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Isao Tomita: Moogへの夢想
Isao Tomita: Moogへの夢想

RAがエレクトロニック・ミュージックのパイオニアと、彼の弟子でYellow Magic OrchestraのメンバーであるHideki Matsutakeと対談。1970年代に独自に作り上げたシンセサイザーについて話を訊いた。

Walter Carlosの『Switched-On Bach』と共に、エレクトリック・ミュージックの歴史に大きな功績を残した日本の音楽家、冨田勲による1974年のアルバム『月の光』(Snowflakes Are Dancing)。この作品は、一台のMoogモジュラー・シンセサイザーをオーケストラに見立て、19世紀のフランス人作曲家、Claude Debussyの代表作の一つ「月の光」をMoogモジュラー・シンセサイザーのみの多重録音という気の遠くなる作業を経て誕生したアルバムだ。機能的に無限の可能性を持ったソフト・シンセサイザーが主流の現在、彼が世界に与えた衝撃はなかなか実感出来ないかもしれないが、その後のエレクトリック・ミュージックは彼の残した功績を土台の上に成り立っているといっても過言ではない。

今年、80歳を迎え、現在も精力的に創作活動を行っている彼と、その一番弟子であり、Y.M.O.第4のメンバーにして、自身のプロジェクト、Logic Systemでコズミックでオリエンタルなエレクトロニック・ミュージックを生み出してきた松武秀樹との会話は、エレクトロニック・ミュージックがどこからやってきて、その後、どこへ向かうことになるのか、その貴重な歴史の一端を垣間見せてくれるはずだ。




もともと、冨田先生はクラシックを扱うコンポーザー、アレンジャーとして音楽活動を始められたんですよね?

Isao Tomita: 僕は1950年代に大学在学中から学校教材用のレコードやCM音楽、国営ラジオ局の番組のために、ポピュラー音楽や童謡をオーケストラで演奏するためのアレンジ仕事をしていたんですね。でも、そうした仕事をしながら、「ワーグナーの時代にオーケストレーションの可能性は追求され尽くしてしまっている」という思いを抱いて、「独自の音色を使って、自分の音楽を作りたい」と考えるようになった。

それで、VOX社から出たFuzz-toneのようなエフェクターで楽器の音を変調させるようになったんです。そして、1970年にMoogシンセサイザーの存在を知って、Walter Carlosのアルバム『Switched-On Bach』を聴いたんですよ。のちにロック・バンドのEmerson Lake & PalmerやPink Floyd、YesなんかもMinimoogを使うんですけど、彼らが従来のバンド・サウンドの味付けとしてMoogを使ったのに対して、Walter Carlosはシンセサイザーだけで一つのアルバムを作った。あの作品には本当に驚かされたんですけど、バッハの音楽は楽器の指定がないので、音程さえ合ってしまえば、演奏が出来てしまうので、『Switched-On Bach』の音色はいまひとつだった。だから、Moogシンセサイザーのようなものがあるならば、音色にこだわった音楽を世に問わなければいけないと思ったんです。



"「こんなところで精密機械を作ってるのか!?」ってびっくりしましたよ"




そして、Moog Ⅲ-Pを手に入れられたと。

Isao Tomita: とはいえ、どこで買えるのかさえ分からなかったので、ファックスさえなかった1970年にとある貿易会社を通じて、テレックスで香港に問い合わせたりしつつ、結局、Moog社がニューヨークのバッファローにあることが分かったんです。そこで飛行機で出掛けていったら、当時、Moogは世界でも最先端だったにも関わらず、その社屋というのは、野原のど真ん中に建てられたモルタルのお粗末な物置のような建物だったんです。「こんなところで精密機械を作ってるのか!?」ってびっくりしましたよ。

そして、「Moogを売って欲しい」と直接交渉されたわけですね。ちなみにお値段はどれくらいしたんですか?

Isao Tomita: 当時は1ドルが360円、さらにモーグは外国車なんかと同じく贅沢品扱いで関税率が200パーセント以上だったんです。だから、今の価格で1000万円くらいですか。さらに購入したMoogを日本に輸入するにあたっては、今のように通関代理業者が手続きをするのではなく、通関にあたって何か問題があったら税関まで本人が行かなきゃならなかったんですけど、その税関で「この機械は一体何だ?」という話になった。そこで「これは楽器だ」って言ったんですけど、税関の検査官は信用してくれないうえに「じゃあ、この場で弾いてみろ」って言うんですよ(笑)。

そこでぱっと弾けるような楽器だったらいいんですけど、音らしい音を出すのでさえ時間がかかりますから、その場で弾くことは出来ない。それならばということで、Moogが写っている『Switched-On Bach』のLPジャケットを見せたんですけど、それでも信用しないんです。それでMoog社に「ステージでMoogを使ってる写真を送って欲しい」と資料を取り寄せて、結局、通関を許可してもらうまで1ヶ月かかりましたよ。そうしたら、こちらは最初から楽器だと言っていたにも関わらず、今度は「1ヶ月ぶんの保管料を払え」っていうわけです。もう、これ以上、揉めるのが面倒だったので、言われた通りに支払ましたけどね。

やっとのことで手にしたMoog Ⅲ-Pですが、すぐに扱えたんでしょうか?

Isao Tomita: そこからの作業は本当に地獄でしたね。というのも、Moogを買う前までは、電気オルガンのような楽器だと思っていたのに、届いてみたら、そのまま鳴らすとノイズと不安定な音程の音しか出ないんですよ。だから、まずは従来の楽器とがらっと視点を変えなきゃいけなかった。しかも、説明書が15ページくらいしかなくて、それも機器としての役割を説明しているだけで、どう組み合わせるとどういう音が出るかは全く書かれてないわけです。





1000万円払って、どう扱っていいか全く分からなかったわけですね。

Isao Tomita: だから、大金を払って、大変な鉄クズをアメリカから輸入してしまったなと。いや、ホントに音が出なければ、ただの鉄クズですよ! さらにモーグは新しい楽器でしたから、何らかの基準になるものがないと、演奏者として、どう扱っていいか、聴く方としても、どう判断していいか分からなかったので、まずは鐘の音とか口笛の音とか、既存の音を真似ることから始めて、そこから発展させていくことにしたんです。


そして、冨田先生はMoogを手に入れたちょうど同じ時期に松武さんとお会いされたんですよね?

Isao Tomita: そうです。ちょうど僕が忙しくなった時期だったんで、松武くんが働いていた音楽プロダクションでマネージメントしてもらうことになったんです。そして、僕がMoogにコードをつなげるやり方が分かった頃に、若い人たちにも使わせてあげたいということで、松武くんを誘ったんです。モーグというのは、電源を入れっぱなしにしないと動作が安定しないので、1日の時間を割って、夜の8時から明け方の4時までを僕が使って、4時から昼の12時までのグループと12時から夜の8時までのグループにそれぞれ勝手に使わせてあげたんですね。

Hideki Matsutake: 僕は昼間に仕事をして、夜中にモーグを触らせてもらうこともあったので、よく機材の下で寝ていたのを思い出しますね。しかも、冨田先生は扱い方を全く教えてくださらなかったので、僕は僕でいちから手探りで扱い方を覚えていったんです。僕の場合、子供の頃から機械いじりは好きだったので、何をする装置か分かったものの、どこをどう繋いだら、楽器らしい音が出るかは何回も繋ぎ直さなければ、全く分かりませんでしたよ。

Isao Tomita: なぜ僕が彼に扱い方を教えなかったかというと、僕の後を行くようなサウンドを作っても意味がないわけで、敢えて、それぞれが干渉し合わなかったことで、松武くんが携わったY.M.O.のサウンドは僕の影響を受けていないオリジナルなものになったし、さらにいえば、Y.M.O.の方が売れてしまった(笑)。

Hideki Matsutake: いえいえ。Y.M.O.のスタジオでは、冨田先生の音がどう作られているのか、みんなで分析しましたよ。特に坂本(龍一)くんは冨田先生のレコードを全部持ってきて、「今日はこれを聴いて研究しよう」ってことを何度となくやりましたし、Y.M.O.のサウンドには冨田先生の作られた音楽が一番根底にあるんです。





Isao Tomita: でもね、こと、シンセサイザーを扱って音楽を作るにあたっては、音のデッサンが出来なければ、自分の頭の中で考えている音はなかなか表現出来ないと思いますね。それは絵でも同じことですよね。ピカソにしても、キュビズムやシュルレアリスムの絵画だけでなく、きちっとしたデッサンが書けたわけでしょ。逆に、音の模倣から始めずに抽象表現をやっても、本人の自己満足で終わって、他の人にはよく分からないということが多いと思いますよ。僕はモーグという機器を使っても、お茶の間で家族で聴いて楽しめる音楽でなければ絶対にダメだと思ったんです。

いま、お話されたデッサンは平面の表現ですが、冨田先生は立体的な音楽表現、つまり立体音響に長らく取り組まれていたんですよね?

Isao Tomita: そう。仮にモノラル録音であっても、バイオリンやトランペットはそこに演奏者としての息づかいが感じられたのに対して、僕がMoogを手に入れた時期の電子音楽は平面的で、演奏者の存在感がない音だと批判されていたんですよね。だから、それを補うべく、4チャンネル・ステレオ(Quadraphonic Sound)、今のサラウンド・ステレオを用いたんですけど、それは完全な立体音響ではなかったし、今のSACDのサラウンド・サウンドとはとてもじゃないけれども比較になるようなものではなかった。だから、この6月にSACDのサラウンドで1974年のアルバム『月の光』("Snowflakes Are Dancing")のリメイク盤をリリースすることにしたんです。ここ最近は価格が安くて、いい音がするサラウンド・システムが手に入りますから、サラウンド・システムでの音楽の楽しみ方が普及するといいなと思っているんですよね。

冨田先生の名を世界に知らしめた『月の光』にはどんなコンセプトがあったんですか?

Isao Tomita: ドビュッシーの「月の光」をMoogのみの多重録音で表現するにあたっては、メロディよりも音の色彩を重要視しながら、もともとドビュッシーが考えていたものとは異なる独自の解釈を加えたかった。だから、最初は8チャンネルのレコーダーで録音を始めたものの、緻密な表現を成立させるために途中からアンペックスの16チャンネル・レコーダーを輸入して使ったんですよ。Moogが現在の価格で1000万くらいだったのに対して、周辺機器やレコーダー、ミキサーで合わせて3000万円くらいかかったんですけど、それでも、スタジオを作るよりは安上がりでしたね。あと、使ったのは、ノイズ・リダクションしなくても、S/Nが出てこない30インチのアナログ・テープ。そのテープ一巻も非常に高価なうえに、15分しか録音出来なかったんですよ。そんな制作環境のもと、寝袋を持ち込んで完成までの1年4ヶ月間をスタジオで寝起きしながら『月の光』の制作に取り組んだんです。








その1年4ヶ月かけて作ったアルバムは1974年のグラミー4部門にノミネートされ、世界的に高く評価された作品でしたが、このアルバムは日本で当初リリースされなかったんですよね。

Isao Tomita: 制作途中の作品を聴かせたレコード会社の若いプロデューサーやディレクターからは高く評価してもらったので、リリースにあたっては各社から引く手あまただと思ったんですけど、結果的には「こんなアルバムはレコード店のどこのコーナーに置くんだ?」って総スカンだったんですよね。ちなみに『Switched-On Bach』はどこに置かれていたかというと、効果音コーナーだったんですけど、そこに置かれてしまっては、ねぇ。だから、インターネットのない時代にアメリカの情報を知るのは難しかったんですけど、『Switched-On Bach』を手がけたプロデューサーにアポイントを取って、重いマスターテープを持って飛行機で会いに行ったら、その場で興味を持ってくれて、1ヶ月後にはリリースの記者会見ですよ。

Hideki Matsutake: 作品を作るにあたっては、特にMoogをオーバーダビングすることで増すテープ・ノイズで一番苦労されたんじゃないですか?

Isao Tomita: でも、例えば、デジタルでストリングスの音を出そうとすると、綺麗になりすぎるというか、透明すぎるんです。ヴァイオリンの音というのは、よく聴くと、松ヤニの音がするんですけど、ノイズ・リダクションを外して、アナログ・テープを使うと、そのノイズが功を奏して、松ヤニの音にさえ近づけることが出来る。だから、そのノイズを利用したところもありますよ。

Hideki Matsutake: 今お話いただいた考え方もそうですし、冨田先生の音楽制作は実験の連続だったと思うんですけど、『月の光』の制作当時、ドップラー効果やフェイズ・シフターだったり、人がやっていなかったシンセサイザー・サウンドの加工方法を試されていましたよね?

Isao Tomita: 当時、レズリー・スピーカーなんかは高くて買えなかったわけですよ。だから、屏風で周りを囲ったターンテーブルの上に2台のスピーカーを置いて回転させることで、レズリー・スピーカー以上の効果を生んだんです。ただ、問題は回転するスピーカーにどうやって音を送るか。結局は天井から吊したケーブルをスピーカーに繋いだんですけど、3分くらい回していると、ケーブルがよじれて切れてしまうんです。だから、その3分間のうちにレコーディングしましたよ(笑)。

Hideki Matsutake: だから、音色を作るだけじゃなく、そうやって人がやっていない音の聴かせ方やエフェクトの作り方を冨田先生から教わりましたね。





アコースティック楽器とは異なるMoogの良さはどこにあるんでしょう?

Isao Tomita: 僕はね、ずっとオーケストラとの仕事をやってきて、今もオーケストラのスコアを書いていますけど、自分のなかには「これは電子的な音楽、これは伝統的なアコースティック音楽」っていう区別がないし、既成の楽器による音楽への行き詰まりからMoogを使うようになってきたので、今までやってきたことの延長として考えているんです。当時、Moogを使い始めたことに対して、批判する人は多かったけれども、太古の昔から存在する雷の音は電子音ですし、心臓だって、パルスの刺激で動いている。なおかつ、右心房と左心房がズレて動くことでポンプの役割を果たしているのも、ディレイの作用が働いているんですからね。

松武さんはその後、冨田先生から独立されて、Y.M.O.第4のメンバー、そして、Logic Systemとしても活躍されるわけですが、冨田先生から教わったことというのは?

Hideki Matsutake: 冨田先生から教えて頂いたのは、「自分の色彩を作りなさい」ということですね。音色というのは色ですから、8色、16色ということじゃなく、何万色も持つことが出来た方がいいんですよね。

Isao Tomita: そう、Moogには既成の楽器では表現出来ない表情がある。電圧によって、ピッチも変わるしね。でも、僕はコードの繋ぎ方しか教えなかったわけだから、松武くんは自分で探求したんだよね。

Hideki Matsutake: Moogには記憶装置が付いていませんでしたから、同じ音を再現出来ないんですけど、それゆえに色んな音を作ることが出来たんですよね。そして、シンセサイザーというのは完成されているわけではなく、まだ進歩し続けている楽器ですからね。その間にはアナログからデジタルへの移行もありましたけど、アナログの回路というのは、今新しく出ているMoogシンセサイザーにもその技術は受け継がれてしますから。

Isao Tomita: だから、若い人たちはアナログ・シンセサイザーに興味を持って扱ってみて頂きたいですね。このMoog Ⅲ-Cよりも全然扱いやすいアナログ・シンセサイザーが出ていますからね。

Hideki Matsutake: 見た目も格好いいですし。

Isao Tomita: 記憶もするしね。

Words / Yu Onoda
Translation / Danny Masao Winston
Published / Friday, 13 July 2012

Photo credits /
Kohei Matsuda


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