ことヒプノティックなテクノに関しては、目下イタリア人と肩を並べる者はいない。イタリアと言えばDonato Dozzyのようなアーティストの成功により、恍惚感と浮遊感に溢れるクラブミュージックを世に送り出すことで知られる国だ。現在そうしたトリッピーなクラブサウンドを牽引しているレーベルの1つにM_REC LTDがある。Max MことMax Magriniが2009年にミラノで設立したレーベルだが、実は所属するアーティストはイタリア以外の国からやってきていることがほとんどだ。その範囲はフィンランド（Samuli Kemppi、Juho Kahilainen）、ウクライナ（Stanislav Tolkachev）、ギリシャ（Sawf）、イギリス（Forward Strategy Group、Truss)、アメリカ（Donor、Allen）と世界中の国々に及んでいる。国は違えど、彼らはみな、Magriniが2009年から脈々と築き上げてきた「タイトかつスムーズでハマれる音楽」という点で繋がり合っている。また、多くのテクノの良作がそうであるように、M_REC LTDの音楽においてもパーティーフレンドリーでありながら知的なサウンドが展開されており、彼らのレコードがトップDJのチョイスとなるのも至極当然のことだ。

Max Magrini

M_REC LTDはMargriniが手掛けた2つ目のレーベルにあたる。彼が最初に立ち上げたM_Recは2009年から2011年までにデジタルでシングルをリリースしたのみで短命に終わっている。M_REC LTDも同じく2009年にスタートしているが、2つのレーベルの違いは至ってシンプルで、M_Recはデジタル限定なのに対して、M_REC LTDはデジタルとヴァイナル両方をリリースするというもの。これまで20を超えるアーティストがM_REC LTDからリリースしているが、その多くは、Magriniからアーティストにアプローチをかけてリリースを依頼して実現したものだ。多くのアーティストを抱えながらも、一貫したサウンドがM_REC LTDにあるのは彼のこうした姿勢があるからなのだ。

この一貫性の礎が確立されたのはJeroen Searchの「Segments」を発表した時のことだ。このEP自体は他のM_REC LTD作品と比べるとアップビートでバウンシーな内容ではあったが、後にMagriniが何年もかけて拡張し磨き上げていくスタイルの兆候が表れていた。以降、M_REC LTDは明瞭で、なおかつ機能的、そして時に荒々しい一面を持ち合わせるサウンドを展開し続け、多種多様なテクノDJから愛されるレーベルへと成長した。そのカタログの中からどれか1つ選べと言われると困るのだが、2014年にCoefficientが発表したしなやかに躍動する”Blood Red”、Stanislav Tolkachevによる生々しい感情を内包した”Don’t Shit On Yout Own Doorstep”、もしくはアナログなスウィング感が堪らないSamuli Kemppiの2013年作”Extragalactic”も捨て置けない。

M_REC LTDのカタログの多くはフロアに向けて制作されているが、Magriniが2012年に立ち上げた『Grey Series』では、よりレフトフィールドな方向性を切り開いている。Juho KahilainenのEPで始まったこのシリーズはこれまでに9人のアーティストをフィーチャーしているが、面白いのは、MagriniはKahilainenから受け取ったトラックを耳にするまでこのシリーズを始めようと全く思っていなかったことだ。「彼のデモはM_REC LTDのフロア志向のサウンドにはフィットしなかった」とMagriniは語る。「Juhoのレコードを出すために新シリーズを始めることにしたんだ。彼が『Grey Series』から出したトラックは俺の感情をすごく揺さぶったよ。メインでやっているサウンドよりもスローでダーク、それにもっとインダストリアルなサウンドだった。特定のスタイルではない音楽だったんだよ」

『Grey Series』の中で一番知られているのはStanislav Tolkavhevが制作した「Depth Of Light」だろう。テクノシーンで最も面白い存在であるTolkavhevの作品をリリースすることはM_REC LTDにとってキーポイントとなっている。彼のミニマルサウンドはレーベルの他の作品に比べて際どい内容であるものの、そこから感じられる特異なサイファイ志向はレーベルの音楽性に沿うものだと言える。またTolkavhevの音楽は所謂ダンスフロア向けのセットに組み込むのに相応しいわけではないが、だからこそ『Grey Series』でリリースされることに意味があるのだろう。「Stanislavは面白いやつだよ」とMagriniが話す。「彼の音楽はDJでプレイ出来る代物じゃないときもあるけど、俺は好きなんだよな。彼が住んでいる国は多くの問題を抱えていて、そのことを彼のトラックは反映しているんだと思う。彼の次回作は今年リリースされる予定だよ。前回のリリースと似ていて、パキッとした音なのにアナログ感もあって、すごく面白いよ。決して分かりやすい音楽ではないね」

Fヒプノティックなテクノをリリースするレーベルにとって、キーとなるのは一貫性だろう。総じて言えば、この手のサウンドはDJセットというコンテクストで最も機能し、そうしたDJセットではダンスミュージックの中でもより直線的で着々とグルーヴを構築していくトラックが求められるからだ。フックを排除した、分かりやすい、インパクトを持たないタイプのテクノがFacebookでシェアされたり、多くのクラブでプレイされたりすることは滅多に無い。そのため、こうしたテクノが「あ、この曲知ってる」と聞き馴染みのあるトラックがかかるのを望むオーディエンスの心を捉えることはなく、むしろフォロワーを獲得するには相当な時間を要することになる。それ故、レーベルにとって定期的なリリーススケジュールを組むことが重要になってくるし、クリエイティブな才能だけではなく、しっかりとレーベルの運営を管理するということも成功に必要な要素となる。レーベルを運営している人は、よく彼らと同じビジョンを持つアーティストと仕事をして、レーベルのサウンドを磨き上げていくことを重要視しているが、これはまさにMagriniによるM_REC LTDの運営に当てはまる。しかし、最近ではそうした運営がますます難しくなってきているようだ。

テクノレーベルを運営することはもはや数年前とは異なってきている。ヴァイナル市場の急騰により、実際にヴァイナルをリリースする人々は多くの問題に直面する事態に陥っているのだ。ジャーナリスト、音楽ファン、コレクターなど、外部からこの状況を眺めている人は一般層が市場に戻ってきたことを歓迎しているが、シーンの現場で活動する人は難しい立場に置かれている。ヴァイナルのプレス工場にはプレス出来る量に限界があり、大小のレーベルが自分の音楽をヴァイナルにしようと工場を巡って取り合いになる事態に発展しているのだ。結果、プレス予定に遅延が発生することが定常化し、遅延の時間もますます長くなってしまっている。そして小規模のハウス/テクノレーベルはその影響を最も受けやすい立場にあるというわけだ。ヴァイナル人気の再燃におけるこうした負の一面が頻繁に議論されることはないが、ゆっくりとではあるが人々に知られるようになってきている（The Guadianは最近”Vinyl's difficult comeback”と題した記事を掲載した）。

ヨーロッパでヴァイナルをプレスするという行為がますます予測不可能な性格を帯びるようになった状況に対してMagriniは1つの回答を出した。それは1つ1つの業務にさらに深く関わっていくことだ。ヴァイナルレーベルを運営する多くの人々と同様、彼もディストリビューターや様々なレーベル業務に関わる取引先に仕事を任せきりにするのではなく、全ての制作過程に携わるようになっていった。この献身的な姿勢は彼が望むペース（大体1カ月に1枚をリリースするペース）で業務を進めていくには必要不可欠だが、それでもやはり状況は厳しいようだ。「ヨーロッパにあるプレス工場はどこも古いプレス機を使っている」と彼は語る。「古い機械だと行程が長くなってしまうんだ。昔は3、4週間あればレコードをプレスすることが出来たんだけど、今じゃ多くのレーベルがプレスするようになって8、9週間はかかってしまう」

どれだけ多くのことがレーベル運営に求められているのか、それを知るにはMagriniがどれだけ早い段階からレーベルのリリーススケジュールを立てているのかを聞くと良い。M_REC LTDは既に2015年に10枚のタイトルをリリースする予定を立てている。しかも何カ月も前からほぼ全ての音源のマスタリングが終了し、プレス工場に送る準備も整っている、という状態だ。しかし、リリーススケジュールを立てるということは単純にアーティストと契約を交わし、日取りを決める、ということだけではない。プレス工場で頻繁に発生する遅延を考慮に入れて計画を立てなければならないのだ。この問題を打破するため、Magriniはプレスの仕上がり日と、実際に店頭でレコードを発売する日の間に、十分な感覚を取っている。しかし、このように制作行程に直接関わることをしなければ計画を立てるのは難しくなってしまう。それはMagriniがオランダの人気ディストリビューターTriple Visionと仕事をしていた時に体験したことだ。「以前はレーベルに何が起きているのか知る由も無かった」と彼は語る。「ディストリビューターは1月にレコードが出るって言うだけで、それ以外のことは何も教えてくれないんだ」

しかし、M_REC LTDのディストリビューショターを小規模で運営している712に変えてからというもの、事態は好転した。712は2013年の11月にベルリンに立ち上げられたディストリビューターだ。Magriniは712に信頼を寄せている。というのも、712はMagriniの友人であるAlessio Armeniによって設立されているだけでなく、M_REC LTDに関して多くのことを自分の手でコントロールすることが出来るようになっているからだ。「712は真のアンダーグラウンドディストリビューターだ」とMagriniが語る。「他と比べて小規模だから、フォーカスするものが少なくて済むんだ。さらにレコード屋やDJたちと直接関係を築いているのが素晴らしいね。彼らと働いていると、全ての物事がハッキリと分かるんだ。レコードがどの店で何枚売れているのか、ということが正確に分かるんだよ。Tripe Visionも良かったけど、俺はもっと密な関係がある方が好きだね」

Magriniとテクノ、そしてヴァイナルとの関係が最初に生まれたのは1991年に行われたUnderground Resistanceのコンサートだった。URが繰り出す魔法のようなレイヴ体験の虜となった彼は、その翌日の月曜日には地元ローマのレコード店Remixに向かっていた。「店にあるUnderground Resistanceのレコードを全部出してくれってオーナーに言ったよ」と彼は笑う。「あの日から全てが始まったんだ」。

このRemixは非常に重要な場所であり、この店だけでも特集記事に値する。イタリアの著名なテクノプロデューサーや、所謂イタリアンサウンドと呼ばれる音楽は、大抵この店の黄金期にまで遡ることが出来る。当時のRemixのオーナーSandro NasonteはElettoronica Romanaというレーベルを設立している。そう、Donato Dozzy、Giorgio Gigli、Dino Sabatiniといった後の重鎮となるアーティストのデビュー作をリリースした重要テクノレーベルだ。712のArmeniも元はRemixの共同オーナーであり、Elettronica Romanaの設立者の1人なのだ。それから10年が過ぎた今、ArmeniはM_REC LTDにとって無くてはならない存在だ。「Magriniは一生の友達だ」と高く評価するのはArmeniだ。「音楽で言えば、新たなサウンドに対する彼の意識は非常に鋭くて素晴らしいよ。Magriniは自分が好きで尊敬している有名アーティストの音楽をリリースしているけど、彼が選ぶ音楽はいつも独特なんだ。他にもM_REC LTDからは新しいアーティストの音楽も定期的にリリースしている。それがすごく面白いね」。

2人はヴァイナルを巡る現状について同様の想いを抱いており、レーベル運営者たちの一貫性の無さを指摘している。レーベルを運営する人たちは自分たちの作品をプレスしてもらおうと工場に次々と依頼を出していても、実際に自分たちでレコードを買うことがないなど、全体的な意味でヴァイナル産業をサポートすることをほとんどしていないようだ。「ヴァイナルでリリースしたいと思うのはいいけど」とMagriniが話す。「バイナルでリリースしたいなら、自分たちもヴァイナルをプレイするべきだ」

「今ヴァイナルをやっているレーベルは多くの問題を抱えている」とArmeniは語る。「多くのレーベルは恰好を付けたくてヴァイナルをプレスしたり、見栄えの良い名刺として使いたがったりする。でもそういうレーベルのオーナーはヴァイナルそのものをサポートしているわけではないんだ。ヴァイナルをプレスする人は他の人の作品もヴァイナルで買うべきだ。ヴァイナルを使っていない人がプレスしたヴァイナルを、誰が信頼すると思う？」

ヴァイナルを巡る状況に何が起こったとしても、M_REC LTDは今後も活動を続けていくだろう。レーベルオーナーとして類い稀な綿密さを持つ彼の姿勢がヒプノティックなダンスミュージックに対する見事なセンスと組み合わされた時、M_REC LTDは次世代の名門テクノレーベルとなるのかもしれない。

M_REC LTD LOTM mix
M_REC LTDの代名詞でもあるスペーシーなサウンドに溺れよう。創設者のMax_Mが、Samuli Kemppi、Moerbeck、Coefficientのトラックや、Overall SeverityとNX1による新曲を織り交ぜたミックスを寄せてくれた。

Download: mix

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Filesize: 162.8 MB
Length: 01:07:50

Juho Kahilainen - Interlude
Edanticonf - Movement 4
Tadeo - A Step To The Future
Donor/Truss - Ash 3
Forward Strategy Group - A Marvel
Moerbeck - Arrival Of The Stranger
Coefficient - Blood Red
Allen - MH370
Max_M - 1001A
Fabrizio Lapiana 1003B
Samuli Kemppi - Power Of Voltages
Overall Severity - Rossella
Wrong Assessment - Persecutory Beliefs
Max_M - Architectural Lie
NX1 - MR8