MixGenius - Landr

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  • コンピューターは我々の音楽制作の中心に位置している。それに伴ってプロデューサーたちに課せられるタスクも多種多様になってきており、音楽制作にはプログラミング、エンジニアリング、ミキシングが徐々に含まれるようになってきている。また、そこにマスタリングも含める勇気ある人たちもいるだろう。しかし、最後の仕上げであるマスタリングは神秘性を伴った作業として考えられており、大抵の場合、プロデューサーが自分たちで行う作業はミキシングまでだ。 我々の多くはマスタリングを必要不可欠な最後の作業として考えているが、これには複数の理由が存在する。第一に音源に対する過度の慣れを取り払うためのフレッシュでハイレベルな耳が常に必要になるという点。 第二に優れたトラックを制作するためのテクニックよりも高度な、サウンド自体に対する技術的な理解力が必要だという点が挙げられる。プロデューサーたちはマスタリング直前の音源をラジオやライブで映えるような形に整える必要があることを認知しているが、そのサウンドを手に入れるために具体的に何が必要なのかは理解していない。そして最後に、我々が自分でマスタリングすると、サウンドを向上させる代わりに台無しにしてしまうという苦手意識のようなものが存在しているという点もある。マスタリングエンジニアが使用するマルチバンドコンプレッサー、ラウドネスマキシマイザー、ステレオエンハンサーなどの機材は、自分たちが親しんできた機材とは違う場合があるため、自分に対する疑念が生じてしまうのだ。 大抵の人にとって、プロレベルのマスタリングが行われたトラックを用意できるかできないかは基本的には経済的な問題だ。とはいえ、最近は低価格化が進んでおり、更にマスタリングスタジオがオンラインサービスを提供しているため、スピーディーなマスタリングも可能になっている。このようなサービスでは基本的に人間がトラックを受け取り、人間の手によってマスタリングが行われているが、Landrにはこれをすべて変えてしまう可能性が秘められている。このオンラインマスタリングソリューションは、素晴らしいマスタリングを提供してくれるが、その作業には人間が関わっておらず、その代わりに優秀なソフトウェアアルゴリズムが起用されている。果たしてコンピュータープログラムが満足のいくマスタリングを提供できるのだろうか? Landrはカナダの企業MixGeniusが開発したサービスで、そのマスタリングアルゴリズムは大学での研究と、Landrの性能を調整してきたトップレベルのプロエンジニアたちの協力によって生まれた。Landrには現在4種類のサービスが用意されており、自分の必要に応じて選択することが可能だ。Amateur(無料)ではMP3(192kbps)が曲数無制限でマスタリング可能となっている。尚、MP3(192kbps)は他の有料サービスでも作成可能だ。Proは月額9ドルで非圧縮WAV4曲まで、そしてPro Unlimitedは月額19ドルで非圧縮WAVを曲数無制限でマスタリング可能となっている。 Landrを使用するには、まずマスタリング前のファイルをアップロードする必要がある。尚、ページ上には、例えばコンプレッサーを外す、または適度にヘッドルームを残すなど、最高の結果を導き出すためにどのような準備が必要なのかについて適切なアドバイスが表示されている。その後、同ページ上でマスタリングしたいファイルをドラッグ&ドロップするか、ファイルを指定する。アップロード中は進捗状況が表示され、アップロードが完了すると、次はマスタリングの進捗状況が表示される。この一連の作業は1分程で完了する。その後画面が切り替わり、オリジナルとマスタリング済のファイルが交互にプレビューされる。この時点で我々が唯一調整できるのはIntensityという機能で、Low/Medium/Highから選択することが可能となっている。実際に操作してみると、Intensityとはラウドネスマキシマイザーのアウトプットのコントロールに相当し、Highに設定すれば、明らかにLowよりも潰されたサウンドに仕上がる。尚、この時点でLow/Med/Highのいずれかをクリックして切り替えれば、それぞれのサウンドをプレビューすることが可能だ。そして最後にSendまたはSaveボタンを押せば、登録したメールアドレスにマスタリングファイル用のリンクが届く。 勿論、肝心のサウンドが良くなければ以上の作業は全く意味がない訳だが、試しにダイナミックレンジが広く、サビに向かって低域と高域がブーストし、 周波数帯域が広がっていくポップスのミックスをアップロードしてみると、Landrはこのトラックの特徴を非常に上手に捉え、サビに向かう部分も問題なく処理したバランスの良いマスターを仕上げてくれた。個人的には、もう少し高域に強さが欲しかったが、これはあくまで個人的な好みで、Landrでマスタリングをすると高域が削られるという意味ではない。次に、ピアノとストリング・オーケストラによるインストをアップロードしてみると、非常にデリケートな楽曲にも関わらず、低域を強調しすぎて高域を飲み込んでしまうこともなく、見事にこの曲のダイナミクスを捉えたマスターを仕上げてくれた。続いて、ワイドなステレオイメージとディープな奥行きのよりミニマルなトラックもアップロードしたが、このトラックではIntensityをHighにすると、リバーブのテール部がやや消えてしまう印象を持った。これは自分自身で大雑把なマスタリングを行った時にも問題となった部分であり、このトラックのようなワイド感とスペース感を維持するためにはより細かな設定をする必要がある。しかし、Landrは様々なタイプの楽曲に対し、短時間で納得のいくマスターを提供しており、十分な結果を残したと言える。 Landrの登場がマスタリングエンジニアの死を意味しているのかというと、答えはノーで、Landrが標準レベルのマスタリングを提供してくれているのかというと、答えはイエスだ。しかし、他の自動化された作業と同じで、Landrは個々のニーズに対する具体的な要求には対応できない。その意味でプロのマスタリングエンジニアたちには生き残る道が残されている。マスタリングされていないトラックを2人のマスタリングエンジニアに送れば、2タイプのマスターが手に入る。両トラックの差は僅かかも知れないが、そこには確かな違いがある。一方で同じトラックをLandrに2回アップロードしても、出てくる結果は同じだ。「同じファイルが送られてくれば疑念がなくなり、これが究極のマスターだと思える。これがLandrのアドバンテージだ」と言う人がいるかもしれないが、筆者はその意見には賛成出来ない。プロと一緒に仕事をすれば、彼らの誇る豊かな経験を役立てることができる。つまりマスタリングエンジニアの優れた耳には価値があるのだ。ただし、Landrを過小評価したい訳ではない。LandrはLandrで素晴らしいマスターを提供してくれる。その技術力は素晴らしく、ブラインドテストでもプロのマスタリングエンジニアが仕上げたトラックと互角に渡り合う結果を出している。 結局、Landrに関しては、自分の楽曲制作の最終段階でiZotope Ozoneのようなマスタリング用プラグインのプリセットを使用するかどうかが分岐点になるだろう。もしOzoneのプリセットを使用しているのであれば、代わりにLandrを試してみると良いだろう。99%の確立でOzoneのプリセットよりも良いサウンドが得られるはずだ。しかし、Ozoneの操作に詳しく、細かな設定を自分で行える場合や、自分の作品を担当してくれるマスタリングエンジニアを抱えている場合は、Landrに任せようと思うようにはならないだろう。ただし、192kbpsのMP3への変換は無料なので、試さない理由はない。 Ratings: Ease of use: 5/5 Cost: 5/5 Sound: 4/5 Versatility: 1.5/5
RA