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Kerri Chandler:新章へ
Kerri Chandler:新章へ

今年のEastern Electrics Festivalでのプレイに先駆け、ダンスミュージック界の巨人とCirco Loco、そしてサウンドチェックについて話をした。

先週Kerri Chandlerは私が今まで見た中で一番徹底的なサウンドチェックをベルリンのWatergateで行っていた。針、接続、モニターなど基本的な部分から始め、その後CDJのファームウェアが最新ではないということに気付くと、サウンドエンジニアを探して、「君たちはまだ(バージョン)4.1を使っているのかい? 今は4.10までリリースされているんだよ!」と言った。しかしそれは別に問題にはならなかった。彼はUSBスティックに新しいバージョンを入れて持ち歩いていたのだ。「良かったらあとで下の階の奴もアップデートしておくよ」彼はそう言うと、Windows98が搭載されたToshibaのラップトップにTraktorを立ち上げ(Kerri曰く「これが一番安定している」)、数曲をプレイしてサウンドシステム自体のチェックを始めた。


Kerriはその後、まるで超能力者が霊と会話をしようとしているかのように、集中して眉間にしわを寄せた顔でフロアをゆっくりと歩き回った(この時にImaginary Foundation のTシャツを彼が着ていたことはこれとは全く関係ない)。そしてフロアの横に斜めに張られた梁へ向かうと、目を閉じてゆっくりとその梁に手を乗せて、それを掴んだ。彼が一体何をしているのかを問う者はおらず、私たちは少し混乱した面持ちでその姿を見つめるだけだった。やがて彼はiPhoneを取り出すと、スペクトラル分析のアプリを立ち上げ、フロアを歩き回ってレベルをチェックし、「このクラブがどうやっているかは分からないが、正確だ」と言った。そして最後に、この夜は比較的シンプルなセットアップだったため、PC以外の唯一の楽器だった自分のキーボードをチェックした(過去にはホログラムやレーザーハープ、また改造したアーケードゲーム機などが持ち込まれていた)。こう書くと、Kerriは細かいセッティングが必要なDJだと思えるかも知れないが、彼が気にしているのは、オーディエンスがどう感じるかという1点だけだ。「俺がプレイして何かがおかしければ、それはクラブのせいじゃない。俺のせいなんだ」Kerriはそう言うと、宇宙が描かれたTシャツの胸を軽く叩いた。

この一連の作業を見れば、Kerri Chandlerがなぜ長年このシーンで君臨しているのかが理解できるだろう。その理由の1つはこの細部までのこだわりだ。自分のセットの前にブースで1時間も費やすDJは中々いない。そしてもう1つは、その圧倒的な音楽的知識だ。Kerriは地下室に数千枚のディスコレコードが保管された、「各部屋にターンテーブルがあった」という家で育った(92年のアルバム『A Basement, A Red Light, A Feelin’』の由来にもなっている)。この2つの特徴はKerriの家族から受け継いだものだ。サウンドチェックで見られた細部までのこだわりは、科学者であった祖父から受け継いだもので、音楽の知識はDJだった彼の父親から受け継いでいる。そして最初のレコードをリリースしてから20年以上経った今、新たにCirco Locoでの活動を始めており、キャリアにおける第3ステージを迎えている。





サウンドチェックしている姿は興味深いものでした。

そうかい? サウンドチェックはいつもしているよ。

ベルリンではDJが出番の5分前に到着したり、20分遅刻したりするのは当たり前ですから。

もし何か機材に問題があれば、オーディエンスは機材を責めるんじゃなくて、DJを責める。彼らは、「あのサウンドシステムが…」なんてことは言わない。そこまで深い話はしない。その代り「DJのせいさ」と言う。どんなことでも原因になり得るし、例えばレコードのフィードバックなのかもしれない。でもそれは俺の責任なのさ。ターンテーブルが振動していないかどうかを確認しなかったのは俺だからね。片方のチャンネルからしか音が聴こえないとか、針がダメになっているとか、レコードのピッチが不安定だったりとか、チャンネルがダメになっていたりとか、そういう心配はしたくない。もっと言えば、フェーダーを下げても鳴り止まないチャンネルがあったり、クロスフェーダーが動かなかったり、EQが使えなかったりするかも知れない。だからどんな小さなことでも俺は徹底的にチェックする。クラブの音の鳴り方だって、俺は高音がキツい感じにはしたくないし、ピーキングしているような音もゴメンだ。俺は本質的にはエンジニアだし、どのサウンドシステムからも最高の音を得たいと思っている。

俺にはもしかしたら自閉症というか、映画『レインマン』みたいな力があるのかも知れない。クラブに入って、何か変更点があればすぐにわかってしまうんだ。サウンドシステムのドライバでさえもね。見渡すだけで「何かがおかしい。何かが故障している。何かが変わった」って分かってしまう。クラブの人間は「どうしてわかったんだい?」と不思議がるが、「そう聴こえるんだ。このクラブの音がどう鳴るのかが分かるんだ」って感じなのさ。だから俺は直そうとするのさ。でも仮にそうしないで、ぶっつけ本番で挑んだとしたら、「サウンドシステムが最悪だから、俺も酷いプレイをしたに違いない。手入れのされていないレコードか、低質なmp3が原因なのかも知れない」って感じになる。その場合は俺の責任になってしまうってことだ。オーディエンスは、「ここはMinistry of Soundだし」とか、「ここは最高のサウンドシステムなんだ」と言うだけで、誰も「サウンドシステムのドライバが壊れている」なんてことは考えない。





そのような考え方はいつ身に着いたものなのでしょう?

綺麗な良い音を聴きたいというエンジニアとしての俺は、15、16歳位にレコーディングスタジオに行った時から始まったんだ。そこから色々学んでいったよ。細かい音に気を配るようになって、アウトボード類がどのような役目を果たすのかを知るようになってね。そしてその知識を使って、自分で作品を作るようになった。というのは、当時はいきなりスタジオに誰かがやってきて、「レコードを作りたい」と言ってくるから、俺が「いいね。でも俺はエンジニアなんだ。プロデューサーはどこだい?」と尋ねると、彼らは、「プロデューサーなんていないぜ。どういう意味だ? 俺たちはただ曲が欲しいだけなんだ」というような感じだったからね。だから自分で作るようになったんだ。

そこから自分の作品を生み出すようになった経緯について教えてください。

当時俺はClub Americaというクラブのレジデントで、毎週プレイしていた。確か1989年頃だったと思う。俺はクラブでプレイするためのエディットものを自分で作って、クラブに持ち込んではオープンリールデッキでテストしていたんだ。するとある日Tony Humphriesがそのエディットシリーズの、“Drink on Me”と”Superlover”を手に入れてね。彼のラジオ番組でプレイしてくれたんだ。そこから全てが始まったよ。あらゆるレーベルが俺の所へ電話をしてきては、「今Tonyがかけているレコードは最高だ。リリースしたい」と言ってきた。最初に契約をしたのはAtlanticだった。最初のリリースがメジャーからだったというのは変な話だが、更におかしいのは、Jerome Sydenhamが当時のアシスタントA&Rだったのさ。彼とはそれ以来の付き合いだよ。

レコードをリリースして、DJとしてのキャリアはどう変わりましたか?

完全に変わったよ。みんな俺が誰なのかを知りたがったし、俺が何をかけるのかを知りたがった。リリースは自分の世界の外に連れ出してくれる存在というわけさ。俺はローカルDJからインターナショナルDJになったのさ。ニュージャージーに住んでいた時、俺の父はローカルDJで、地元のヒーローだった。実際今でも彼はDJだけど、我が家はほぼ全員がDJだ。俺はそういう環境で育った。だから正直言ってDJは家業みたいなもので、他に選択肢はなかった。13歳の時には父のDJのウォームアップを担当していたよ。レコードボックスの上に立ってプレイしていた。当時は曲についてはあまり理解していなかったが、ミックスはできた。だからレコードを選んでもらって、俺がミックスするというやり方だったね。全部ディスコのレコードだったよ。毎週21時から23時まで次から次へとレコードをかけることが、俺の仕事みたいなものだった。そうやって俺は鍛えられたんだ。

DJになったのがそこまで自然だったのは驚きですね。

普通に成長していくようなものだったよ。沢山のレコードを聴いたり、機材を色々いじって中がどうなっているか調べたりした。実験で使う道具の写真を眺めている時もあったね。これはまた別の話なんだが、祖父が科学者だった。だから俺はよく彼と一緒に研究所へ向かったよ。なんでそういうことになったのかはよくわからないが、彼が科学実験をしたり、機械を扱ったりしている姿を見て、彼のようになりたいとも思っていたんだが、同時に父のようなDJになることにも憧れていた。だから今の俺があるんだろう。



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先ほどレコードをリリースしたことで、インターナショナルなDJになれたと言っていましたが、Circo Locoでプレイすることも同様の効果があると思います。どのような経緯でプレイすることになったのか教えてもらえますか?

面白い話だよ。Circo Locoは俺がプレイを始める数年前からコンタクトは取ってくれていたんだが、正直イビザには興味がなかった。単純に俺の好みじゃなかったんだ。チャラチャラした自己中心的な奴らばっかりだってね。だからイビザは無視していた。その後ローマで数カ所プレイすることになったんだが、Circo Locoのオフィスがローマにあってね。彼らは全員イタリア人なんだ。そこでミーティングに呼び出された時に、彼らはTony Humphriesを呼んだことがあると話してくれた。Tony Humphriesは俺の親友だから、彼が行ったとなれば、さぞかしDC-10でプレイするのは素晴らしいことなのだろうと思って、「興味はある。イビザに出向いて話を聞こう」って答えたんだ。

それまでイビザに行ったことは無かったんですか?

1回も無かった。だからローマの連中は俺にどんな場所かを説明してくれた。彼らは、「僕たちは普通のクラブじゃないんです。再開するんですよ。数年閉めていたんですが、音楽性を変えたいと思っているんです。アンダーグラウンドでディープな音楽をやりたいと思っていて、しっかりとやり直すためにあなたの力が必要なんです」と言ってくれた。でも俺は、「分かった。でも俺はイビザには全く興味がないんだ」と答えた。すると彼らは、「そうじゃないんです。イビザは関係ないんです。コマーシャルな音楽は必要ないんです。それはもう終わりですし、僕たちはそういう人達はもう一緒に仕事をしません。もうそうなることはないでしょう。今は1つの大きなフロアがあるだけです。照明も含めて余計なものは一切ありません。座る椅子もありませんよ。VIPもない。最高にディープなアフターパーティーをやるだけなのです」と説明してくれた。心に響いたよ。そして俺は「なるほど。それは面白そうだな」と答えて、イビザのスタッフやDJに会いに行った。行ってみると全員フレンドリーでハッピーな連中だったから、「ワオ!ファミリーみたいだ」と感じることができて、クロージングの午後にプレイをした。アブストラクトで奇妙なトラックからプレイを始めたんだ。

オーディエンスの許容性を試したのですか?

そういうことだ。どれだけ外れたことができるか試そうとした。でも外れれば外れるほど、オーディエンスはクレイジーになっていったよ。叫んだり手を挙げたりしてね。そしてLarry HeardのMr. Fingers名義の“The Sun Can’t Compare”をプレイした。その時俺たちは外でプレイしていて、空は少し曇っていたんだが、このトラックをプレイして、ヴォーカルが入ってきたタイミングで太陽が出て、飛行機が空を飛んで行った。全員が手を挙げて、叫んだり泣いたりしていたよ。その時に俺は「なるほど。こういうことか」と納得した。それからさ。それ以来大忙しだ。

何故そんなに忙しいんですか?

連中と一緒に色んな場所へ旅をしているからさ。DJを一緒にするだけではなくて、一緒に遊んでいるんだ。常に連絡を取って、お互いのレコードをかけたりしてね。全員がリスペクトし合っている。時間があればDan(Ghenacia)やDavide(Squillace)に会うし、丁度Davideの家でバーベーキューをしてきたところさ。彼らはすぐに俺にとって家族同然の存在になった。お互いをモチベートしあってね。お互いのプレイを聴きたいとも思っているし。このパワーは最高だ。

こういう感じは今までなかった。Dennis(Ferrer)やJeromeみたいなニューヨークの仲間はいつも旅をしているから、電話では話すけどそれだけだ。勿論親友だが、会うチャンスがない。でもCirco Locoの場合は、いつも沢山のDJをブッキングして、ローテーションで様々な場所でプレイするように組んでくれている。例えば俺はついさっきDC-10でのプレイを終えて、来週はニューヨークへ帰るが、その次の週はロシアへ向かって、Dyed(Soundorom)やDan、DJ W!ldに会える。一緒にプレイして、また次の月に再会できるのは最高だね。Jamie(Jones)、Matthias(Tanzmann)、Cassyとも会う時がある。

Circo Loco以外の場所でのブッキングに変化はありましたか? 良い影響があったと思いますか?

そうだな。ないとは言えない。今まで経験したことがなかった別のシーンを見ることができているよ。若い世代だ。かなり若い。あとCirco Locoのオーディエンスも面白い。彼らが来ると特定の現象が起きるからすぐに分かるんだ。彼らはしゃがんで、立ち上がるというのを繰り返す。ジャンプするみたいなものさ。今や他のクラブでもこれが起きる時がある。今まであんな姿は見たことがなかったよ。あとはギラギラした格好や変な格好というか、マスクをかぶった連中も初めてだったし、”Amame”のようなDC-10のクラシックをかけてくれと頼まれたのも初めての経験だったね。”Amame”は昔からいるMurkのトラックだけど、俺は今まで聴いたことがなかったんだ。

あなたのキャリアは新章を迎えたようですね。

その通りだ。新しい家族を得たような感じだし、自分の家と呼べるような場所を手に入れた。また一からやり直している感じだよ。




Words / Will Lynch
Translation / Tokuto Denda
Published / Monday, 25 June 2012

Photo credits /
Illustration - Imaginary Foundation
Header + Other - Christian Olofsson
Dj - lafear
Circoloco In The Arena - Khris Cowley



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