に比べれば、素材の鮮度は常に二の次なのだ。このシンプルなピアノは、配線とテープヘッドを通過するたびに新しいものへ変化し、絶え間なく再構成され得るだろう。 しかし、核心となるのは、アーティストが最も成功を収めた試みを繰り返すことが個性的なプロセスとなる時だ。『The Deluge』は華麗で物悲しく、適切なコンテストで聞かれれば、優美にもなる。本作はBasinskiのカタログにさらなる何かを加える訳ではない。しかしながら、変化することが核心であるとも思えない。
  • Tracklist
      A1 The Deluge B1 The Deluge (Denouement) B2 Cascade
RA