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Levon Vincent: 黄金比
Levon Vincent: 黄金比

今年のBloc Festivalの開催に先立ち、今回RAではBloc Festivalに出演する世界トップレベルのDJおよびトップ・プロデューサーたちのインタビューをお届けする。

「どうやったら人々を欺くことなく自分自身の人生に必要なお金を稼ぐことができるのか?」—— この命題こそが、Levon Vincentという男の心の中にあるテーマだ。彼は、彼自身の内に秘めた音楽表現の可能性に対し貪欲なまでに希望を抱き、実際にこれまで彼はそれに見合うだけの努力を積んでその多くを実現させてきた。ただし、それは他の誰でもない彼だけのやり方で成し遂げられてきたものと言うべきだ。Vincentは近年登場したテクノ・プロデューサーのなかにあって最もインディペンデントな精神を持った男だろう。しかも、そのインディペンデントな精神は他でもないLevon Vincentという男の根幹的な人間性における、礼節を重んじる特質に拠るところが大きい。ニューヨークでミュージック・スクールに通いながら、彼は音楽業界の仕組みを見てきたが、やはり彼はその業界の枠組み自体が好きになれないという。

冒頭に述べたような命題は、以前の彼にはまだはっきりとは認識されていなかったようだ。事故で負った怪我からのリハビリ生活を送りながら(現在でもその後遺症が残っている)、彼はもともとミッドウェストで家族と共に暮らしていた。その後しばらくニューヨークへ移り、そこでの生活はややタフなものであったものの、そこで過ごした時間は彼の音楽のキャリアを形成するために重要な役割を果たした。自身の制作活動に集中するため、彼は自身のレーベルNovel SoundおよびDeconstruct Musicを立ち上げ、そこから目を見張るべきリリース群を展開しはじめる。結果彼は国際的な認知度を高め、各国をツアーして巡る生活が始まった。ベルリンはいまや彼にとっての第二の生活拠点でもある(とはいえ、やはり彼はニューヨークこそが自分の生活拠点だと考えているようだが)。

FabricはVincentがUKでDJギグを行う際のおなじみのクラブだが、Fabricは彼にその名物ともいえるミックス・シリーズ最新作の制作を依頼した。彼はニューヨークおよびその周辺に住む彼の友人たちのエクスクルーシブ・トラックをかき集め、その隙間に彼自身の未発表マテリアルを惜しみなく注ぎ込んだ。まさしく他の誰でもない、Levon Vincentにしかできない唯一無二のミックス作品だといえるだろう。


まずFabricのミックスについて訊いてみようかな。Joey Andersonのトラックで始まるこのミックスは、驚くほどあっさりとしたシンプルさがあるように思うんだけど。

俺はさまざまな音楽が好きだけど、かつて俺がAphex Twinなどを初めて聴いたときに受けた衝撃を上回るようなものってなかなかないんだよな。でも、このJoey Andersonって男の作るレコードはいつだって俺を興奮させちまうんだ。俺自身も彼のことはすごく信頼しているし、ミックスの導入部としてあのトラック以上のものはない。7分ぐらいのあいだ、たっぷりと時間をかけてプレイしてるだろ?奴はまったく無視できない男さ。俺のミックスに入れている以上、奴のトラックをみんなが好きになるかならないかは、DJとしての俺の責任にかかっているってことだろうな。

このミックスで個人的に素晴らしいと思うのは、きみがごくシンプルにトラックをかけ続けているってところなんだ。驚くほどあっさりとミックスしてあるというか、少なくともそう聴こえる部分がある。そして、きみはそれぞれのトラックを7分ぐらいじっくりと聴かせているよね。

ああ、それは「オーディオマニア的アプローチ」ってやつさ。ミックスのちょうど中間地点で"Fear"っていうトラックが入ってるだろ。これは9分ぐらいのたっぷりとしたレングスでプレイされているんだけど、俺は意図的にそうしたんだ。すべてのトラックが、かかるべきタイミングでプレイされ、収まるべき順番に並べられるようにしたんだ。

じゃあ、トラックをかけるごとにムードをリセットしようという意図はなかったんだ?

いや、まあそのアイデアもまったくなかったというわけじゃないけどな。ダ・ヴィンチが人体の研究に基づいて完成させた視覚芸術の概念については知ってるだろ?人体にはある一定の決められた比率というものが存在していて、それは人体を構成する細胞レベルのスケールにもあてはめられる・・・ってやつさ。その1 x 1.6の比率は黄金比と呼ばれているよな。俺のミックスでも、一個の音の長さからトラック全体の長さにいたるまで、すべての音楽の調和がその黄金比に基づいて決定されているんだ。

そうか、きみは正式な音楽教育を受けているんだよね。

俺には物事を大局的な観点から見るところがあってさ・・・とはいえ、その大局観のなかで俺自身の存在を除外して考えてるところもあるんだ。音楽学校では俺は決して優等生じゃなかったし、どちらかというと劣等生だったな。キーボード・プレイヤーとしての力量も酷かったしな。

じゃあ学校に通うのはやめちゃったんだ?

いや、やめてはいないさ。まあ、他に仕事を持ってるってこともあってなかなか時間がとれないのも確かだけどな。最初に通いはじめた時期に、もっと集中的に通っていればよかったのかもしれないけどな。でも、ツアーでいろんな場所を巡りつづける生活のなかではなかなかそうはいかないんだよな。習慣にとりつかれちまう、って感じなのかな。音楽を正式に学びはじめて4、5年も経つと、俺はより大局的な視点から全体を見るようになってくる。それで・・・

ただひたすら見つめる、ってこと?

そう、客観的にな。黄金比ってやつはなんともマジカルなもので、その影響は音楽やヴィジュアル・アートだけじゃなくて、ほぼすべてのものに及んでいるんだ。古代ギリシャの文明がそうした比率に基づいて形成されていた事実は証明済みだし、アメリカのホワイトハウスだってそうさ。トーマス・ジェファーソンをはじめ、アメリカ建国の父とされる人々はこうした古典的な教養を身につけていたからな。あらゆる芸術はいまなお古典から学ぶべきものが多いってことだよな。

ベートーヴェンやリヒャルト・ワーグナーを例にとってみても、彼らはまずその黄金比について学んで、そこからはじめて彼ら自身のイノベーションを成し遂げていったと思うんだ。「曲が6割進んだところにクライマックスを設定するかわりに、あえて7割進んだところに持ってきたらどうだろう?」って具合にね。ワーグナーの『The Flight of the Valkyries(ヴァルキューレの騎行)』っていう5時間にも及ぶオペラがあるだろ。この作品のなかでワーグナーがやっているのはまさに黄金比の忠実な適用なのさ。こうした黄金比に忠実な作品の作り方こそが「ロマン的」と呼ばれるものの本質だと思うね。まずルールを隅々まで完全に研究し尽くしてこそ、自分なりのやり方ってもんが見つかるんだ。




以前あるインタビューで、RAニュースで僕らがこのミックスのトラックリストを「Vincent周辺のトラックメーカー・クルーを効果的にレペゼンしている」って書いたことをきみは「間違っている」と言っていたけれど、そのことについて改めてきみ自身の考えを訊いてみたいんだ。

まあ、あまりにもざっくりとした書き方だとは思ったけどな。とはいえRAもあの記事を通して俺を攻撃しようなんて意図はないはずだし、そこに俺が過剰反応しても仕方ない。記事もちょっと言葉足らずなところがあったと思うし、ちょっとトラックリストの内容にとらわれすぎてたよね。あのミックスに関していえば、ニューヨーク以外の都市から出てきた音楽ではあの固有のムードは創り出せないんだ。ニューヨーク独特の神秘性ってもんがあってさ、そこからしか生まれない精神性があるんだよ。

そのニューヨーク独特の神秘性や精神性っていうものは、きみが以前から感じていたものなの?それとも最近になって気付いたもの?

Ron TrentやJoe Claussellのレコードがニューヨークでは昔から愛されてきてるし、長い年月を積み重ねて培われてきたカルチャーや個性ってもんがこの街にはあるんだ。ニューヨークの伝統、といったところかな。いま俺はずっとニューヨークに住んでいるわけじゃないから、現在その伝統がどんな状態にあるかまでは分からないんだけどね。両親に会うために田舎へ帰ったりするときにはニューヨークを離れるだろ?そういう時こそニューヨークの独特さを実感するんだ。いまはベルリンにいるけど、俺は結局近い将来はまたニューヨークに戻るんだろうなと思ってるし。俺個人について言えば、Ron TrentとGiant Stepレーベルはほんとうに大きなインパクトだった。もちろん、Ronがやってたレーベル、Prescriptionもね。彼みたいなアーティストは、ジャズの伝統における知性的な面を浮き彫りにしていると思う。アメリカ独自のアフリカン-アメリカン音楽のね。

もう少し詳しく説明してくれる?

そうだな。アメリカで生まれ育った俺みたいな人間が作品を作るとき、どうしても滲み出てくるもの・・・それがアフリカン-アメリカンの音楽的遺産なのさ。ある種の調和のとれた他民族国家の生活のなかからこそ発露されるもの、というか。その例えで言うなら、俺はBill Evans的な表現をしていきたいね。まあ、逆立ちしたってJohn Coltraneにはなれっこないからさ。





正直に言うけど、件のFabricのミックスで僕が驚いたのは、きみのリリースするマテリアルのほぼすべてがある一定の一貫性に基づいているってことなんだ。きみのキャリアを通して見てもきみの作品は非常にその一貫性がタイトなものに思える。きみはもはや他人のリミックスさえやらないしね。

いやー、俺はほんとあのリミックスって作業がどうにも苦手でさ。ここ数年では何度かトライしてみたんだけど、それでもやっぱり・・・

どうしてそんなにリミックスが嫌いなの?

なんというか、排他的に感じてしまうんだよな。まあ、ビジネス的な観点で見ればたしかにリミックスってやつはいまだに効果的だとは思うんだけど。

自分自身の制作にブレを生じさせたくないのかな、とも思うんだけど。

リミックスにはお互いのイメージを交換したり、売り買いする側面があるってことかい?

そうだね。

うーん、俺自身はそのどちらにも興味は見出せないんだ。そういう、イメージを商品のように扱うってことにはね。ぶっちゃけて言うと、そんなものはクソだ。リミックスの話を持ちかけてくる多くの人たちはそういうイメージの売り買いのことしか考えていない。友人同士なら話は別だけど、そういう行為は自らの尊厳を切り売りするようなものでしかない。これがビジネスとなると金銭が発生して、契約という名のもとに仕事をさせられるはめになる。自分のイメージを他人のために切り売りして、奴らは自分たちの商品に付加価値をつけるのさ。そういう奴らは、自分のレーベルを持って独自のヴィジョンに基づいて活動するってことの美点を理解できない。

俺がリミックスの依頼を受けるのをやめると決めた頃、リミックスを依頼してくる人たちには「悪く受け止めてほしくないんだけど、リミックスという形では俺のやりたいことはできない」って答え続けたんだ。2009年には600件ぐらいのリミックス依頼のリクエストがあったんだけど、そんな返事を続けていると4、5回ぐらい直接「Asshole(馬鹿野郎)」呼ばわりされることもあったよ。わけわかんねーよな。特に、アメリカ国外でツアーするようになってからはそうした悪意に遭遇する機会も増えた。ヘッズ転じて単なる商売人ってわけさ。自分の要望に応えてもらえないと分かった途端にそういう態度に出るからな、奴らは。俺のやってることなんかまったく知らなかったくせに、俺がちょっとメディアに露出され始めると急に手のひら返しやがるんだ。でも、俺宛てに送られてくるデモは別だ。俺はすべてのデモに耳を通して、そのすべてにメールでレスポンスを返してる。これはずっとやり続けてることなんだ。こういう作業を面倒だとは思わないし、むしろ刺激的だとも思っているよ。昔に想像していたほど「大人になる」ってことは怖くないものなんだ。



"パーティが楽しいのは当然として、同時に
音楽的な何かを伝達しなきゃいけない。
どっちに偏りすぎてもダメなんだ"




さっきのリミックス依頼に関しては、ほんと勘弁してくれ!ってなるときもあるよ。3ヶ月とか半年ごとにいまだ依頼が来て、そのたびに「ありがとう、でもリミックスはやらない主義なんだ」って答えるだろ。そうしたら「いやあ、そうなんですか。リミックスをされないのは分かりました。じゃああなたのオリジナル・マテリアルなら提供して頂けますね?」ときたもんだ。思わず呆れて、「いや、俺はそのどちらもやらない。いま俺は自分自身のレーベルのための制作に集中しているんだ。申し訳ないけど、そっちにかかりきりなものでね」って返すと、今度は「ウェブサイトのためのポッドキャスト音源が必要なのです。ご協力願いたいのです」だとさ。でも、俺はそういう奴らの浅はかな魂胆は見抜いているんだ。つまり、「おまえの個性を俺たちに利用させろ、おまえの尊厳をこちら側に差し出せ」ってな。子供のころ学校で俺を馬鹿にしてからかってた連中もこの同じ手合いさ。

これは道徳に反しているわけでもないし、犯罪行為でもない。人々はビジネスをやろうとしてるだけだ。そういう奴らの中にはパーティをやって女の子と仲良くなってひと儲けして自分の格をでかくみせようとしているんだろうけど、奴らがやってることはさして音楽的とは言えない。それでもこういう奴らがレーベル運営に明確で強いヴィジョンを持ってるってことも確かなんだ。まあ、ほとんどの人々がそうした健全な目的意識を持ってるはずだろうけどね。本当に悪い奴っていうのはこの業界にはほとんどいないと言っていい。詐欺まがいのことをやっているような連中も、ただ単純に責任の意識に欠けているってだけとも言えるしね。「リミックスを提供したりいろいろと協力してやったのにあいつらは俺にまったく報酬を支払わない!」なんてことはよく聞く話だけど、冷静になって考えてみりゃ、毎週末クラブでコカイン吸って何時間も同じ話を何度も繰り返してるようなレーベルオーナーがまともに報酬を支払うわけないよな。見知らぬブランド・ネームを名乗る人間からeメール経由で仕事を受けるほうも責任があるのさ。そういう、電話代もまともに払っていないだろう連中から仕事を受けるってこと自体がね。俺の言ってること、わかるだろ?

一個人としての悪意ではない、ってことだよね。

これはなにもヒップホップ業界の話じゃないんだ。ヒップホップに比べりゃ、こっちは市場規模だって断然小さなものだろ。だからこそ、このシーンに関わっている人々はそのライフスタイルかその音楽自体か、必ずそのどちらかを愛しているんだ。ライフスタイルと音楽、そのどちらかを強調しすぎる人々もいるけど、ほんとうはその2つはイーブンの関係であるべきだと思う。パーティをすることも大事だけど、音楽を伝えて伝承していくことも大事なんだ。この2つの割合はちょうど半々でなきゃいけない。パーティが楽しいのは当然として、同時に音楽的な何かを伝達しなきゃいけない。どっちに偏りすぎてもダメなんだ。

俺のテーマは「どうやったら人々を欺くことなく自分自身の人生に必要なお金を稼ぐことができるのか?」ってところに尽きる。これが俺にとってのインディペンデント・レコード・レーベル/インディペンデントDJとしての意義なんだ。俺は他の何にも頼らず、自宅で音楽を作ってレーベルを運営してる。アンダーグラウンド以外の何者でもない。でも、同時に俺は人生において成功者になりたい。俺が欲しているのは、つまり・・・

その成功に対する意欲はどこから湧いてきてるの?というのも、きみのように「成功したい」ってことを明確に発言するアーティストは少ないだろ。なんだかそこには若干のエゴを感じてしまうな。

うーん、たしかにそうかもね。でも、俺は自分のやっていることをみんなに認識してほしいんだ。そのために相応の時間もかけ、学習と実験を繰り返している。俺がやってみたいのは、Trentemollerがやってるようなスタジアム級のヴェニューで自分の音楽を鳴らしてみたいってこと。ヴェニューは大きければ大きいほどいい。別に、Jean Michel Jarreみたいに街全体を使うやり方を志向するってわけじゃないけど、自分自身のやり方を貫き通していった先の未来にそれに見合う成功があればいいなとは思う。あくまでも、パーソナルで自然体のライフスタイルのままでね。あと、自分でライブセットを組みたいとも思ってる。実現するのはまだこれから5年先ぐらいだろうけどね。それをみんなに見てもらいたいよね。

そのわりにはリリースする作品のプレス数が限られてる、って?まあ、確かにね。俺はレーベル運営については継続性を重視してるんだ。30年ぐらいはやり続けたいと思ってるし、誠実にやり続けたいんだよね。あまり多くは望まないさ。そういうこともあって、レーベル運営に置ける決断は常に慎重に下しているんだよね。



###



きみのこうした誠実さはどこからきてるの?

まあ、そうなるべくして育てられたからだろうね。俺の母親は、嘘をついたり人を欺くことについてはもの凄く厳しかったんだ。

きみのキャリア重視の哲学はきみ自身の心の中で育まれてきたのかな。

ああ、俺には昔から他の連中にくらべて、先を見据えるってことを優先してきたつもりだよ。他の連中が音楽そのものよりもパーティのことばかり優先しているときでもね。そこに偽りは無い。でも、どうやって俺がそういう考え方に辿り着いたのかは・・・そうだな、俺が歩んできたこれまでの人生から話さなきゃならないよな。ここに辿り着くまでには沢山のストーリーがあって、それこそ1日で1冊本が書けてしまうくらいさ。他の人なら見落としてしまうような些細な出来事が俺にとっては重要な意味を持っていたりするんだ。俺の人生にはそういうストーリーがいっぱいあるよ。でも、俺は自分の人生にまったく後悔はしていないし、いまでもハッピーでバランスの取れた状態だと思ってる。ただひとつだけ、いまだに腹が立って許すことが出来ないことを挙げるとすればうちのキリスト教再生派の親戚連中のうちの何人かだな。彼らは福音主義者で、これまでにも俺に対して何度も汚いトリックを仕掛けようとしてきた。俺をクリスチャンに改宗させるためにね。

おもしろいのは、この経験が俺自身が目指す誠実さや継続性といった考え方に繋がっているってことなんだ。さっき言った親戚連中は、巧妙な手を使って俺たち家族に信仰を押し付けようとしてきた。でも、彼らの立場からすれば彼らは聖なるクリスチャン・ネイションの拡大に奉仕していて、福音主義の布教ということで自らの行動が正当化されているんだ。彼らは、俺の家族に苦痛を与え、薬物依存に追いやった。同時に、俺の家族は科学的なものや本質的な無神論主義に魅かれてもいったのさ。

家族を巻き込んだこうした経験から、俺は2つのことを学んだと思う。生まれてから8年のあいだはテキサス州ヒューストンに住んでいて、俺も教会に通っていた。そこで、人間とは不完全なものだということを知るんだ。人間ってもんは、そうした不完全さを乗り越えるべく努力して人生を生きていくもんだろ?まさしく聖書に記されているとおりさ。生まれながらに罪深き我々は神の赦しを請うてはじめてその穢れを乗り越えていける、ってな。俺は別に既成宗教を信仰しているわけじゃないぜ。そこだけははっきりさせておいてくれ。でも、少なくとも俺は人間がより善き存在になるために努力していくべきだ、という考え方が俺は好きだ。世代が繰り返すごとにそうした努力をみんなが重ねて行けば、おのずと世界は平和に近づいていくはずさ。



"固定した観念は話さない。それは成長と学習に
よって常に変化していくものだからな"




もうひとつは?

もうひとつは、クオリティ・コントロールについてだな。つまり、必要以上に作品を濫発せず、継続性を重んじて自分らしい高潔さを持て、ってことさ。信仰を人々に押し付けて広めるんじゃなくて、音楽を広めること。これが俺にとって重要なんだ。固定した観念は話さない。それは成長と学習によって常に変化していくものだからな。でも、こうしたことこそが俺が最近考えている中味のすべてさ。俺が少年時代に経験し学んだことが俺のキャリアの道を切り拓く助けになったとしたら、それは俺の家族に感謝すべきことなんだろうな。俺も、人々の手助けをしたいと思っている。だからこそこうやって音楽やDJに魅力を感じていられるし、音楽そのものを司る理論にも惹き付けられるんだ。

音楽にはセラピー効果がある、ってことだよね?

金持ちや貧しい人、ブラック、ホワイト、ゲイ・・・いろんな人を集めて3週間ほど同じ部屋で過ごさせてみりゃわかるさ。結局のところ、みんな平等なんだ。俺がダンス・ミュージックを愛して止まない理由もそこにある。だからこそダンス・ミュージックをやってるんだ。そう、10代の頃にそれを発見して以来ね。





初めてFabricでプレイしたときの話について聞かせてほしいんだけど。

最初にFabricのビッグ・ルームでプレイしたときにおかしくて今でも憶えてるのは、Judy(Griffith: Fabricのプロモーション・ヘッド)が俺のセットの中盤でブースに入ってきてさ、「おう、調子はどう?」なんて話してそれからデッキに戻って、あろうことか今まさにかかってるレコードの針をうっかり上げちゃったんだよな。まさしく沈黙・・・ただただ純粋な沈黙の瞬間だったよ。

かけ終わったレコードの針を上げようとして、そのかわりに・・・っていう単純ミスさ。俺はどうしたらいいかわからなくて、Judyのほうを見てもあいつもパニックになっててさ。で、とっさに針をレコードにもう一度戻したら・・・フロアにいるみんなから「ウォーーーッ!」ってもの凄い歓声が上がってさ。凄い盛り上がったよ。まるで手品にかかったみたいにさ。針を落としたところが偶然にもちょうどビートの拍の頭の部分だったから、まるでそういうブレイクだったかのように聴こえたんだ。「単純なミスだったのにこんなことになるなんて信じられない!」って思ったな。いろんな偶然が重なってのことだったんだろうけど、とにかくラッキーだったよ(笑)。まあ、針を上げてしまったその瞬間のパニック状態は忘れようにも忘れられないけどね。ロングセットでのDJは本当に大好きだ。アクシデントや予測できない要素が絡まって、自分の意図を大きく越えていくところが堪らないんだ。

以前話したとき、きみのDJとしての秘密兵器について語ってくれたよね。そのなかのひとつにRazormaidっていうのがあったけど、あれは一体何?

ああ、あれは俺が10代のころに手に入れたレコードだね。当時はリミックス・サービスっていうのがいくつかあってね。でも、DJ以外にはそのレコードは手に入らなくて、レコード・プールに加入してなきゃならなかった。たまにレコード・プールの外部に流出することがあったから、それで手に入れたんだ。なかにはかなりの高額で取引してる人たちもいたくらいさ。当時10代だった俺も、たしか50ドルくらい払ってRazormaidのレコードをなんとか手に入れた記憶があるな。

Razormaidの何が凄いかって、彼はどうやらSireあたりのメジャー・レーベルとも契約してたってことなんだ。だから、Razormaidが手掛けるミックスは常にオリジナルよりも段違いに格好良かった。Depeche Modeなんかのエレクトロニック系のバンドをリミックスしたやつもめちゃクールでさ。あとNina HagenやBigod 20をリミックスしたのもたくさんあった。まあ、今で言うエディットの走りだよな。でも不思議なのは、なんでみんなRazormaidのことをもっと話題にしねえんだろうってことだよな。ほんと理解に苦しむぜ。Razormaidは俺のキャリア全体に大きな影響を与えたもののひとつだよ。

今でも相当たくさんプレイしてるでしょ?

今?ああ、確かにそうだな。これは「ハウス・ミュージック」とは呼べないものだとは思うけど、こういうハウスではないレコードでハウスセットを構築するってところに意味があるんだ。まあ、くだらないヴォーカルが入ってるのもけっこうあるから、そういうのはカットアップして使わなきゃならないんだけどな。必ずしも当代的なレコードではないにせよ、こうしたレコードたちが現代に繋がるルーツの一つであるって事実は過小評価されすぎてると思うね。人によっちゃあFischerspoonerが流行ってたころのレコードかと勘違いするかもな。

フルタイムで音楽に専念する以前、ニューヨークではどんな仕事をしてたの?

バーテンダーとレストランでは12年間働いてたな。18歳から30歳までだね。だいたいいつも掛け持ちでバイトしてて、レコードショップで働いたり、コミックショップで働いたりとか。そんな感じだったな。

仕事はどうだった?

ニューヨークで働くってことがどんな感じか、きみにもだいたいわかるだろ。バーテンダーやウェイターは酒を飲むのも仕事のうち、って感じでさ。まあそういう役得のある仕事のわりには実入りは良かったな。まあ、サービス業で働くならああいうバーテンダーみたいな仕事に限るな。レストランで働いてると、ホントに頭の切れる連中に囲まれるしさ。あと、おもしろいアーティストやファッション業界の人たちとかね。DJとしてのキャリアを積むにも、こういう経験が大きく役立ったよ。でもまあ、今では俺も酒に関してはだいぶ節制するようになったけどね。

きみみたいなことを言うDJってなかなかいないよね。

たぶんそうかもね。少なくとも若い連中はそういうことは言わないだろうな。30代を過ぎて成功した連中だったら話は別で、そういう仕事上の経験が大事だったりするよね。俺は、俺の生活を取り巻くすべてが大事だと思ってるよ。俺にとってDJは腰掛けでやってるものじゃないし、若い連中がうそぶくみたいに「今は今で楽しんでるけど、ゆくゆくはDJの仕事から身を引いて別の仕事をして家族を持って9時5時の生活をするんだ」なんて甘いもんじゃないからな。俺にはDJしかないんだ。これ以外の生き方なんて考えられないよ。

Translation / Kohei Terazono
Published / Friday, 18 May 2012

Photo credits /
Header, Street shots - Sophia Spring
Joey Anderson - Keep it deep



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