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Amon Tobin:カオス理論
Amon Tobin:カオス理論

11月に開催が迫るelectraglideへの出演を前に、トップDJ/プロデューサーであるAmon TobinのISAMツアー最終目的地LAで、RAが本人と行動を共にした。

Amon TobinはハリウッドにあるStandard Hotelのプールの前で昼寝をしていた。ツアー終盤であること、そして昼寝をしていることを考えれば、さぞ無愛想な挨拶を受けるだろうと思っていたが、蓋を開けてみると実に暖かく私を迎えてくれた。彼のこの態度はブラジル出身、イングランド経由のこのアーティストと私がLAで過ごした日々を簡潔に表現している。彼は非常に誠実でフレンドリーで、その場の空気を一瞬でリラックスしたものに変えてしまう落ち着いた雰囲気を持ち合わせている人物だ。

Tobinは、これまでのキャリアにおける最大のプロジェクトのひとつである、巨大なオーディオ・ビジュアルインスタレーション、ISAMツアーの終盤を迎えている。2度目の大規模なツアーである、このバージョン“2.0”は、ここLAで最終日を迎えるが、Tobinはベテランアーティストであるにも関わらず、意外にもこの最後のショーに不安を感じていることを告白した。ビジネス面もしっかりと考えているアーティストであり、自分とは直接関係がない音楽以外の部分にも関わっているTobinは、チケットセールスが今ひとつであることに不満を感じていたのだ。疲れているように見えた彼だが、疲れきってしまったわけではないようで、「長いツアーだったよ。スタジオに戻るのが待ち遠しいね。しばらく入れてなかったから。ツアーをするのは素晴らしいことだと思うけれど、僕はツアーだけを考えている人間じゃないからね。だからツアーに出る前に生まれたアイディアを具現化してみるのが楽しみだよ」と語った。

また、本人は、「ISAMツアーは通常のツアーよりも簡単だった」とまるで嘯いているように語ると、「準備など全ては前もって終わっていたからね。結局はプリプロダクションと、コンセプトがしっかりあるコンテンツを作ることだけだから。しかも僕は周りのスタッフに恵まれている。僕を支えてくれているんだ」と説明した。ショーのステージ設営/解体、そしてオーディオとビジュアルのハンドリングには毎回10人のスタッフが必要となるが、Tobinは、「(今回のツアーは)経済的な面ではあまり賢いとは言えない」と笑い、「何せ変わった内容だからね。Lady Gagaのような音楽じゃないから。スケールは確かに凄く大きいけれど、特殊な音楽だから、大衆にはアピールできないのさ。だからコストは凄くかかっているけれど、スポンサーの数は多くない。ゼロから組み上げたようなものだよ」と続けた。ちなみにツアー開始時には、このプロジェクトの経費がペイできるまで自分のギャラは受け取らないとしていたTobinだが、今の段階ではきちんと収支が合っているようだ。

このツアーは、経済的にリスキーかどうかはともかく、内容は非常に好意的に受け止められている。しかし、本人はそうなることを確信していたわけではなかったようで、「ダンスフロア向けの音楽というわけではないし、表現方法もライブパフォーマンスとはちょっと違う。非常に刺激的なビジュアルでありながら、見掛け倒しで終わらないようにするにはどうしたら良いのか。このツアーは関わっている全ての人にとって大きな賭けだった」と語った。ISAMは音楽体験というよりは、映画を見ている、または映画館に座っているような感覚を与えるものだ。かつて自身のウェブ上で、「ビジュアルなんてクソ食らえさ。僕たちは有り金を全てサウンドシステムにつぎ込んでいるんだ」とコメントを発表していたTobinにとって、ISAMは180度の方向転換だったというわけだ。



「僕は常に自分を否定している」




「僕は常に自分を否定している」と落ち着いた声でTobinは続けると、「この業界で15年間やってきたけれど、10年前に僕がやろうとしていたことは、良い意味で今僕がやろうとしていることと違っていて欲しい。ダンスフロア向きではないアルバムを作った時、僕は考え方を変えた。それまでは、自分の音楽を使ってDJすれば何とかなっていた。だから僕が今やっていることに対して、君たちは少し矛盾を覚えていると思うけれど、要するに物事は時間と共に変化するということさ。僕は自分で作ることになるとは思わなかった内容のアルバムを作ってしまったから、そのアルバムで自分がどうしていくかを考える必要が生まれた。観客を真っ暗な部屋に入れて、ひたすら音楽を聴かせることもできたけれど、そんなのを誰が喜ぶっていうんだい?僕にとっては別の何かを試すチャンスだったんだ」と説明した。

Amon Tobinというアーティストの作品は、本質的な部分では非常に分かりやすい音楽だ。ジャズ、IDM、ドラムンベースを細かく刻み、それを彼の素晴らしい聴覚を使いながら、サウンドデザインを施し、セクシーなメロディーを組み合わせて磨き込んでいく。しかし、アルバム『ISAM』は、「サウンドデザインのみ」で生み出された作品だ。ほぼ非音楽的なサウンドのみで組み上げられた壮麗で圧倒的なISAMのサウンドは、Tobinのこれまでの作品の中で鈍い光を放つ、最も攻撃的なものと言える。アルバムの中にはヒップホップやダブステップのようなリズムを持つトラックが収録されているが、それは結果としてたまたまそうなったという表現が近い。例えば、鉄を叩き伸ばす音を10倍に拡大したかのようなサウンドを扱えば、結果的に強烈な低音を持つサウンドになるという訳だ。「他人がどう聴くかなんて全く考えなかった。僕はただ自己満足のため、つまりサウンドに対する興味を満たすためだけに音楽を追求していっただけだ」とTobinは説明する。本人は制作時のスタジオのセットアップについて細かく説明することを控えたが、自身でデザインしたサウンドツールやハードウェアとソフトウェアの両方を使いつつ、プログラミングのノウハウを知らない機材の場合は他人にそこを任せながら『ISAM』を制作したとしている。音楽もまたショーと同様、ゼロから組まれたものなのだ。





『ISAM』の制作中に自分が向かっている方向が比較的ダンサブルではないことを認識したTobinは、フロア向けに特化した音楽のアウトプットとして、本人が言うところの「単純に個人的なはけ口」であるTwo Fingersをスタートさせている。この別名義は、Tobinが自分のアルバム群に一貫性がないことを危惧したことに端を発しているが、彼のその感覚は正しい。『Foley Room』のフィールドレコーディングや『ISAM』のメスでデジタル手術を施したような繊細な音楽が、Two Fingersのダブステップ/ドラムンベース的なアプローチの音楽と共に不協和音を生み出すことなく一緒に収まっている姿を想像するのは難しい。

Two Fingersのファーストアルバムは、ヴォーカリストSwayを全面的にフィーチャーした作品だったが、新作『Stunt Rhythms』はTobin個人の作品になっている。本人は、「新しいTwo Fingersのアルバムには2007年、2008年頃のビートが使われている。僕が作って取っておいたものだね。その後ISAMが本格化してきて、たまに戻ってはまた別のトラックを作ってという形だった。とにかく作り続けた」と解説した。『ISAM』で聴ける世界を捻ったかのようなサウンド処理は、明らかに『Stunt Rhythms』に影響を与えている。『ISAM』に収録されている最も獰猛な瞬間が持ち合わせているような力強い怪物のようなパワーで、Tobinのビートが揺れて軋む。それは宇宙空間で鳴り響くダブステップのようにも感じるものだ。しかし、Two Fingersは別に細部まで決めて活動しようとしている訳ではないようで、本人は、「僕はただ機能するものを作っているだけさ。1日の流れの中で生まれるもので、僕の体から外へ出そうとしているだけだ」と説明した。つまり、瞬間的に満足感を得られるような音楽なのだ。

『Stunt Rhythms』に収録されているうなるノコギリ波やカッティングのようなディストーションなどは、アグレッシブなダブステップに非常に似ている。そう思った私がSkrillexとの類似性を指摘すると、Tobinはまるで彼自身の存在を私が否定したかのような目で私を見たが、両者は偶然とは言え、似たようなサウンドを扱っている可能性があることを認めた。しかし、Tobin自身は『Stunt Rhythms』で表現したようなダブステップの大ファンという訳ではない。Tobinは、「僕は今トラップしか聴いてないよ」と冗談めかすと、「それはさておき、僕は沢山の音楽を聴くけれど、未だに作品をベースとして面白いかどうかを判断している。例えばRaffertie、ESKMO、Holy Other、Phaceだね」と好きなミュージシャンについて具体的な名前を挙げていった。Phaceはドイツのドラムンベースのプロデューサーで、Misanthropと共にレーベルNeosignalを運営しているが、彼の音楽は圧倒的なパワーを持つ勢いのあるダンスミュージックとしては、SkrillexよりもTobinの音楽に類似していると言える。またTobinは、荒れ狂うようなテックステップのその破壊的なサウンドがハリウッドにも好まれていることで大きな成功を収めている3人のオランダ人アーティスト、Noisiaへのリスペクトも明らかにした。

Tobinは最近のドラムンベースが「ファッショナブルではない」ことを認めている(Tobinはこの言葉を今回のインタビューを通じて意識的に何回も使っている)が、その未だに衰えない革新性と創造性をリスペクトしているとし、「僕は90年代初頭からドラムンベースのファンだった。シーンの持つ競争心が好きだった。エレクトロニックミュージックで僕が好きだと思う部分は、他のジャンルとは違って今まで聴いたことがないサウンドを生み出して、人々を驚かすことができるという点だ。そして他のプロデューサーにとっては謎のサウンドに聴こえ、彼らは『どうやって作ったんだ?』と不思議に思う。こうしてみんなが常に一歩先を行くことを目指すようになっていく。こういう競争心は、初期ヒップホップにも感じることができた。自分だけのムーブを生みだそうとするB-Boyのシーンのようなね。不可能に思えることを誰かが実現し、それを今度は他の誰かが乗り越えていく。こういう姿勢が今でもドラムンベースのシーンには残っている。懐古主義になったり、ひねくれたり、皮肉っぽくなったりするのではなく、ひたすら未来に向かう音楽を作っていくぞというその精神性を、僕は信じている。今まで存在しなかったものを生み出そうとしているのさ。勿論、そのうち98%は全然良くないけれど、それはどのジャンルでも一緒だろう」と説明した。


Tobin DJing at Low End as Two Fingers
その夜、TobinはFlying LotusやGaslamp Killerなどモダンビートの雄を輩出したことで知られる、LAで毎週行われているパーティー、Low End TheoryにシークレットゲストDJとして出演した。高い精度、度重なるリハーサル、そしてアーティストとオーディエンスの距離感が生まれてしまうツアーを送っているTobinに対し、Low End Theoryは小さな場所でプレイするというレアなチャンスを与えると同時に、よりダンサブルなTwo Fingers名義でのトラックを披露するチャンスもTobinに与えることになった。しかし、Low End Theoryのオーディエンスと彼の音楽はマッチするのだろうか? その疑問に対し、Tobinは確信を持った顔で、「僕は気にしないね。今までそれについて心配したことはない。好きな事をやるだけさ。フロアを盛り上げようとしたら僕は失敗するね」と返答した。そう返したTobinだが、LAのビートシーンはリスペクトしており、実際今回のツアーではLow End TheoryのレギュラーであるPure Filthと共に回っている。

私たちがLow End TheoryのヴェニューであるAirlinerに到着したのは午後11時頃だったが、Airlinerは水曜日の夜の早い時間としてはそれなりの混み方を見せていた。しかしオーディエンスの大半は大学生程度の年齢であり、しかも全員が腕組みをしながら時々頷いているような感じだったため、直前に自分の音楽がオーディエンスと噛み合うかどうかは関係ないと断言していたTobinだが、やや気力を削がれたかのように見えた。しかし、MC NocandoがTobinをシークレットゲストとして紹介すると、オーディエンスは明らかに盛り上がりを見せたように思えた。Tobinはブースに上がると、凶暴なTwo Fingersのトラックをプレイ。勢いづくオーディエンスの緊張感を徐々に解きほぐしていく。そして凶悪なドラムンベースがプレイされる頃には、オーディエンスは驚きの表情と共に喜びの表情も見せるようになっており、踊リ出すまではいかなかったものの、彼らの拳は宙へ突き出されていた。こうしてTobinは簡潔ではあったが激しさに溢れたプレイを終えた。本人はオーディエンスの反応に完全に満足してはいなかったが、ショックを受けたわけでもなかった。というのは、オーディエンスは時に厄介だからだ。また本人は、ファンや友人と自分の間に自虐的な冗談を飛ばしたかのように、「ファッショナブルではない」音楽をプレイしたことを誇りに思っているように見えた。



「僕はエレクトロニックミュージックが
本当の意味で“パフォーマンスライブ”になる
とは考えていない。
エレクトロニックミュージックは
ライブミュージックではない。
結局のところ常に何かをトリガーするだけだ」




それから2日後、私たちはLAの北端のグリフィン・パークの中に存在する緑と崖に囲まれた、巨大で豪華な円形劇場、グリーク・シアターの楽屋に座っていた。Tobinはチケットの売れ行きに関しては数日前ほど心配していなかったが、今度は会場そのものについて、つまり会場が座席だということについて心配しており、Tobinはこのような場所で激しいドラムンベースをアンコールとしてプレイすることの効果に疑問を感じていた。ここでISAMツアーの内包する「映画館」的な感覚に対する疑問、つまり能動的か受動的かという問題が再び表面化してきたのだ。また屋外という点も、Tobinとスタッフが長時間を割いて生み出した低域のサウンドのコントロールを難しくするだろうと危惧された。




Tobinが本番前に私と一緒に座っているのは、彼がショーに先駆けて殆ど全ての作業の準備をあらかじめ終えているからだ。それを知っていた私は、改めてツアーの「ライブ性」に関して質問したい気持ちを抑えることができなかった。ダンスミュージックが商業的に注目を集め始めているということから、その「ライブ」と一般的な「パフォーマンス」の理想形の差が表面化してきており、ダンスミュージックにおける「ライブ性」というテーマは日々大きくなってきている。Tobinはこの点についてしっかりとした意見を持っており、「僕はエレクトロニックミュージックが本当の意味で“パフォーマンスライブ”になるとは考えていない。エレクトロニックミュージックはライブミュージックではない。結局のところ常に何かをトリガーするだけだ。例えば僕はキューブの中でバイオリンを弾いているわけじゃない。バイオリンの音をトリガーしているんだ。これが果たしてライブなのか僕には分からない。僕にとってライブとは、ステージ上で他のミュージシャンとコミュニケーションを取りながら楽器を演奏することだ。これが僕の中でのライブで、僕はライブをやろうとしている訳じゃない。僕はDeadmau5がボタンを押すことについてブログで語った時(エレクトロニックダンスミュージックのライブパフォーマンスはボタンを押しているだけで、スキルも何もない。誰でもできるという趣旨)のことを覚えている。ここで生まれた疑問は、僕たちがやっていることは、みんながあれこれ意見を言えるような“プロダクト”を生み出す作業であるという考えを浮かび上がらせるものだ。例えばシリアルの入った箱を買ったら、その成分が何かを知りたくなる。何故ならそのシリアルは自分がお金を払ったわけだし、中身についてみんな色々意見を言いたいんだ。でも僕はプロダクトを作っている訳じゃない。これはアートだ。嫌なら放っておけばいい。何が箱に入っているかをとやかく言う権利はない。第一誰が知りたいっていうんだ」と答えた。私は、「世間は知りたいでしょう」と言葉を挟んだが、彼は顔をしかめて、「彼らは間抜けで強欲なんだ」と返した。

Tobinが去ると、前座を務めるHoly Otherのスムースでメロディックなサウンドが円形競技場に流れているのが聴こえてきた。Tobinのインスタレーションを覆っている巨大なカーテンの前に置かれたHoly Otherの小さなブースの大きさが、この後に控えているスケールの大きさを示唆している。そしてそのカーテンが落とされると、ISAMの強靭で奇妙なインスタレーションの構造が明らかになり、会場の興奮が明らかに大きくなった。不揃いな無数のキューブが積み重なっているような姿をしているそのインスタレーションは、モダンなプロジェクションマッピングとビジュアルエンジニアリングの放つ驚異であり、基本的にはシンプルな見た目ではあるが、実際に始まると気が遠くなってしまうような複雑な動きを見せる。

ISAMは圧倒的な知覚経験であり、具体的なイメージと印象的なイメージによって構築されている。その巨大な構造は宇宙船を意味しており、ショーにはストーリーが組み込まれているが、それは明確なものではない。Tobinはそのストーリーについて、「別に『戦争と平和』みたいな大作じゃない。基本的には音楽を届けるための乗り物ってところだ。各トラックは個別のイメージやカラースキームを持っている。まず宇宙船が出発。そして次のトラックではそのエンジンルームに移動する。そして途中で隕石が宇宙船に衝突することで、宇宙船が爆破され、小さなカプセルに入っている僕がその爆破によって宇宙へと放り出される。そういうちょっとしたストーリーさ。でもショー全体を機能させるには十分なものだ」と説明した。

もしストーリーがこれ以上複雑だった場合、音楽とストーリーは分離してしまっただろう。しかし、今ある簡潔なストーリーだけでも、ISAMのショーには「エンジンルーム」でのタイミングを合わせた爆発から、自分の前でモーフィングするように見えるステージ全体を使った映像など、魅力的な趣向が数多く凝らされている。ISAMにおける最高のギミックのひとつは、スペーススーツに身を包んだTobinが入っている“コックピット”が透明になったり、不透明になったりするという点で、これはまさに人々が「どうやっているんだ?」と思ってしまうようなフューチャリスティックなギミックだ。

会場はTobinが危惧していた通り、満席にはならなかったが、観客はショーにすっかり魅了され、ステージ上にグリーンの炎の帯が立ち上ったり、“Kitty Cat”がプレイされる中、巨大なアニマトロニクスのようなものが激しく揺れ動いたりする度に、感嘆の声や歓声を上げ、またアンコールでTwo Fingersのトラックがプレイされても観客の多くは立ち去ることなく、その場に残っていた(逆に、熱狂的に自分の席で飛び跳ね、滅茶苦茶に叫んでいる女性の姿さえ見かけた)。そして2度目のアンコールでは、『ISAM』の破壊的でザラついた音像よりも流麗で、雰囲気に満ちたAmon Tobin名義の新しいトラックが披露された。

ツアーを終えたTobinに、2年に渡るツアー、精神的な疲労、そして使われた大金などを含む全てについてどう思うかと尋ねてみると、彼は、「もっと良くできたかも知れないし、もっと悪くなっていたかもしれない」と考え込むように答え、「多分ノースカロライナのような、トライするにはちょっと難しすぎるような都市へ行って、彼らが聴いたことのないようなニッチなサウンドをプレイする必要はなかったのかもしれない。彼らにとって満足できるものだったのかはわからないね。でも同時に、やってみなければこう感じることもなかったなと思っている自分がいるよ」と続けた。

その後Tobinは、自宅へ戻り、再びスタジオに籠もれる喜びを再度口にしたが、個人的には『ISAM』は彼にとっての一時的な方向転換、または大掛かりな実験という位置づけよりは、自身のキャリアにおける新たなステージの幕開けに思える。また、Tobinには大きな目標もある。「僕はもっとサウンドの加工をしていきたい。トーンや音色を変えていきたいと思っている。『ISAM』では、『Foley Room』から得たフィールドレコーディングや、サウンドに対するレイヤーやエディットの知識を全て使って、それを合成させた。サウンドを合成することで、演奏可能なインストゥルメントへと変化させた。これは今まで僕がやってこなかったことだし、この領域を深く掘り下げながら、それがどこへ向かっていくのかを確認していく作業は非常に面白い。音楽制作、そしてインストゥルメントの制作という意味では全く別の方法だし、同時に音楽を新しい方法で学ぶことができる。次の作品では宇宙船に乗り込むことにはならないと思う。ヴォーカルとバンジョーの作品になる可能性もある。僕は過去の自分を乗り越えて、どんどの巨大化していきたいとは考えていないんだ。だってそれには終わりがないだろう?」



Amon Tobin

Words / Andrew Ryce
Translation / Tokuto Denda
Published / Friday, 26 October 2012

Photo credits /
Header, turquoise cubes - theonepointeight
DJing at Low End Theory - Aaron Bennett
Hat off - Gerfried Guggi


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