Elgato - Zone

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  • 結論から言ってしまって申し訳ないが、このElgatoによる"Zone"というトラックではほとんどなにも起こらない。いや、少なくとも従来の音楽の展開における基準に照らして言えばそうとしか捉えられない。このトラックにはコードやメロディ、ヴァース、コーラス、ブリッジといった構成要素がまったく存在していない。そこにあるのは2つの単音がすべてなのだが、たったそれだけの要素から生み出されるサウンドは衝撃的かつ凶暴で、それらは怒り狂ったフィルターやピッチ変化によって病的なまでにロウなグルーヴを生み出し、たった2つの単音だけで構成されているとはにわかに信じ難いほどだ。この2つの単音の他に鳴っているのは、ランダムに鳴らされる機会仕掛けの小鳥たちのさえずりのような数種のノイズぐらいなものだ。ヴォイスもあるにはあるのだが、ビット・クラッシュによって粗く擦り潰されたそれはほとんど断片のみにまで加工され、おそらく"Feel"というヴォイスなのだろうが、それが各小節ごとにリピートされる。きっちりとミニマルに設計された、まったくスウィング感のないグルーヴは4分/8分/16分で分割されている。そこにはフックというべき瞬間はなく、転換点やクライマックス、起承転結などといったものも存在しない。ただひたすらに身の毛もよだつようなベースラインがのたうちまわり、息苦しいほどの上昇感が続くだけだ。まるで時空が歪められるような感覚さえ抱かせる中、エフェクトのおかげでようやくライドシンバルの存在に気付かされる。 "Zone"を語られざるストーリーへのイントロダクションとするならば、"Luv Zombie"は緊張と解放のあいだで呻吟するじれったいインタープレイとも捉えられるだろう。"I'm addicted"と囁く女性ヴォイスがループされたこのトラックでは、濁った不規則なコードがグルーヴを延々と引っ張っていく。そのヴォイスは延々と口ごもったように繰り返されながら、42小節を経たのちにようやく"… to you."と締めくくる。そのヴォイスの熱っぽさと、その下で鳴らされるトラックにおける氷のような冷徹さには明らかな断絶があり、その冷たさはまさしく極低温級だ。このトラックではややダンスフロアーを明確に志向する意図が感じられ、スナップとシンコペーションが効いたスネアとディープな808がアクセントとなっている。とはいえ、やはりというべきか、ある種無限にも近い時間の概念をグルーヴの中に落とし込もうとする彼の意図ははっきりと透けて見えてくる。3分もするとその切ない女性ヴォイスはあっさりと消え去り、そこからはさらに長く続くトラック後半部での延々と続く興奮はその冒頭のインパクトさえ薄れさせてしまう。
RA