Daft Punk - Random Access Memories

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  • iTunesでこの『Random Access Memories』が先行試聴公開されていたことを、僕はその12時間後に知った。そのストリーミングが開始された時点では、僕は仕事から家に戻る途中で、しかも家に帰ったらすぐに出張のための荷造りをしなきゃならなかった。次の日の朝、目的地に飛行機で到着して、同行者から昨夜のTwitterでの『Random Access Memories』を巡る話題騒然ぶりについて意見を求められてようやく僕は気付いた。つまり、このDaft Punkのニュー・アルバムが昨今稀に見る巧妙なハイプ・キャンペーンによる架空の存在ではなく、しっかりとこの世界に実在する音楽なんだってことを。 多くの人と同じように、僕もこのアルバムを聴くことに対し興奮していた。けれど、僕自身はパーティに出遅れたような気分を感じていたのも確かだ。とはいえ、正常な判断が出来る人なら2、3度アルバムを聴き通しただけでもその人自身の意見というものはすっかり固まってしまうのだけど。ようやく僕が『Random Access Memories』を聴いて率直に感じたのは、このハイスピードで物事が進行する21世紀の時間感覚においてさえ、Thomas BangalterとGuy-Manuel de Homem-Christoは聴き手が理解に困って頭を抱えてしまうようなものを作ろうとはしていない、ということだ。 今年、僕たちはたくさんのアーティストたちがポップ・ミュージックのレコードを再定義しようとするさまを見てきた。The Knifeは『Shaking The Habitual』で20分のアンビエント・ドゥーム・スケープを展開し、James Blakeは『Overgrown』で過度にフリークアウトしたベースを落とし込み、Atom TMの『HD』にいたってはポップ・ミュージックに対して徹底的に断絶したうえでポップ・ミュージックの存在そのものに痛烈な異議を唱えてみせた。そんななかにあって、『Random Access Memories』は非常にコンサバティブな印象なのだが、そのコンサバティブさゆえのラディカルさを感じさせるのだ。70年代的な要素、つまりカリフォルニア調の乾いた手触りの録音や、Chicで知られるNile Rogers(今回のゲスト・アーティストのなかでも最もキーとなる人物だ)を交えたニューヨーク・ディスコ的な洗練など、このアルバムは今ではすっかり古典的となってしまった手法を基盤として作られている。ここにはアイロニー(皮肉)もなければドラッギーさもなく、崇高な感覚さえもない。Daft Punkはただ誰も出来ない/誰もやろうとしないやり方でこのアルバムを作り上げたのだ。今の時代のスピード云々は忘れて、ただこのアルバムをでかいスピーカーに突っ込んで鳴らせば瑣末な考えは彼方へとすっかり押し流されていく。 良質なシステムでひとたびこのアルバムを聴くと、それはもう素晴らしいのひとことだ。渦を巻いて尋常ではないヘヴィーさをもって鳴らされるギター・スタブは1、2度聴くだけでも震え上がってしまうほどだが、たとえ5回聴いたとしてもその強烈さは依然として薄れないだろう。そこから続く不安定かつスムーズなソフトロック調バラードも、その巧妙に作り込まれたステレオ空間の素晴らしさには1日中でも浸り続けることができる。Giorgio Moroderがそのキャリア初期の経験を語るパートにしても、最初は聴き流してしまうだろうが、2分経ってイタロ調のグルーヴが現れるとこの曲はDaft Punk史上最も楽しいチューンになる。不可解なほどに痛快さを持ち合わせていたシングル"Get Lucky"を別にすれば、アルバム中には純粋にキャッチーと呼べる曲は1つだけしかない。それはPanda Bearが唄うメロディが実に印象的な"Doin' It Right"だ。か細く脆いアレンジメントが、曲が進むごとに強固かつ深みを増していくあたりもこの曲調にぴったりと合っている。 このアルバムの良い点に注意を向けていくことは、同時に不完全な点にも目を向けることになる。"Giorgio By Moroder"は強烈で壮大だが、どことなくぼんやりもしていて若干エディットを加えたほうがよかったのではないかとも思える。リムショットや煌めくフェンダー・ローズ、哀愁に満ちたメロディに彩られた"Within"は芒洋としたバラードのようでいまひとつ呑み込めない。また、"Motherboard"についても僕自身はこれが純粋なアンセムなのか、はたまたイタリアにありがちなB級エロティック・ヴァンパイア・ムービーの音楽をコラージュしたものなのか判断がつきかねている。まあ、このどちらかに定義づけなければならないということもないのだが。『Homework』『Discovery』といったDaft Punkのアルバムは、過去10年以上も聴かれ続けている正真正銘のクラシック作だ。この『Random Access Memories』もそうしたクラシックになると断言するにはまだ尚早だろうが、少なくともこれから何年もかけてじっくり僕らを楽しませてくれるアルバムであることは確かだ。
  • Tracklist
      01. Give Life Back to Music feat. Nile Rodgers 02. The Game of Love 03. Giorgio by Moroder 04. Within 05. Instant Crush feat Julian Casablancas 06. Lose Yourself to Dance feat. Pharrell Williams & Nile Rodgers 07. Touch feat. Paul Williams 08. Get Lucky feat. Pharrell Williams & Nile Rodgers 09. Beyond 10. Motherboard 11. Fragments of Time feat. Todd Edwards 12. Doin' It Right feat. Panda Bear 13. Contact
RA