Francis Harris - Leland

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  • Francis Harrisはこのアルバム『Leland』の制作を開始した当初は彼のAdultnapper名義での作品と同様のクラブトラックを集めたアルバムにするつもりだったとのことだ。もともとはSteve BugのPoker Flatからのリリースを予定していたが、彼の父親の健康状態が急激に悪化の一途をたどり、ついには2010年2月に父親はこの世を去ってしまった。「それがきっかけになって、この作品はまったくちがうものになっていった」HarrisはMagnetic Magazineのインタビューでこう語る。「もはや、Poker Flatからリリースできるようなタイプの作品ではなくなってしまったんだ。そういう、クラブトラック中心の作品ではないんだ。」 Adultnapper名義でのHarrisの作風は、平均的なテクノ・プロデューサーに比べてもより祝祭的な要素が強かったといってよく、そのすべての要素がダンスフロアを主眼に置いていたはずだ。それと同時に、2007年に彼がリリースした『Tewa』を振り返ってみると、Adultnapperスタイルそのものというべきタイトに編み上げられたパーカッションや強固なドラムの一方で、彼はある種のメランコリックなサウンドスケープを盛り込んでもいた。この『Leland』はそのメランコリックさをより明確に昇華させた作品だと言ってよいだろう。 Adultnapper名義ではなく、本名のもとにプロデュースされたこの作品はこれまで彼が手掛けた作品のなかでも最もオーガニックで、おそらくはもっとも誠実さに満たされた1枚である。そして、先述の理由により彼の作品のなかでも最も哀しさに満たされた作品でもある。このアルバムを最初に聴いたとき、私はその背景を知らぬままに聴いていたのだが、もしその背景を知らずに聴いたとしてもこのアルバムに漂う哀しさの感情には誰もが気付くはずだ。そう、このアルバムのすべてのトラックに通底しているのは哀しみなのだ。それは、他のプロデューサーと共に手掛けたコラボレーション作にも影響している。Greg Paulusが吹くトランペットは傷心をかき立て、Emil Eabramyanによる美しいチェロは風のなかに漂う灰のようになって空間へ溶けていく。デンマーク人のシンガー、Gry Bagoienはいくつかのトラックでそのデリケートで心の琴線を揺らがせるようなヴォーカルを披露している。そんななか、際立った形でそのエモーショナルな響きを醸し出しているのは他の誰でもないHarris自身のプロダクションだ。 そのエモーショナルさは、インストゥルメンタルの作品でより浮き彫りになっているようだ。"Pensum"やタイトルトラックでもある"Leland"はまさに象徴的であると言え、じわじわと時間をかけて紡ぎ出されるような美しさに満ちながら繊細に重ねられたパーカッションや温かなストリングスはどこまでも柔らかく繊細に響いていく。個人的に屈指の仕上がりだと思うのは"Living Lips"というトラックで、いわゆるクラブトラックっぽさと穏やかなピアノやチェロが織りなすヴェルベットのカーペットのような優美さが不可分に共存している。"Lost Found"もまた出色の仕上がりで、バウンシーでメタリックなシンセ・ラインとGry Bagoienによる囁くようなヴォーカルがアップビートな感覚と沈鬱さのあいだを繋ぎ合わせてじつに小気味よいトラックに仕上がっている。それでもやはり全体を覆うトーンは逃れようもないほどシリアスなもので、そこから浮かび上がる心象風景は低い灰色の空の下、露に濡れた丘をどこまでもひたすら進んでいくような光景だ。 この作品は、いわゆる「ハウスとテクノの境界線を横断するような」アルバムではない。しかし、その明確なシンプルさがこのアルバムの特徴であることは疑いようもない。Harris自身の人生に起こったごく個人的な体験を背景にした作品でありながらも、非常に親しみやすさのある作品でもある。今年リリースされたエレクトロニック・ミュージックのアルバムのなかでも、これほど飾り気のない、誠実で親しみやすい作品は稀有だと言っていいだろう。
RA