Clark - Iradelphic

  • Share
  • すっかり斜陽となりつつある過激なIDMスタイルをどうアップデートするべきか?Clarkは2006年の素晴らしくも圧倒的な作品『Turning Dragon』以来、この命題に対しひたすら格闘してきた。そして2012年における彼の返答は、90年代中期を思わせるダウンテンポ作品だ。なんとも奇妙にも思えるが、その意外さこそChris Clarkがこの6枚目のアルバムで狙ったものであるはずだ。あたかもPlanet MuやHyperdubを思わせる幻覚的な要素を含んだ、大胆なまでのノスタルジック性を持つ作品だ。セピア調の色彩を醸し出すこの作品は、彼にとってキャリア史上最も一貫性のある作品であると同時に、皮肉にも最も興味をそそられない作品でもある。 ファーストシングルであった"Com Touch"は芒洋かつ歪んだ印象であったにせよ、この『Iradelphic』における彼の技巧が堂々とした鮮やかなものである事実は間違いない。問題は、単純にその内容がひどくつまらないということだ。聴いたことのないような新しいものはなにひとつないし、ただ使い古されたアイデアが援用してあるだけで温故知新的な要素もまったくない。"Tooth Moves"のようなトラックではパーカッシブに展開し、3部構成となっている"The Pining"ではアルバム全体がにわかに活気づいたりもするのだが、それでもやはりすべてが古臭いという印象は否めない。チョップされたドラム・ブレイクも、生ぬるいアシッドジャズ調の生楽器サンプルも、時代遅れのカクテルを無理矢理新鮮に見せているようにしか感じられない。レトロなダウンテンポ・ヴァイブをさらに強調するつもりなのだろうが、ClarkはこのアルバムでかつてのTrickyのパートナーとしても知られるMartina-Topley Birdをいくつかの楽曲でヴォーカルに起用している。彼女の素っ気ないヴォーカル(皮肉にもこのアルバムにはおあつらえ向きだが)はアルバムの中でもまったく活かされておらず、トリビュートが転じて単なるイミテーションになってしまった・・・といった具合だ。 トリップホップ調やアシッドジャズ調以外にも、彼は生楽器のサンプルにも取り組んでおり、"Henderson Wrench"ではギターが火花のように飛び散ったりもしている。しかし、その感触はInstagram調のお手軽フィルターで台無しだ。Instagram同様、最初の少しの間だけは興味深いものに思えるかもしれないが、所詮そのギミックは薄っぺらいものなのですぐに飽きられてしまう。リスナーたちはClarkがこのアルバムで一体何をやろうとしているのか理解に苦しみ、ただ頭を掻きむしるだけだ。 たしかに、このアルバムはこれまでのClarkの長いキャリア中ある意味最も親しみやすい作品といえるだろう。しかし、これまでの彼の作品で聴かれた強迫神経症的な要素をわかりやすいものに置き換え、それまでのイレギュラーで複雑な質感を滑らかなものにしてしまったことで、いとも予定調和的なテンプレートにはまりこんでしまった。おそらく、ここ数年の間、Clarkは新たな機軸を打ち出そうと藁をも掴む思いで努力しているのだと思う。そう言う意味では、前作の『Totems Flare』は未成熟ではあったとはいえ少なくとも努力の痕跡が見られたし、それは良い方向に作用していたと思う。皮肉なことだが、心地よさと退屈は表裏一体なのだ。
RA